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亜人の行進—ソロの狼煙—  作者: しまうま
第1章 譜面のない行進曲
2/8

第1話 ワーウルフの少年

 差し込む陽光は生糸のように細くまばら。背の高い木が密集し、その枝葉によって空を遮る屋根ができている。

 そんな薄暗い森の中に集落がある。木の根元を囲うように建てられた革製のテントが20〜30。

 それぞれの木と一体となる。そんな住居を出入りしている者達は、人型でありながら狼の特徴を有していた。


 腐葉土を踏み締める素足と、槍を握る手には長い爪。男は腰に、女は胸までを布で巻いた身体には、黒味がかった灰色の長い毛が覆っている。

 顔だけを見れば鋭い牙を持つ狼で、全身を見れば、人と背丈が同じ二足歩行の怪物。

 しかし、彼らの話す姿と喜怒哀楽を示す表情は、人間の見せるそれであった。



「シヴァがまた一番かよ〜」


 そんな少年の声が聞こえるのは、集落から少し外れた小川だった。透き通った水流に朝日が差し込むのは、そこがちょうど森の切れ間で、雲が遥か上空で漂っている。


 木々が風で揺れる中で名前を呼ばれたのは、川に膝下まで浸かり3羽のウサギの血を洗うワーウルフの少年である。灰色の中に少し、暗い青色が混じる毛並みの彼は、同じく暗い青色の瞳を細めて振り返ると、近づいてくる3人のワーウルフにニヤリと笑みを返した。


「デカいウサギを狙ってたからお前らは遅かったんだろ? しょうがないよ」


 その3人もまた、ウサギを3羽ずつ手からぶら下げていた。

 小川に入るまでの数メートルで、それぞれが自身の獲った獲物を見比べる。

 シヴァの獲ったウサギの方が大きいことに気がつくと、彼らは川の水を大きく蹴り上げた。


「喰らえ! 捻くれ者!!」


 誰かが言ったそんな悪態と笑い声、3つの大きな水飛沫が彼に掛かる。

 シヴァは笑いながらその全てを全身で浴びると、水気を落とすために身体を振った。



 数分の時が過ぎて


「なんか、退屈だな……」


 そうシヴァが呟く頃には、既に彼はウサギを洗い終えていた。川岸に座り、仲間達の作業を眺めては空や上流に視線を移して泳がせて行く。


「退屈か。優秀なのも考えものだなぁ」


「そんな余裕が俺にも欲しいよ」


 そんな彼らの会話をよそにシヴァは、そよ風が運んでくる静寂に耳を澄ます。川のせせらぎが彼の耳を撫でては小さく笑うように離れていく。

 それを追って、少年は暗い青色の瞳を下流へと向けた。


 鮮明だった赤い血は、次第に薄まり川に染め返されている。


「何のために、生きてるんだろうな……?」


 彼が何の気無しに呟いたその言葉に、視線が集まった。丸く見開かれた6つの目がシヴァを写す。


「驚いた……。シヴァが哲学的なことを言いやがった」


 そんな仲間の言葉にシヴァは笑う。


「違ぇよ。戦士の儀が終われば成人だろ? 集落のためとか言って、働かさせれる毎日なる」


 その言葉に3人は目を見合わせている。程なくして、1人がシヴァに首を傾げて言った。


「なら、旅狼ソロになれば良いでしょ。君は1人でも生きられるだろうし」


 頷く仲間たちにシヴァは眉をひそめる。


「考えてみろよ。俺達が生まれてから1人でも、旅狼ソロになった奴がいるか? いないんだよ。戦士の儀ってのは若者を外に出させないためのものなんだ」


「また捻くれた見方をしてんなー、シヴァは。1人でのサバイバルと族長への宣誓で、どうやって集落に縛りつけるんだよ?」


 仲間の言葉にシヴァは小さく首を振った。


「一か月だぞ?たった一人で、集落の匂いも音も届かないところで生きるんだ。誰にも頼れないし、感じ取れない」


 仲間たちは黙っている。


「そこで“集団の尊さ”って奴を身体に覚えさせるんだ。帰ってきた頃には……家族や仲間と一緒にいたいと自然に思う」


 一人が肩をすくめる。


「考えすぎじゃね?」


 シヴァは顔を上げる。暗い青の瞳を細めてさらに語る。


「それに、山頂での宣誓だ。空気も薄い、身体は重い。そんな場所で、あんな顔した族長の前に立たされたら……」


 彼は大きく息を吐く。


「……“ここを出る”なんて、言えると思うか?」



「いや、簡単に言えるだろ」


 3人の仲間達はキョトンと目を少しだけ見開いていた。

 そのうちの1人が言葉を続ける。


「お前の親父さん。今の族長は、旅狼ソロじゃんか」


「人間の恐ろしさをその目で見て来た人でしょ?」


この川がどこに続くかを、彼らは知らない。

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