4.ライバルな二人
「いや……さすがにあれは予想外だったわ」
「ねぇ……」
グローリア・アルバーン。
リリアン・カーター。
犬猿の仲であるはずの二人は、なぜかグローリアの私室で酒を酌み交わしていた。
テーブルを挟んで向かい合ってソファに座る二人の表情は、暗い。
「誰よ、あのナタリアって。やわ愛に出てた?」
「知らなーい。たぶん出てない」
二人同時にため息をつく。
グローリアはワイングラスを揺らし、ゆらゆらと揺れる高級な赤ワインを見つめた。
「……婚約破棄自体は予想してたんだよね。あのパーティーのちょっと前に呼び出されて、『これからは私の言うことにすべて従うというのなら予定通りお前と結婚してやる』って言われてたから」
「えーなにそのモラハラ発言。引くわ」
「どうせ結婚だけ私として愛人のところに入り浸るとかそんな内容でしょ、と思って断ったんだけど。まさか愛人があんたじゃなくアレだとは……。『私に媚びない』ってどこが? 見る目なさすぎ」
「あーむかつく。あのクソ王子わたしにもちょっかいかけてたくせに、明らかに腹の中真っ黒な“おもしれー女”にコロッと騙されてさー」
イライラした様子でリリアンがワインをあおる。
飲みすぎゆえか、グローリアは頭痛がするとばかりに額に手を置いた。
「まあ……あんたに対抗心を燃やしすぎて王子の方はおろそかになってたっていう自覚はあるんだよね。だからこの結果は必然なんだろうとは思う」
「それはわたしもそうかも。さすが中身オトナだね」
「ふふ、ありがと。あんたに負けるのが嫌だっただけで、王子と結婚がダメになったこと自体は全然いいんだけどね。王子のこと好きじゃなかったし」
「わかるー。モラハラっぽいし、ちょっと顔がいいかなくらいなのに自信過剰だし、頭悪いし、身勝手だし。別にいらないよね」
「あはは、辛辣だねえ。でもナタリアと結婚しても絶対浮気するよねあの男」
「だよねー」
「ていうか私のお父様が怒り狂ってるから、タダでは済まないでしょ。あるあるとはいえ、わざわざ公衆の面前で婚約破棄とか。あー許せん、親の力でもなんでも使って思い知らせてやる」
「やっちゃえやっちゃえ~」
「ぼんくら第二王子と最大派閥のトップである侯爵なら、王も後者をとるだろうしね」
「じゃあ噂の鉱山送りとか断種とかそういうやつ?」
「いやぁ、さすがにそこまではいかないんじゃないかな。修道院行きとか田舎の領地行きとか、そんな感じだと思うよ。最悪“他国に留学”か」
「国外追放ウケる」
「追放になったとしても隣国に話は通すから野垂れ死ぬわけじゃないんだけどね。まあ真実の愛がどうなるか見ものだわ。しかし、あいつらはもうどうでもいいとして、これからどうしよ」
グローリアはワイングラスをテーブルに置き、背もたれにもたれかかる。
リリアンもまたグラスを置いて腕を組んだ。
「わたしは第三王子を狙ってみようかな~。わたしに気がありそうだったし、王家だって聖女との縁はあったほうがうれしいでしょ」
「え、まだ王族を狙いに行くなんて根性あるわ」
「えへへー」
「私は、うーん……やわ愛にチラッとだけ出てた『戦鬼と呼ばれる氷の辺境伯』を狙ってみようかなー」
「あー辺境伯! 異世界恋愛的には、戦鬼とか呼ばれながらも実は優しいイケメンなパターンだよね。だいたいトラウマ持ちの」
「そうそう。婚約破棄といえばヒーローは隣国王子か辺境伯なんて言われてた時期もあったし、顔がいいのは事実らしいから」
リリアンがふふっと楽しそうに笑う。
「じゃあわたしは第三王子、あなたは辺境伯。どっちが先にオトせるか、競争ね」
「えーまた競争?」
「そのほうが燃えるし」
「そっか、そうだね。じゃあそうしよう」
見つめ合い、微笑み合う。
その笑顔は楽しそうでもあり、挑発的でもあった。
「幸せになるのはわたくしが先ですわ(負けないから)」
「あら、こればかりは譲れません(私が勝つ!)」
二人は声を上げて笑いあうと乾杯し、酔いつぶれるまで飲み明かした。
そして一年後。
建国記念パーティーで、二人は再開した。
グローリアはがっしりとした男前の辺境伯にエスコートされ、リリアンは美少年という言葉がぴったりな第三王子にエスコートされて。
「あら、ミス・カーター。お久しぶりですこと」
「ええ、お久しぶりです、レディ・グローリア」
「お幸せそうで何よりですわ(私の方が先に幸せになった)」
「ええ、レディ・グローリアも(いいや私が先だった)」
二人の間にバチバチと火花が散る。
やはり悪役令嬢と聖女ヒロインは仲がお悪い――のかもしれない。