第16話 赤い瞳
「動かない方が良い」
そう言って、真っ直ぐにシヴァを見つめる若い娘。その背中まで伸びる赤茶色の髪は、花を凝縮させたような強い偽物の匂いを纏っている。
彼女は小さく笑って言葉を続けた。
「これは誤解を招くセリフかな。正しくは、安静にしていた方が良い……だね」
小柄な娘の肌は白く透き通っていた。椅子に座り、服から伸びる細く柔らかな手足が、自然や森を知らない存在であるとシヴァに語っている。
シヴァはこの砦に不釣り合いな人間の赤い瞳を執拗に見返すと、口を開いた。
「そういうことか……。エルフ達は人間と繋がっていたんだな?」
その言葉に若い娘は一瞬目を大きくする。
それを肯定と捉えたシヴァは立ち上がろうと膝を曲げた。しかし、力が入らない。足は毛布の上で滑るばかり。
「クソ……血が足りない……」
「体毛のおかげで、体が大きく見えるんだね。刺さった位置が良くて内臓は傷ついてないし、エルフの力で傷も塞いだから、感染症もないと思う。ただ、数日は歩くのもやっとだよ」
シヴァは大きく息を吐いて天井を見上げた。
名残惜しそうに見えない空を見上げたかと思えば、自身の手や胴体を見つめて肩を落とす。
「で? お前達はなんだ?」
俯いたままのシヴァの問いに、彼女が答える。
「簡単に言えば、この砦にいた人間の敵かな。もちろん、君の敵じゃないよ」
「それは俺の出方次第だろ?」
そう言ってシヴァは振り返ると、背後に立つ2人の男に視線を送る。
その2人は同じ装備で、腰には剣を携えている。身につけた防具は鉄の胴鎧と籠手に脛当て。よく鍛えられた逞しい体が、洗練された兵士のような印象を受ける。
しかし、その2人のうちの短い白髪をした熟年男は穏やかな表情で、糸のように細い目をシヴァに向けている。
そして、その横に立つ橙髪の若い男は長めの坊主頭で、ニヤニヤと口元を緩めて娘を見ていた。
2人の肉体とその表情の差異にシヴァはピクリと眉を動かす。自身が示した、虚栄心にも似た挑発を意にも介していない。
その小さな沈黙を終わらせたのは若い娘だ。
「君には、こちらの出方は関係ないのかな?」
その言葉を聞いて、シヴァの瞳が映したのは捉える人間を無くした檻と枷だ。そして、兵士達が持つ鞘に収められたままの剣が脳裏によぎる。
その間も、彼女は言葉を続けていた。
「いや、これは望まない展開だ……選ぶ言葉が本当に良くない。それに君の背後に兵を置いたのも良くなったね。予想より早く目覚めたから、こちらも戸惑っているんだ」
そう言って娘は笑うと、2人の兵士を自身の背後に下げさせる。そうして、椅子から立ち上がると、冷たい床板に座り直した。
「私は、君と話がしたいんだ」
赤く煌びやかな瞳がシヴァを映す。深く、奥行きがあるその紅蓮は、一瞬彼の脳裏に父の瞳を想起させた。しかし、よく見れば何か根本が異なっている。
「君たち亜人と、私達人間の——」
今、シヴァがいるのは森ではない。
暗い暗い夜でもない。
ここは人間の砦。
人間の世界。
太陽が照らす、殆ど全てが未知なのだ。
「——ビジネスについて」
シヴァは剥き出した牙を、何とか抑え込んでいた。全身の毛が逆立っている。
自身の身体が動かないことを、これほど呪ったことはない。




