第13話 欲望の匂い
「全体指揮をネルに任せて良かったのか? リーダーはお前だろ?」
そう言ったシヴァが寄り掛かるのは冷たい石壁だった。石造りの薄暗い部屋では静かに、蝋燭の灯りが揺らめいている。
その小さな光が照らすのは3人のエルフ。そして、いくつかの兵士の亡骸だ。
その遺体から矢を引き抜きながら、エルフのうちの1人がシヴァに顔を向けた。
薄い金色の髪が揺れ、色白な肌は蝋燭の灯りのせいで赤っぽい。女エルフのネルとよく似た顔立ちだが、その瞳は静かで落ち着いていて、表情もなかなか崩れない。
そんな彼女の弟シューシはシヴァの問いに答えた。
「人間社会のことは姉貴が一番詳しいんですよ。だから、制圧はあっちに任せて、僕がこの別働隊を指揮してるんです」
その返答にシヴァは吐き捨てるように更に尋ねる。
「砦主を殺すのに、わざわざ別働隊が必要か?」
シューシを含むエルフ3人は矢を回収し終えると立ち上がる。
手についた血をボロ布で拭いながら、歩き出す。
「姉貴は貴方に砦主を殺して欲しいんですよ。シグァさんの仇をその息子に討って欲しいんです」
シヴァは木製の扉を開ける。石造の建造物。その廊下に彼らは出る。
向かうのは上へと続く階段で、シヴァとエルフが通った道には血の足跡が付いていく。
彼らの足音が空間に響くが、それを掻き消すようにシューシの淡々とした声がこだまする。
「でも、シヴァさんはそのつもりが無さそうですね。人間への殺意が見えない」
「別に……。俺が見えてないのは殺す意味だよ」
彼らが堂々と話すのは、ここが砦主の屋敷だからだ。
そして既に、シヴァはその主の寝室以外には人間がいないことを感じ取り、3人に知らせている。
その部屋から出る音は、こちらの声など届かないほどに大きい。
だから、シューシも緊張感なく会話を続ける。
「殺す意味ですか……狩猟民族らしいですね。命を奪うためだけの殺しは無意味ですか」
「別に意味なんかなくても殺せるだろうさ。復讐だ。みんなの事を思えば大義だ。ただ……なんだろうな」
シヴァと3人のエルフは階段を登っていく。
「シヴァさん。僕は常々、姉貴のような感情で動けるバカを羨ましく思っています」
そのシューシの言葉にシヴァは小さく笑う。
「酷い言いようだな」
「だって、感情で動けば、その想いにケリをつけることができるでしょ? 後先や周りのことを考えずに楽になれる」
「お前、苦労してんだな」
一同は階段を登り切る。踊り場の先に一つの扉が待ち受けている。
そこに向かいながら、シューシは更にシヴァに言う。
「こう言うと失礼ですが、貴方は1人なんです。感情にケリをつけた方が絶対に良い」
その言葉をシヴァは鼻で笑う。
両開きの扉の前で、彼は大きく息を吐いてゆっくりとドアノブを回す。
「姉弟揃って、余計なお世話なんだよ。まだ、こっちは整理がついてないんだ」
シヴァは扉を開け放った。
生暖かい風が、その身にまとわりついては冷えていく。
彼の目に、様々なものが飛び込んできた。
テーブルには彩りの果物や、焼いた肉とパンが盛られていた。その皿の横には宝石や金で膨れた布袋。更に壁際には、埃を被る大きな壺や絵画が並んでいる。
しかし、シヴァの瞳に映るのは、不快で醜い光景だ。
人間の女達が鉄檻の中で身体を小さくし、震えていた。
更にその奥では、枷をつけられた女達の肌に触れて、中年の男が笑っている。
シヴァの鼻を、混ざり合った強い匂いが刺激する。その耳に届く異音は次第に大きくなっていく。
「は?」
シヴァは一瞬固まった。その揺れた瞳を何度も何度も瞬いていた。




