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神は生贄を由とするのか

作者: ウォーカー

 世の中が進歩し町中を自動車が走り鉄道が走るようになっても、

山間部の村に根付いた信仰というものはそう簡単には無くならない。

ここ、ある地方の山間にある、山神村もそうだった。


 山神村には、村の名前にもなっている、山神信仰というものがある。

山神村の周囲の山々には神が住んでいて、常に村人たちを見ている。

善い行いをすれば御利益が、悪しき行いをすれば天罰が待っている。

と、村の住人の全員がそう考えていた。

だから山神村の人たちは、どんな時でも山神様に見られていることを意識し、

善くあろうと努めていた。


 ところが、今年の夏。

山神村ではかつてないほどの暑さに襲われた。

毎日毎日、対策をせねば外にも出られないほどの暑さ。

そして一向に姿を現さない雨雲。

山神村の人たちの食料を賄う田畑は、夏の暑さで干からびていった。

そんな現状に、村の人たちは嘆いた。

「村の誰も悪いことはしていないはずなのに、

 神はどうしてこんな試練をお与えになるのか。」

「祈りが足りないのかもしれない。」

夏の暑さを山神様に弱めて貰おうと、

山神村では連日、祈祷とお祭りが行われた。

夏の暑さは凄まじく、倒れる者が出ても、それらは続けられた。

しかし、人々の願いも虚しく、夏の暑さは留まるところが無かった。


 山神村を襲った、かつてないほどの夏の暑さ。

連日の祈祷にも関わらず、山神様は応えてくれない。

そこで村人たちは考えた。

もっと大規模な祈祷、祈りが必要なのではないかと。

山神村に残されている文献の数々を紐解くと、

山神様の御利益にあずかるための、特別な儀式があることがわかった。

それは、生贄を使った儀式。

山神村には大きな湖があって、そこに滝がある。

山から滝壺めがけて、生贄を落とす儀式があるという。

記録によれば、かつて今と似たような干魃かんばつに襲われた時、

村の若い娘を一人、生贄として湖に投げ落とすことで、

雨が降り出し、干魃から救われたことがあったという。

その時は、滝壺に落とされた娘が陸に上がってこないように、

湖の周りを村人たちが囲い、

陸に上がろうとする娘を、長い棒で突いて、

娘が息をしなくなるまで湖に浸け続けたという。

文献を調べていた村人たちが言う。

「村長、本当にこんな儀式をやるんですか?」

「今の世じゃ殺人ですよ。」

しかし村長は肝の座った男だった。

「今の世に合わないなど、人間の都合でしかない。

 これは山神様への願いを込めた儀式なのだ。

 それが今の世でどんな罪になろうとも、

 儀式をやる他あるまい。」

「生贄の娘はどうするんです?」

「それなら、村外れの権兵衛の娘がいい。

 あの家は村でも一番貧しい家だから、

 金を積まれれば娘の身くらい差し出すだろう。」

「よし、そうと決まれば早い方がいい。

 このままでは、今年の田畑の作物は全滅だ。」

そうして人間の都合によって、生贄は強制的に選ばれ、

山神への雨乞いの儀式が執り行われることとなった。


 そうしていよいよ雨乞いの儀式の日、当日。

やはりその日も朝からカンカン照りの日照りが続いていた。

