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利成と黎花

フローライト第百十六話

今回の合作展をしたことで、再び利成の絵画に対しての関心が寄せられるようになった。しばらく絵画の世界からは遠のいていた利成だが、利成自身もかつての勘を取り戻し、新作も手掛けようかという思いになったらしい。


黎花との話し合いの中で、利成の絵も黎花のギャラリーに参加させてもらうという話になった。なので黎花のギャラリーのメンバーたちはかなり色めき立った。何せ知名度なら抜群の利成が参加することで、多くの人が自分たちの絵も見てくれるチャンスを得たからだ。


その話し合という名目で、利成が頻繁に出かけるようになったとある日明希がぼやいていた。


「でも話し合いなんでしょ?」と美園が言うと「利成が話し合いだけで済むと思う?」と明希が聞く。


「でも、利成さんも昔と違ってかなり年取ったし、黎花さんはまだ若いし・・・」とどことなく常識的な範囲で美園が言うと明希が言った。


「みっちゃん、そういう常識は利成には通じないってみっちゃんだって知ってるでしょ?見かけは入れ物、利成は身体とか見かけなんてある意味どうでもいいのよ」


(あらら・・・明希さん、利成さんのことよくわかってるな)と美園は少し可笑しかった。


「黎花さんとどうこうって気になるの?」


美園が聞いた。


「気になるっていうか・・・」と明希が言葉を濁す。


(気になるっていうか、気になるんだ)と美園はまたもや可笑しくなったが、顔に出さないように気をつけた。


 


明希にとっては複雑な感情なようだったが、若き画家たちは喜んで利成を歓迎した。梅雨入りし雨がしとしと降るある日、美園は利成が言った最初の条件、すなわち画家たちの集まりの時に美園も参加するという約束を果たすべく、朔と一緒に黎花のギャラリーに赴いた。


「美園ちゃん、よく来たね」と黎花が歓迎してくれる。他の画家たちも美園に笑顔を向けた。けれど以前、合作展の打ち上げの時に朔とトラブった神野拓哉だけは知らんふりをしていた。


他の人の絵画やイラスト何かを見てから、ギャラリーの隣の部屋に移動して、皆で黎花が入れてくれたコーヒーとスタッフの女性が作ってくれたお菓子を囲んで、お茶会なるものに美園は参加した。朔は以前にも毎回参加していたようで、数人の人たちが親し気に朔に話しかけていた。


「いつも不定期でこうやってお茶会したり、誰かの絵を見て感想を言いあったり、何か情報を共有してるのよ」と黎花が美園に言った。


黎花は長い髪を最初に会った時のようにアップにして、今日は薄いピンク色のスーツを着ていた。


(口紅もピンクだな・・・)と美園は黎花を見つめた。何となく綺麗になったような気がする。


朔がトイレに立った時に拓哉が話かけてきた。


「美園ちゃん、朔と出来てるんでしょ?何で朔なんかいいの?」


美園は朔の顔を見た。どことなくおどけなさを残した顔だが、朔よりつまり自分より二つ年上だと黎花から聞いた。


「出来てるって?」と美園は聞いた。


「またまた、もうとぼけなくていいよ。俺はいちいちネットに上げたりしないからさ」


「そうですか?じゃあ、言うけど・・・。少なくとも神野さんよりはずっと素敵だからだよ」


美園の言葉に拓哉は目を丸くしている。それから「アハハ・・・」と笑い出した。


「やっぱできてるんだ?ヤバいね、天城美園があんな朔なんかとなんて」


「あんなって・・・」


「もちろん絵はすごいと思うよ。だけどさ、それだけだよ。男としては何の魅力もないでしょ?」


「男としての魅力って何?」


「そうだな・・・やっぱり”力”かな?腕力って意味じゃなくね」


「力?」


「そう。天城利成みたいな感じだよ。そう言えばわかる?」


「利成さんの力ね」


「そうだよ。あの人のすごいところって絵や歌だけじゃないでしょ?」


「そうかな?よくわからないけど」


「それはね・・・」と拓哉が言いかけてから口を閉じた。視線はドアの方に向いている。朔がトイレから戻ってきて二人に気が付いた様子だった。


「ヤバい奴が戻って来たな。じゃあ、美園ちゃん、またね」と拓哉が席を移動していった。


「何話してたの?」と朔が視線を拓哉に向けている。


「朔との関係を聞かれたから言っちゃったよ」


「えっ?何て?」


「彼氏だって。そしたら何であんな奴って言うから、神野さんよりは少なくともずっといいって言ってやったよ」


「そうなの?」と朔が美園の隣に座った。それから「言って大丈夫かな?ネットにばらまかれない?」と言う。


「そうなったらそれでいいよ」


「でも・・・」


「うちは皆基本的に隠さないでしょ?利成さんも奏空も、そういうの隠さないで今日まできたよ」


そうなのだ、利成は何も積極的に今までの女性関係を隠してきたわけじゃない。ただ何も言わなかっただけだ。奏空に至ってはもう論外だ。アイドルのくせにいきなり結婚して子供ができたのだから。


「美園は嫌じゃないの?俺が表に出ちゃって」


朔が言う。


「嫌なわけないでしょ?ほんとは朔のことみんなに宣伝したいくらいなんだから」


美園がそう言うと、朔が笑顔になった。


「ほんとに?」


「ほんとだよ。朔は素敵なんだから堂々としてて」


「うん・・・」と朔が美園の手を握った。近くにいた画家の一人がチラッとこっちを見たが、美園は本当に朔が表に出てもいいと思っていた。


帰り際黎花が「利成さんによろしくね」と言った。そこで美園は(ん?)と思う。今まで「天城さん」だったのに、「利成さん」に変わっている。


「はい」と答えて黎花の顔を見ると「どうかした?」と笑顔で黎花に聞かれる。


(あ・・・)と思ったが美園は何も言わずに「いえ、またよろしくお願いします」と頭を下げて朔と部屋から出た。


車に乗り込んでから思う。


(あー利成さん、久しぶりにやっちゃったか・・・黎花さんはもろ利成さんの好みだもね)


