第19話 月歩
「ワーウルフの毛皮や牙よりも、私はその力に魅力を感じている」
そう力強く言ったのはアイミーで、その言葉を聞いたシヴァの心は騒めいていた。
彼がそんな胸の奥に爪を立てている間に、アイミーは言葉を続けていた。
「だがそれも、私が用意したテストを易々とクリアしたからだ」
彼女は人差し指を立てたかと思えば、ネルとシューシを順に指す。そうして、最後にシヴァに手のひらを差し伸べた。
「私の価値観は完全に、君達に変えられてしまった」
その瞬間、シヴァの頭に何かが過ぎる。しかし、それ以上に心がうるさい。
「私の勢力に、亜人が欲しい。君達の力をあらゆることに利用したい」
「利用だと!? 不快な腹の内をペラペラと……!!」
すると、アイミーは小さく笑う。
「そうだろう? だが本来は、不快にさせないように表情を作り、言葉を選び、探り合うものさ。互いが互いを利用できるかをね」
そしてまた、シヴァの脳裏に何かが過ぎる。その一瞬で消えるものを追いかけるために、彼は目の前の疑念を爪で裂く。
「俺達が人間を利用する……!? 従属の間違いだろ!?」
「従属もまた利用さ。利益次第では隷属だってね。だから、君は計らないといけない。自分の利益と相手の要求が釣り合うのかを」
そうして、アイミーはシヴァの目を真っ直ぐに言葉を続ける。
「亜人による人間社会への参入を私は要求する。私の統治・管理のもと生活し、繁栄し、戦うことを求める。そうやって人間社会で活躍し、存在感を高めれば、他の勢力も必ず亜人を欲しがり、利用したがる」
いつのまにか、シヴァの心は凪いでいた。意識が全て頭に向かい、心音が耳に届かなくなる。
「ワーウルフとして、君は何を求める? 何を実現したい?」
そんなアイミーの問いかけが、シヴァの脳の奥深くに入り込む。
それを追いかけるように、彼は自身の額を右手で触り、沈黙をした。
深く深く、シヴァも思考する。しかし、その問いに全く追いつけない。頭の中で、閃光のように過ぎる何かが彼の目を眩ませる。
そんなシヴァの耳に触れたのは、ネルの震えた声だった。
「アイミー。その問いは人間的すぎるよ。ねぇ、シヴァ……」
彼女の翡翠のような緑色の瞳は潤んでいて、シヴァを映してはいるが歪んでいる。
そんな彼女は少し息を吸ったかと思えば、さらに言葉を続けた。
「君の父シグァはね、旅狼になる前に、神聖な山の頂上に槍を突き刺したんだって」
シヴァの目に浮かぶのは、天狼山の頂に突き刺さっている古びた槍で、その横に見たこともない若年の父が立っている。
「彼はそれを、人間世界から逃げるんじゃなく、進み行くためにした決意だと語ったわ」
「それってまさか……」
シヴァは咄嗟にアイミーとシューシに視線を送る。双方が小さく頷く中で、ネルはさらに言葉を続けている。
「シグァと私は、人間世界を見て回ったの。当然、何度も血を流したよ。でも、それ以上に人間の暮らしが輝いて見えた。だから、2年もの間を旅ができたし、草案を作ることもできた。でも……」
ネルは右目をその手で覆った。
シヴァの目に浮かぶのは、父の潰れた右目だ。
「ワーウルフは人間にとって化け物だった。有力者の元どころか都市にすら近づけなかった。だから、見た目も人に近い私に、シグァは夢を託してくれたの。彼が言った最後の言葉が忘れられない」
シヴァは自然と、父の声を思い出していた。ネルの声にピッタリと重なり、耳に届く。
【理解してくれる人間は絶対にいる。例え何十年かかっても良い。諦めずに探して欲しい。その間に俺は、俺にしかできないことをしてくるよ】
そうして、ネルはシヴァに問う。
「シヴァにも、シヴァにしかできないことがあるんじゃない? 」
しかし、シヴァの口から飛び出た言葉は弱々しい。
「俺は……父さんみたいには……」
その瞬間、頭の中を過ぎった何かがその姿を表した。
黄色くて丸い。輝いているが、それは決して眩しくはない。
シヴァの目が潤み出す。心の奥が熱くなる。
父と会う約束の日。その前日に、崖縁に腰を下ろして眺めたのは一つしかない月だった。
奥底で燻っていた想いにあの光が届く。それにより、煙のように失くした自分の言葉が浮かび上がる。
【俺も旅に出たい。集落から逃げるんじゃなくて、多くの選択肢を得るために】
シヴァは涙を拭いて、目を見開いた。その瞳が映すのは、ネルではなくアイミーで、彼女に向かい力強く言葉を放つ。
「俺は……シヴァ=ハンズは! 選択肢を残したい……!! ワーウルフの先頭は、俺が歩く!!」
それを聞いた彼女は微笑んだ。
「アイミー=テイラーだ。私を利用して、大いに進み、選択肢を広げてくれ」
第2章完結
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
続いて、第3章もお楽しみいただけますと嬉しいです。