山神村の湖へ繋がる滝の上流を目指し、村人たち一行が行く。

その中には、ボロの衣服をまとった娘がいた。

その娘は山神村の中でも最も貧しい家の娘で、

村長を始めとした村人たちからの、生贄を差し出せという要求は、

半ば命令にも似た意味になり、娘の両親は断ることができなかった。

今も生贄の娘の両親は、娘を連れて泣きながら山道を歩いている。

だから娘は言った。

「お父さん、お母さん、いいんだよ。

 私が生贄になることで、山神村のみんなが救われるんだから。」

「しかしよう、それじゃあお前はどうなるんだい?」

「あんたは救われないじゃないか。」

「それは・・・」

貧しくも若い娘には、まだまだやりたいことがある。

死ぬのが怖くないのかと言えば嘘になる。

それでも。

村人たちに強制されて生贄になったとしたら、

儀式が終わった後でも家族は白い目で見られるだろう。

それならば、自ら進んで生贄になった方がいい。

そうすれば、儀式が終わった後、家族は報奨が受け取れるだろう。

村を救った英雄として、待遇もよくしてもらえるだろう。

家族のためなら、自分一人の命など、いくらでも差し出そう。

そんな覚悟を持って、娘は生贄の役目を買って出たのだった。


 生贄の娘を連れた一行は、山神村の湖に落ちる滝の上へやってきた。

そんなに大きな滝ではないが、生身で飛び降りるのは危険。

さらには湖の周りを、棒を持った村人たちが取り囲んでいる。

滝壺に身を投げれば、生きて陸へは上がれないということだ。

「ではよいな?これより儀式を始める。」

村長のおごそかな声に、娘の両親は涙を流しながら頷いた。

それが、不憫な娘が望んだことだから。

村長が下の村人たちにも聞こえるように大声で宣言する。

「これより、山神村に伝わる生贄の儀式を行う。

 この儀式により、我々山神村一同は、

 我が身のため、山神様へ身内を一人差し出すという罪を負うことになる。

 代わりに、山神様から御利益をいただき、

 干魃から山神村を救ってもらえることだろう。

 では御婆、祈祷の準備を。娘よ、崖の前に立て。」

そうして村の老婆による祈祷が始まった。

「むにゃむにゃ、ふにゃにゃ、ふん!」

何を言っているのか、当人以外には誰もわかっていない。

でもそれでいいのだ。

肝心なのは、生贄を差し出すという事実。

それがあれば、あとの儀式はおまけのようなもの。

そしていよいよ、娘の出番がやってきた。

老婆が立ち上がって念を唱える。

「うにゃむにゃ、ふにゃむにゃ、生贄を山神様へ!」

ドン!

生贄の娘は不意に背中を叩かれ、滝の上から滝壺へ落ちていった。


 それなりに高い滝の上から、娘が落ちている。

落ちていく娘の表情は無表情だった。

ドプーン!と滝壺に娘が落ちるのはすぐだった。

村人たちが棒を持って湖を取り囲む。

どこにも逃げ場はない。

これで娘が溺死すれば、儀式は達成される・・・はずだった。

しかし、どこか様子がおかしい。

湖に何やら赤いものが漂い始めた。

プカリと湖面に浮かんだ娘は、頭から血を流していて意識がない。

どうやら、生贄の娘は、湖に飛び込んだ時に、岩で頭を打ったようだ。

遠目に見ると、頭の怪我はそれなりに深いように見える。

このまま放って置くと、頭の怪我で死んでしまうかもしれない。

「それは困る!

