第4話 天狼山の頂
死者の魂は天に昇る。残された肉体は生者が焼き、煙として天へ送る。
遺灰はその場で土を被せ、その盛り土は時の流れと自然に任せて平地に戻す。
それが、ワーウルフの葬儀だ。
そんな文化の集落において、天狼山の頂は古くから死者に声を届けるための聖域であった。時には、族長が天啓を授かるために赴く地でもある。
そんな場所で戦士の儀が行われるのは、天に自身の決意を届けるため。
そうシヴァは理解している。
「シヴァ。これを持って行って! 昨晩の残りだけど!」
薄暗い住居の中で、明るい声色でそう言ったのは母であった。肩掛けの皮袋には肉団子でいっぱいになった包みと、片手サイズの水袋が入っている。
その物自体に熱はないはずなのに、受け取った彼の手を温めては肩を軽くして寄り添ってくれる。
「ありがとう。母さん」
シヴァは彼女の瞳がうっすらと潤んでいることに気がつくと、笑顔を作って言葉を続ける。
「俺、ワクワクしてるんだ。自分が何をしたいのか、何のために生きるのか。それを自分で探せるのがとても嬉しい。だから、待っててよ」
彼は入り口に手をかけた。眩い光が入り込む。
「立派な戦士になって帰ってくるから!」
シヴァは光の中へ、住居の外へと飛び出した。
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「シヴァ。北に2日間歩け。あとは匂いでわかる」
低い声で彼に声をかけたのは父であった。
赤く冷たい瞳を向けて、骨でできた槍を手渡す。
その後ろでは20人ほどの戦士達が並んでいた。
集落の外れ。朝日が差し込む森の中で、空気は少し張り詰めている。
「2日経ってからの1か月後だ。その朝に私は現れる。そして、天狼山の頂に登る」
族長である父の言葉にシヴァは頷くと槍を受け取った。冷たく硬いその感触を感じたかと思えば、肩に少しの重さが加わる。
族長の後ろで並ぶ戦士は皆一様に、平然とその骨の槍を持っていた。
その瞬間に、シヴァは初めて戦士達に共通し、自分に無い大きな違いに気づいたのだ。
それは目だ。瞳の奥が父のように深くて暗い。
彼らと自身では見えている景色が違うことにやっと気づけたのだ。それでもシヴァは真っ直ぐに見返すことができている。彼の目には光と力が備わっていた。
「こちらを見ろ」
その淡々とした言葉で、シヴァは視線を族長に戻した。戦士達よりも一層深く暗い目が彼を捉えている。
そして、族長は彼を締め付けるような低い声で語りかける。
「お前はまだ戦士ではない。これはその入り口ですらない。わかるな?」
シヴァはゆっくりと頷く。
すると、それを見た族長の真っ赤な瞳が鈍く光った。
族長は少し息を吸い、言葉を溜める。かと思えば少しだけ語気を鋭く言葉を紡ぐ。
「もし人間を感じたら、絶対に察知されるな。人間に接触するのは戦士の役目。隠れる以外を許さない」
「はい。わかりました」
族長はその返答を聞いて、彼に背中を向ける。シヴァと同じ暗い青色が混ざる灰色の毛。広い背中。
その背中越し父は言った。
「1ヶ月と2日後。頂で話す。なぜ私が旅狼になったのかを」
その日、シヴァは初めて集落の外で寝た。
その日、シヴァは初めて1人になった。
ワーウルフ。
シヴァ15歳の春。
彼の運命は大きく変わっていた。