明希さんの危惧する通りになってしまったらしい・・・。美園は黎花から利成のエネルギーを感じた。セックスするとエネルギーが混ざるのだ。


「黎花さん・・・利成さんと・・・」と朔が呟いた。


「えっ?」とちょうどエンジンをかけた美園は聞き返した。


「いや・・・」と朔が口をつぐんで窓の方を見た。


(朔も敏感だから気づいたかも・・・?)と美園は思う。


 


朔のイラスト関係の仕事が増えていて、マンション戻ってから朔は部屋にこもってパソコンの前で仕事をこないしているようだった。美園は食事の支度でもしようかなと冷蔵庫を開けてみたが、ろくなものが入っていなかった。


(買い物してこようかな・・・)


外は雨なので何だか億劫だなと思っていると美園のスマホが鳴った。見ると咲良からのラインだった。


<これ見て>とURLがはってある。それを踏むとツイッターらしきものに飛んだ。


<天城美園の彼氏ってこれ>と書かれていて、何と写真まで載っている。


(あーあ、まさか今日のあいつ?)と思ったが、あそこにはたくさんの人がいたし、必ずしも拓哉だとは断定できないなと思う。それに誰が出そうと美園にとってはどうでも良かった。


美園がそのツイッターを見ていると、咲良から電話がかかってきた。


「美園?これ、大丈夫?」と言われる。


「さあ?事務所は大丈夫じゃないだろうね」


「誰が撮ったの?これ」


「さあ?わかんないよ。多分、今日いた誰かだと思うよ」


「今日?どこか行ったの?」


「今日、朔と画家たちの集まりで黎花さんのところへ行ったよ」


「そうなんだ。じゃあ、その中の人だね」


「まあ、でもいいよ。いつかはバレるし、そろそろそういう時かもしれない」


「まあ、奏空とは違うからそこまで騒がれないとは思うけどね」


「そうだね」


そう思っていた、どうせ大したことじゃない。けれどこのことが美園ではなく朔の方に影響を与えてしまった。それから数日経ってから、朔のインスタやそのほかのSNSなどに悪意の書き込みがあったり、黎花のギャラリーにわけのわからない苦情が来たりしたのだ。美園は自分の方だけの問題だと思っていたので、朔への攻撃的なコメントには困った。


黎花が朔のSNSを一時的にストップした。朔の心理面への影響を心配したからだ。ただ朔の仕事自体にはさほどの影響もなく、いつも通り忙しい様子で美園は少し安心した。


「知らない人に写真撮られた・・・」と夕方、コンビニから戻って来た朔が言った。


「え?歩いてて?」


「ううん、コンビニの中」


「どんな人?」


「男の人」


「そうか、無視してて。マスコミかな?」


「うーん・・・普通の人みたいだったけど・・・」


「そう」


美園も朔への精神面が心配だったが、思ったよりは気にしていないようだった。


「俺さ・・・何か美園の彼氏なんだなって実感湧いた」と夕食を食べている時に朔が言った。


「何で?」


「何かみんな俺のこと攻撃してくるし、写真撮られたりするし・・・これって美園の彼氏だからでしょ?」


「そうだね」


「攻撃されて実感湧くなんて変だけど、自分が美園の彼氏だってどこか信じてない自分がいたんだ」


「そうなんだ。じゃあ、もう信じたでしょ?」


「うん、信じれた」と朔が嬉しそうに言った。


どうやら朔があまりダメージを受けてないのは、こういうことだったのかと美園は納得した。


あの最初のツイッターの写真は拓哉ではなかったらしい。黎花が拓哉から美園に俺じゃないからってどうしても言って欲しいと言われたと言っていた。感覚的にも拓哉じゃないだろうと美園は思っていた。実は合作展から朔は画家たちの嫉妬の的になっていた。黎花に目をかけられ、天城利成と合作までして一躍名前を売ったのだ。あれから朔の絵が欲しいと言う人も現れているし、イラストの仕事の依頼も倍になっていたのだ。


美園の事務所側からは、軽く注意を受けた程度だった。そもそも美園は奏空と違ってアイドルじゃないので、多少のダメージはあれど、そこまで何かが変わるといった話でもなかった。


 


梅雨も明けようとする初夏、美園はテレビ局の廊下で晴翔から声をかけられた。


「美園ちゃんの彼氏ってほんとにあの人なの?」


晴翔が明るく聞いてくる。


「うん、まあ・・・」


「そうなんだ、絵を描くんだって?」


「そうだよ」


「そうか・・・じゃあ、美園ちゃんはもう俺が言ってもダメかな?」


「何が?」


「彼氏と別れたらつきあって」


晴翔がニコニコしながら言う。それは昔は美園が言うセリフだった。


「晴翔さんの彼女は?どうしたの?」


「あーあの彼女はね、もう無理かな」


「そうなの?」


「うん、そう。でも、まあ仕方がないかなって思ってる。考え方あまりに違うと、なかなかうまくいかないよ」


「そうなんだ。でも私は朔とは別れないよ」


「朔って言うんだ。うん、それならそれでね」と晴翔は何故かいつも余裕がある様子だった。


好きな人も冷めていくんだとしたら、人と人を結び付けてるのは、感情なんかじゃなくてただの”縁”なのかもしれない。


美園は軽く手を挙げてから廊下を歩いていく晴翔の後姿を見ながら、そんな風に思った。


 

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