 儀式では、生贄は湖で溺死しなければいけないのだ。」

そう叫んだのは、村長その人だった。

娘は湖に浮かんだまま、沈む気配は無い。

仕方がなく、儀式は中止。

村人たちは湖に浮かぶ娘を引き上げようとした。

すると、何やら湖に濃い霧が出てきて、村人たちの視界を奪った。

「この霧はなんだ?娘はどこだ。」

「わからない。」

すると、祈祷をしていた老婆が声を上げた。

「いかん!その娘はもう山神様への生贄になっている。

 溺死以外の生贄を渡すという儀式が成立してしまった。

 結果はあたしにもわからんよ。」

御婆の言う通りとでも言うように霧が晴れていく。

するとそこには、生贄の娘の姿はもうどこにもなかった。


 雨乞いの生贄の儀式は、思わぬ形で結果的に失敗してしまった。

頭に大怪我をした娘は、山神様への生贄として捧げられた。

その結果、起こったことは、特に変化のない現状。

山神村は、今でも夏の日照りに晒され、干魃に苦しんでいる。

村人はもう一度、雨乞いの儀式を行おうとしたが、

もう自分の娘を生贄に差し出すような家は見つからなかった。

「うちの娘を生贄に?馬鹿を言うな。

 そんなことをするくらいなら、干魃でみんな苦しむ方がマシだ。」

貧しい家でも無い限り、娘を生贄に差し出すような家が無くて当然。

では山神に直接お願いに行こうと、

村長や御婆たちは山に入り、山神を祀る山神神社を目指した。

ところが、だ。

一度山に入ると、あの湖の時のような霧が濃く立ち込めるようになった。

これでは山神神社に行くどころか、村へ帰るのも懸命の行動。

山神村の人たちは困り果ててしまった。

村の田畑は、日照りによる干魃で作物が全滅の危機。

村から出ようと山に入れば、濃い霧に巻かれてしまう。

これでは山神村は孤立して滅んでしまう。

そこで村長たちは、必死の思いで過去の文献を調べた。

すると、こんな記述が見つかった。

「死に瀕するもの、村の湖に浮かべよ。

 其の者に資格があらば、山神様はお救いくださる。」

つまり、死の危険がある者を湖に浮かべれば、

資格があれば山神が命を助けてくれるという。

「これではまるで、あの娘のことのようではないか。」

「あの時、あの娘は、怪我と儀式の生贄と、

 二つの意味で命の危機に晒されていた。

 あの時に儀式は成立していたんだ。

 娘の命を救うという儀式が。」

山神はきちんと山神村の村人たちの願いを叶えてくれていた。

それが意図したものと違ったのは、すべて人間の事情。

そしてそれを説明しようとすれば拒むということはつまり、

山神は怒っている。山神村の人たちのことを。

山神村の人たちは山神の祟りを恐れ、落ち込み、泣き叫んだ。

自分たちのしたことを今更ながらに反省したのだ。

どんな理由であれ、同朋から生贄など出してはいけなかったと。

神頼みをする前に、人の手でできる限りを尽くすべきだったと

すると山神村に、誰もが想像だにしなかった人物がやってきた。

あの生贄にされた娘が山神村に帰ってきたのだ。


 山神村の側からはどうやっても山神神社には行けなかった。

それなのに、生贄にされ姿を消した娘が、ひょっこり戻ってきた。

娘は頭に怪我を負っていたはずだが、怪我の影響も感じさせなかった。

娘は早速、村人たちに囲まれた。

「お前、怪我はどうしたんだ!?」

「今までどこに?」

「山神様の霧はもう晴れたのか?」

すると娘はおっかなびっくり、返事をした。

「私、もう生贄をやらなくていいの?」

「もちろんだ。我々が間違っていた。

 お前はこの山神村の一員だ。生贄にして切り捨てたりするものか。」

すると、娘の懐が何やら光を放ち始めた。

「あ、そうだ。

 私、山神神社で、山神様からこれを預かってきたんだよ。」

娘が取り出したのは、古びた柄杓ひしゃくだった。

「これを、山神様が?」

「うん、そう。私、目が覚めたら山神神社にいたの。

 そしたら頭の怪我がすっかり治ってて、

 この柄杓を持たされてたの。」

村人は早速、光り輝く柄杓で湖の水をすくって田畑に撒いた。

すると僅かながらでも、ひび割れた田畑は潤いを取り戻したように見えた。

御婆が言う。

「これはつまり、干魃には人の手で対処せよという、山神様のお告げだろう。

 現に我々には村の湖がある。

 あの水を使って、田畑を干魃から守るのだ。自分自身の手で。」

こうして山神村の人たちは、神頼みに寄らず、

自分の手で足で干魃に対処するために動くようになった。

山神の御利益なのか、光り輝く柄杓で湖の水をすくうと、

掬っても掬っても湖は枯れることはなかった。

光り輝く柄杓は一つのみ。

他の入れ物では山神様からの御利益はなく、湖の水を減らしてしまう。

だから山神村の人々は順番に交代交代に昼夜を問わず柄杓で水を汲み続けた。

そして光り輝く柄杓がその光を失い、とうとう折れて壊れてしまうに至った頃、

干魃でひび割れた田畑を救うことにやっと成功したのだった。


 それから今も山神村では山神信仰が大切に受け継がれている。

それと同時に、人が自らの手で自らのために動くことも、

身内を誰一人として切り捨てて見捨てたりしないことも、

山神信仰と同じくらい大切なこととして、教え受け継がれているという。


神は神頼みの人を助けてはくれない。まず自分自身の手で動かねば。



終わり。


 もしも神がいたとして、神は生贄など欲しがるだろうか。

そう考えたのが、この話を書くことになったきっかけです。


神が人間の生贄を欲しがる場合もあるかもしれませんが、

その場合の神は、悪魔と紙一重。敬ういわれはありません。

やっぱり人間を生贄にするのは、人間の都合だと思います。

口減らし、処罰、見せしめ、生贄にはそんな意味がありそうです。


お読み頂きありがとうございました。


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