第一話
「なにこれ!? てか、どこ!?」
目覚めた瞬間、晶子はベッドの上で飛び起きた。
天蓋付きのベッドに、重厚な家具、刺繍の入ったカーテン──どう見ても、現代の日本ではない。
心臓がドクドクと早鐘を打つ中、彼女は部屋を家探しのようにくまなく調べて回った。
高級感あふれる机の上に、封を切られずに置かれていた一通の手紙。
──ティアナの遺書だった。
濡れ衣を着せられたこと。
婚約者に一方的に婚約破棄されたこと。
夫である公爵に冷遇されたこと。
愛人や使用人にまで冷たく嗤われたこと。
読み進めるうちに、胸の奥に何かが刺さった。
その文字の一つひとつに、絶望と諦め、そして誰にも気づかれなかった哀しみがにじんでいた。
(……これ、もしかして……)
生前のティアナの気配に導かれるように、書斎の奥へ進み、絨毯をめくると、そこには小さな金庫が埋め込まれていた。
隠し鍵は、ティエナのベッドサイドの小箱の中に、まるで“気づいてほしい”とでも言うように入っていた。
カチリ。
鍵が回る音とともに、金庫の扉が開く。
中にあったのは、一枚の契約書──侯爵・アレクシス・ヴェルハルトとの婚姻契約だった。
そこには、冷ややかな文面でこう記されていた:
互いの生活の自由を保証する。
愛人関係には干渉しない。
衣食住を提供し、毎月金貨100枚の支給。
公の場では夫婦として振る舞うこと。
「…………」
晶子は一瞬絶句し、そのまま契約書を片手に床にへたり込んだ。
「なにこの徹底したビジネス婚……いや、むしろ快適すぎない?」
眉をひそめながらも、口元には微かな笑みが浮かんでいた。
王子に裏切られ、冤罪を着せられ、冷酷な侯爵家に嫁いだティエナ。
その胸にどれほどの悔しさと孤独を抱えていたのか、晶子には痛いほど伝わった。
けれど──
「こっちの世界、意外と生きやすいかもね?」
ふっと肩の力を抜きながら、晶子は立ち上がる。
目の前の机に置かれた遺書をそっと閉じ、その上に手を置いた。
「……あなたがここまで来るのにどれだけ傷ついたのか、ちゃんと分かってるよ。でも、これからは――」
鏡に映る“ティエナ”の顔が、芯のある静かな決意を湛えていた。
「今度は、あたしがこの人生を引き継ぐ。あなたのためにじゃない。あたし自身のために」
そして彼女はまっすぐ前を向いた。
涙ではなく、笑顔で。
この人生を、もう一度、自分の手で再構築するために。
愛人がいようが、侯爵が冷たかろうが、侮辱された過去があろうが関係ない。
今、晶子はここにいる── “ティエナ”として、そして自分自身として。
運命の歯車は、確かに動き始めていた。