第1話 ワーウルフの少年
差し込む陽光は生糸のように細くまばら。背の高い木が密集し、その枝葉によって空を遮る屋根ができている。
そんな薄暗い森の中に集落がある。木の根元を囲うように建てられた革製のテントが20〜30。
それぞれの木と一体となる。そんな住居を出入りしている者達は、人型でありながら狼の特徴を有していた。
腐葉土を踏み締める素足と、槍を握る手には長い爪。男は腰に、女は胸までを布で巻いた身体には、黒味がかった灰色の長い毛が覆っている。
顔だけを見れば鋭い牙を持つ狼で、全身を見れば、人と背丈が同じ二足歩行の怪物。
しかし、彼らの話す姿と喜怒哀楽を示す表情は、人間の見せるそれであった。
「シヴァがまた一番かよ〜」
そんな少年の声が聞こえるのは、集落から少し外れた小川だった。透き通った水流に朝日が差し込むのは、そこがちょうど森の切れ間で、雲が遥か上空で漂っている。
木々が風で揺れる中で名前を呼ばれたのは、川に膝下まで浸かり3羽のウサギの血を洗うワーウルフの少年である。灰色の中に少し、暗い青色が混じる毛並みの彼は、同じく暗い青色の瞳を細めて振り返ると、近づいてくる3人のワーウルフにニヤリと笑みを返した。
「デカいウサギを狙ってたからお前らは遅かったんだろ? しょうがないよ」
その3人もまた、ウサギを3羽ずつ手からぶら下げていた。
小川に入るまでの数メートルで、それぞれが自身の獲った獲物を見比べる。
シヴァの獲ったウサギの方が大きいことに気がつくと、彼らは川の水を大きく蹴り上げた。
「喰らえ! 捻くれ者!!」
誰かが言ったそんな悪態と笑い声、3つの大きな水飛沫が彼に掛かる。
シヴァは笑いながらその全てを全身で浴びると、水気を落とすために身体を振った。
数分の時が過ぎて
「なんか、退屈だな……」
そうシヴァが呟く頃には、既に彼はウサギを洗い終えていた。川岸に座り、仲間達の作業を眺めては空や上流に視線を移して泳がせて行く。
「退屈か。優秀なのも考えものだなぁ」
「そんな余裕が俺にも欲しいよ」
そんな彼らの会話をよそにシヴァは、そよ風が運んでくる静寂に耳を澄ます。川のせせらぎが彼の耳を撫でては小さく笑うように離れていく。
それを追って、少年は暗い青色の瞳を下流へと向けた。
鮮明だった赤い血は、次第に薄まり川に染め返されている。
「何のために、生きてるんだろうな……?」
彼が何の気無しに呟いたその言葉に、視線が集まった。丸く見開かれた6つの目がシヴァを写す。
「驚いた……。シヴァが哲学的なことを言いやがった」
そんな仲間の言葉にシヴァは笑う。
「違ぇよ。戦士の儀が終われば成人だろ? 集落のためとか言って、働かさせれる毎日なる」
その言葉に3人は目を見合わせている。程なくして、1人がシヴァに首を傾げて言った。
「なら、旅狼になれば良いでしょ。君は1人でも生きられるだろうし」
頷く仲間たちにシヴァは眉をひそめる。
「考えてみろよ。俺達が生まれてから1人でも、旅狼になった奴がいるか? いないんだよ。戦士の儀ってのは若者を外に出させないためのものなんだ」
「また捻くれた見方をしてんなー、シヴァは。1人でのサバイバルと族長への宣誓で、どうやって集落に縛りつけるんだよ?」
仲間の言葉にシヴァは小さく首を振った。
「一か月だぞ?たった一人で、集落の匂いも音も届かないところで生きるんだ。誰にも頼れないし、感じ取れない」
仲間たちは黙っている。
「そこで“集団の尊さ”って奴を身体に覚えさせるんだ。帰ってきた頃には……家族や仲間と一緒にいたいと自然に思う」
一人が肩をすくめる。
「考えすぎじゃね?」
シヴァは顔を上げる。暗い青の瞳を細めてさらに語る。
「それに、山頂での宣誓だ。空気も薄い、身体は重い。そんな場所で、あんな顔した族長の前に立たされたら……」
彼は大きく息を吐く。
「……“ここを出る”なんて、言えると思うか?」
「いや、簡単に言えるだろ」
3人の仲間達はキョトンと目を少しだけ見開いていた。
そのうちの1人が言葉を続ける。
「お前の親父さん。今の族長は、旅狼じゃんか」
「人間の恐ろしさをその目で見て来た人でしょ?」
この川がどこに続くかを、彼らは知らない。




