3.緊張する二人
グローリアは少し緊張していた。
今日は建国記念パーティー。『やわ愛』で婚約破棄されるかもしれないイベントの日である。
婚約破棄されるのか、されないのか。それはわからない。なぜなら『やわ愛』が一巻打ち切りで、婚約破棄されそうというところで終わっていたから。
だが当日は忙しいとのことでエスコートすら断られたところは小説のとおり。
グローリアは覚悟を決めていた。
弟のエスコートで会場へ入り、弟が離れたところですかさずリリアンが人ごみをかきわけるように近づいてくる。
「ごきげんよう、レディ・グローリア」
「……ごきげんよう」
嫌味で返すのすら面倒で、適当に答える。
「あら、緊張されているようですね」
「……」
「今日は運命の日ですもん、緊張しますよね」
今日はリリアンの言葉にも鋭さがない。
むしろ、どこかグローリアを同情するかのような響きすらある。
否、リリアンもまた緊張しているのだ。
聖女として第二王子と交流を深めてはきたものの、本当にグローリアが婚約破棄され、自分が選ばれるのか。
だが、その同情じみた声音がグローリアに火をつけた。
「まだ何も決まっていませんわ。友人でもないのですから、少し離れていていただけるかしら(あっちいけ)」
「あら、お一人では不安でしょう?(強がっちゃって)」
「お気遣いは不要ですわ(すっこんでろ)」
「あなたが注目を浴びたあとに私が殿下に呼ばれるかもしれませんし(選ばれるのは私)」
「自分に自信があるのはいいことですわ(うぬぼれすぎ)」
といういつもどおりの応酬のあと、王や王妃、王太子よりも早く第二王子が会場入りする。
第二王子は階段を中ほどまで下りたところで足を止め、「皆に話しておきたいことがある!」と声を上げた。
扇子を持つグローリアの手に、力が入る。
「私はわがままで気が強く、しかも贅沢を好むグローリアを王家の一員とすることはできない! よってここに、グローリア・アルバーンとの婚約破棄を宣言する!」
周囲が水を打ったように静まり返る。
グローリアは自分に遠慮がちな視線が注がれるのを感じた。
やがて周囲の人々がヒソヒソと話し出す。
アルバーン侯爵が知ったら大ごとになるぞ、という声が聞こえた。
それはそうだろう、とグローリアは思う。
この会場にまだ来ていない父侯爵は、最大派閥の筆頭。その顔を潰してただで済むはずがない、と。
第二王子の側近が彼に近づいて慌てて止めようとするが、王子の勢いは止まらない。
「そして私は真に愛する人と新たに婚約を結ぶことにする!」
グローリアは、隣を見られない。
王子を愛していたわけではないとはいえ、リリアンが勝ち誇った顔をしていたら耐えられないから。
「子爵令嬢ナタリア・アップルトン、前へ!」
「……は?」
王子の言葉に、グローリアとリリアン、二人の声が重なる。
二人は呆けた表情で顔を見合わせ、王子の方へと視線を戻した。
タッタッタッ☆ とでも聞こえてきそうな軽やかな足取りで階段を上って王子の隣に立ったのは、グローリアたちよりも年下と思われる少女。
亜麻色のふわふわのくせ毛に緑色の瞳の愛らしい少女は、照れたように微笑を浮かべた。
「このナタリアは本当に優しくて愛らしい女性だ。型にとらわれず天真爛漫で、私に媚びない。私は真実の愛を手に入れたのだ!」
王子はナタリアを見つめる。彼女もまた笑顔で見つめ返した。
「そういうわけだ。納得したであろう、グローリア」
ナタリアがグローリアとリリアンに視線を向け、クスッと笑う。
二人の手にある扇子が、ミシッと音を立てた。
「なかなか面白い趣向でしたわ。ですが王家と侯爵家の婚約ですから、陛下と父も交えてお話しませんと。今日はこれで失礼いたしますわ(覚えとけよ)」
王子とざわつく観衆に背を向け、グローリアが出ていく。
それから少し遅れて、リリアンもまた会場を後にした。