第15話 傷
ワーウルフにとって、狩猟とは生きるということそのものだ。
獣の皮はなめして服や布となり、骨は加工して槍やフォークなどありとあらゆる道具にする。
そして、肉は余す所なく全て食べ、残った内臓は乾燥させて薬にする。
ワーウルフは生きるために命をいただいている。
そんな想いがあるからこそ、骨や皮に無駄が出れば砕いて焼いて、天に送る。
その体の一部をお返しする。
動物の血を川で洗うのもそれに類似した行為であった。
ワーウルフであれば、誰もが当たり前にこれを行う。
故に若い者ほどこれを信仰ではなく、習慣として行なっている。
もちろん俺もその1人。
族長の息子シヴァとして恥じない行いをすることが義務。この習慣にどれだけ辟易してようが、忘れたことは一度もない。
だからこそ俺にはこれが、大人達の考えた知恵のような工夫のような、合理的な何かに見えていた。その奥に何か理由があるのだと勘繰っていた。
だって俺は劣等感を抱いていたから。
それ故に、捻くれていたから。
そんな俺の前に人間は現れなかった。
その代わりに集落の全員が狩られ、その毛皮や爪と牙は剥がされていた。それ以外は全て残され、ひとまとめに捨てられていた。
俺はその時、自分達も狩られる存在になることに衝撃を受けた。
ワーウルフが動物を狩るように、人間は自分達を狩る。それが集落で語られていた恐怖なのだと誤解した。
そして、心の底から湧き上がる人間への怒りと憎悪に身を任せて天狼山を登り、そこに広がる人間の世界に心を折られたんだ。
そこから3年間、ずっと心の中で燻り続けている。
どうして、最初に俺は怒ったのだろうか。
なぜ、悲しみよりも喪失よりも、まず憎むことを選んだのだろうか。
ああ、そうか。
きっと俺は、不完全な状態で天狼山を登ったんだ。
自分という存在をまだ理解できていなかったんだ。
だから俺は、あの山頂で心の中にあった何かを失った。
そのために、戦士の儀をやり遂げることができなかった。
今の俺は、旅狼でも戦士でもない。
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シヴァは重たい瞼を開き、目を覚ました。
石造りの天井と小さく揺れるシャンデリアがその目に映る。
窓からは朝日が差し込むこの場所は、昨晩と同じく砦主の部屋。その板床に毛布が敷かれ、彼は寝かされていた。
シヴァはゆっくりと上体を起こす。鋭い痛みが顔を歪ませる。
刺された左の側腹部を咄嗟に彼は手で押さえたが、その想像と違う感触に自然と視線は下に向く。
灰色に暗い青が混じった毛で覆われた上半身には真っ白な包帯が巻かれていた。
皮布しか知らないシヴァはその軽い感触に目を丸くする。
そんな未知に浸る間もなく、シヴァの体が一瞬固まる。
その耳がピクリと動いた。鼻を小さく数回鳴らす。
シヴァは咄嗟に視線を上げた。
そして、正面と真後ろを見ては立ち上がろうと膝を曲げる。
「おはよう。ワーウルフくん」
正面に座る若い娘が言葉を投げる。
そして、シヴァの背後に立つ熟年の男と、若い青年は沈黙をしている。
それはエルフではない。
剣を腰に下げた人間だ。




