2.転生する二人
英子、享年28歳。過労死。
美以奈、享年17歳。事故死。
不幸にも若くして命を散らした二人は、真っ白な世界にいた。
目の前には、魂の管理人と名乗った光の玉のようなナニカ。
『お二人は日本での生を不幸な形で終えられました。ですから、あなたたちが読んでいた小説『やわらかな光の中で紡ぐあなたへの愛』の世界へ転生させて差し上げます!』
うれしいでしょう!? と言わんばかりの光の玉に、二人は顔を見合わせる。
「いや……私、また日本人がいいんだけど……」
「わたしも。ていうかできれば生き返りたい。まだ高校生だよ?」
『どちらも不可能です』
二人の顔に落胆の色が浮かぶ。
「だからってなんで『やわ愛』の世界に?」
英子の問いに、光の玉がピカピカと点滅する。
『それは、お二人がこの小説の数少ないファンだからです!』
「別にファンってほどじゃないよ」
「わたしも。本屋で見かけてたまたま買っただけ」
二人の言葉に、光の玉の光が弱くなる。
英子と美以奈はさらに続けた。
「しかも不人気で一巻打ち切りだったよね。話の筋はテンプレなのに、普通は冒頭にくる王子と悪役令嬢の婚約破棄がラストで“婚約破棄しそう”くらいで終わってたし」
「聖女と王子の恋愛のペースもゆっくりすぎてダレるし、伏線もまき散らすだけまき散らして結局打ち切りとか。てかタイトルもわかりづらい」
『お二人ともひどいことを言っていますが、あれの作者はワタシなんです……』
「えっ」
「そうなの?」
『はい、日本のとある作家さんの頭の中をちょいちょいっといじって書いていただいたんです。実際にある世界をモデルに、ワタシの未来予知の力を使いつつストーリーを展開させていたのですが』
「え、怖すぎ」
「最低すぎてウケる」
『ともかく、時を同じくして亡くなった数少ないファンであるあなたたちに、やわ愛のその後のストーリーを完成させていただきたいのです! なお拒否権はありません!』
「最低……」
二人が声をそろえて言う。
『では、お二人はヒロインである聖女と悪役令嬢、どちらに生まれ変わりたいですか?』
「あーじゃあわたし悪役令嬢で」
美以奈がすかさず言う。
「だって悪役令嬢のほうが勝ち組でしょ? 転生聖女ヒロインって、悪役令嬢を陥れようとして失敗して悪役令嬢に根こそぎ取り巻き男を持っていかれてざまぁされて終わりだもん」
「それなら私だって悪役令嬢がいい。なんなら聖女の力すら悪役令嬢が手に入れるパターンもあるし。ざまぁされて下手すれば娼館行きとか絶対に嫌。聖女なのになんでそんな扱い?」
『いやいや、お二人ともそれ系のお話を読みすぎですよ。やわ愛の世界はいわば現実ですから、流行通りの展開になるとは限りません。ひとまず、侯爵令嬢が王子の婚約者になることと男爵令嬢が聖女になることは確定です。それは生まれる前から決まっている運命ですから』
「じゃあ二人とも幸せになれる運命にして」
「せめて『やわ愛』の二巻以降のストーリーを教えてよ」
英子と美以奈の言葉に、光の玉がチカチカと点滅する。
『ワタシができるのは、決まった運命を持って生まれる人間に魂を入れることだけです。そこから先はあなたたちが紡ぐ物語です』
いいことを言っている風で結局大事なところは二人に丸投げである。
「聖女ってすごい力を持ってる?」
美以奈の質問に、光の玉がピカッと光る。
『傷を癒す力を持っています。国内で唯一ですから、重宝されますよ』
「えーこき使われそうでヤダ。国内で唯一結界を張ったりとかは?」
『特にそういう能力はないですね』
「じゃあ聖女って偉い?」
『神殿の象徴的立場なので、偉いといえば偉いですね。権力はありませんが』
「じゃあやっぱり悪役令嬢」
「ちょっと待って、私が悪役令嬢になる。悪いけどあなたが年下でも譲れない」
「わたしだってば」
英子と美以奈の間にバチバチと火花が散る。
『では公平にじゃんけんということで行きましょう。一回勝負です』
「ふーん、じゃあわたしグー出すわ」
美以奈がぐっと握りこぶしを作る。
「あー、そういう作戦? 悪いけど人生経験は私のが上だし、そういうの通じないから」
『はいはい、喧嘩しませんよ。では、じゃーんけーん……』
そうして英子が悪役令嬢、美以奈が聖女になった。
転生後も不満タラタラだった美以奈が英子にあれこれ吹っ掛け、二人の仲は最悪となった。