第12話 静かなる飛矢
山そのものが砦だった。
急斜面が攻城兵器を寄せ付けず、三方にある崖が大軍の展開を許さない。
矢の撃ち合いも、その高低差と風によって防衛側が優勢になる。
人間ならば、この砦を一目見ただけで難攻と悟る。また指揮者によっては不落と評するかもしれない。
それほどまでに素晴らしい設計。良い立地。
だがそれは全て、対人間を想定する場合だけ。ワーウルフには当てはまらない。
月と星のない夜にシヴァは、断崖を軽快に登っていた。高く飛んだかと思えば、岩盤の出っ張りに指を引っ掛け体勢を維持し、不安定な足場を蹴り上げて更に上へ。
その過程で土や石が落ちることなど彼は構わない。その鼻と耳によって、近くに人間がいないことを知っているからだ。
そうして、意図も容易く目的地に辿り着く。まるで、空から降って崖に突き刺さったかのように突起した、岩の先端にシヴァは立つ。石壁までの直線距離は4m。そして、その高さが最も接近する場所だ。
「獲物以外に槍を投げるのは初めてだ」
そう言って、彼は右腕を振りかぶった。投げた槍は美しい放物線を描き、石壁の上に消える。しかし、シヴァはそれを見失わない。自身の左手に持った太い蔦を槍にくくりつけていたからだ。
シヴァは蔦を慎重に引く。すると、彼の槍が規則正しい凹凸の胸壁に引っ掛ける。
「さぁ、登るか」
シヴァは簡単に侵入経路を確保すると、あっという間に石壁の上に辿り着いた。
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足音・息・気配を殺して歩くのが得意になっていた。
獲物の匂い・音・視線の知覚が更に鋭くなっていた。
それはきっと、3年という月日を1人で生きたから。孤独と森の静けさが感覚を研ぎ澄ませた。
故に、四角い城壁塔の頂上に立ち、闇夜を見張る兵士は気づいていない。
その背後にはシヴァが姿勢を低くし、立っている。
「これが人間か……」
心の中で、彼は呟いた。
初めて見る人間の背中は服と鎧で覆われており、皮手袋をした手に弓を持ち、矢筒と剣を腰のベルトに下げている。
シヴァの瞳に怒りはない。悲しみも憎しみもない。
そこに彼自身も違和感を覚えながらも、兵士の背後に立てている。
今から他者によって殺される人間を眺めていられる。
風を切る音が聞こえた。
血の匂いが立ち込めた。
心音・呼吸が小さくなっていく。
シヴァの手は汚れていない。だが、少しだけ眉がぴくりと動く。
彼がするのは、命を失い倒れる兵士を受け支え、静かな夜を守ること。
「すごいな、エルフ」
そっと寝かせた兵士の身体を見て、シヴァは冷たく笑う。
胸に3本、喉に1本。そして、顔面に1本の矢が突き刺さっていた。
城壁塔の頂上は強い向かい風。灯りは一つの篝火しかない。その悪条件の中で外すこともなく、そして時間差なく矢を当てた。
シヴァは胸壁から顔を出す。薄暗い壁下の草むらに向かって腕を振る。
エルフ達の極めて小さな足音が聞こえる。
1人、また1人と城壁塔の影に入っていく。
そうして、すぐに梯子をかけた。
砦内の人間はまだ気づいていない。
静かな攻城は、飛矢のように迅速にこの砦の喉元に迫っている。




