第14話 決着と血
「な、なんだお前らぁ!!」
そんな怒号を発したのは、この砦の主である醜く太った中年の男だった。その裸を隠そうともせずに、側にあった剣を抜いては侵入者達に先端を向ける。富によって膨れた体と、権力によって濁った瞳が揺れている。
その目に弓矢が映ったのか、その男は先ほどまで弄んでいた裸の女を盾にした。
「衛兵!! 早く来い衛兵!!」
砦主は叫ぶ。しかし、返ってくるのは静寂だ。
そんな中。固まるシヴァを他所に3人のエルフは弓を構え、矢をつがえて男と距離を詰めていく。
その途中で、シューシは砦主に向かって言葉を投げた。
「衛兵は殺しましたし、この砦もすぐに制圧されます。ああ、細身な女性がタイプなんですか? あなたの盾には向かないですね」
「お前らエルフか!? ふざけやがって!!」
そうして、3人は広がり射線を確保する。シューシ以外の2人は男に動くなと脅しながら、彼の号令を待っていた。
だがシューシは言葉を投げ続ける。しかし、今度はシヴァへ向けてだ。
「で、シヴァさん。僕たちがやってもいいんですか?」
しかし、その問いにシヴァは答えない。自身の頭に小さく爪を立てて、彼はシューシに問い返した。
「シューシ……教えてくれ。この檻と枷は刑罰か何かか……?」
その声は少しだけ震えている。
それを聞いたシューシは振り返らない。そのまま、何の気なく答えた。
「え? いや、どうでしょう……。僕達の社会に当てはめるなら狩猟……ですかね?」
「は? 人間は、人間すらも狩るのか……? これが、狩ったものへの扱いなのか……?」
シヴァの言葉にシューシはやっと振り返る。
「……やっと理解できました。シヴァさん。人間の世界には上だけでなく、下の存在がいるんです。自然に生きる僕達とは異なる点です」
シューシは淡々と言葉を続ける。真っ直ぐに事実だけを突きつけてくれる。
「人間は、下の存在には何をしたって良いと思っています。同じ人間でこれです。他の生き物にはどこまでだって傲慢に振る舞い、無下にできる。彼らにとって僕達は、自然の中の対等な存在なんかじゃない」
それを聞いてシヴァは歩き出した。
槍を板床に突き刺して、部屋に入る。
「人間の世界では、敬意のない狩猟が成立するんだな……」
そのままシヴァはシューシを追い抜いて、砦主に近づいていく。
「ありがとうエルフ達。もう、終わらせることにしたよ」
シヴァの瞳の奥の何かが揺れる。その脳裏には仲間達の墓と、積まれた遺体の光景が浮かぶ。
そこに心からの哀れみを抱いて、前へ進む。
砦主は叫んだ。
ワーウルフへの侮蔑と、怒りだ。
対してシヴァは冷たい沈黙のまま迫っていく。
距離にして3m。そこで突然、ワーウルフは走り出す。
裸の女を抱え、剣を持たない左手側。シヴァはそこから男に襲いかかった。
男の叫び声が耳に響く。
醜い声と共に砦主は、盾として抱えた女を蹴って突き飛ばす。
シヴァに女がぶつかった。
かと思われたその時、森の中で培った身体能力と反射神経が颯爽と障害を躱してみせた。
小さなステップで身体を翻し、最小の減速で迫る。
男の不快な叫び声が消えた。
シヴァの爪が、砦主の喉を抉り潰したからだ。
生臭い血が溢れ出る。
すぐに男は倒れて動かなくなる。
シヴァの手は震えていた。それは、初めて人間を殺したからではない。
その血塗られた手に、仲間達の死がフラッシュバックしたからでもない。
灰色に少しの暗い青色が混じる毛。それに覆われた腹が赤黒い血に染まっていた。
染まるだけでなく、血滴が床にポタポタと落ちている。
「痛いな、これ……」
左の側腹部に剣がつき刺さっている。彼はそれを躊躇いなく一気に引き抜く。
「でも、もういいや……」
血が溢れ出し、足の力が抜けていく。それと共に視界が狭く、ぼやけていく。
見上げても空はない。ただ、天井が曇天の夜空に見える。
シヴァはゆっくりと、その意識を失った。




