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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第四章 北の深淵が光り輝く
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94話

 まるでおとぎ話の世界にいるようだった。壁の外からは到底想像もつかない幻想的な景色が広がっていた。

 煙突の伸びた、背の高い古い民家が所狭しと並んでいる。ペンの先のように尖った屋根近くの窓には、色とりどりのステンドグラスがはめ込まれ、ドアには繊細な金の装飾が施されている。石畳の道の端に積もった雪が街灯の光に照らされて、煌々と輝いている。


 エクス族はこの町の周囲に堅固な壁を作り、さらに北へ勢力を広げて防衛線を張った。

 三年前、エクス族はノウミ族と激しい戦いを交えたが、その主戦場となった場所はここよりもずっと北にある。

 この美しき聖地エクシオンと、遠くの高台に見える神殿は、そうして何百年も守られてきた。


 厳然と、まるで城のようにそびえる神殿を見つめながら歩いていると、前を歩くナイラが振り返ることなく言った。


「あの高台に見えるのが、『エクス神殿』です。およそ五百年前に建立され、幾度も修繕を重ねてその存在を保ち続けてきました。……しかし今後、神殿が修繕されることはないでしょう」


「どういうことですか?」


 サクは思わず問いかけた。


「……ご存知ないのですね。てっきり、他の巡礼者の方から話を聞いて駆け込んでこられたのかと思っておりました」


「話……?」


「神殿はもうじき、神の手に渡ります」


 数秒経って、意味を解したサクは、顔から血の気が引くのを感じた。

 つまり、神殿はすでに“飲み込まれ”かけている。

 北部には観測塔やそれに当たる組織が存在しない。よって、“人が消失する空間”との境界は、常に曖昧な状況だ。人々が気がつかないうちに、一寸先まで境界線が迫っている。そういった状況が当たり前にある。


「それは確かなんですか?」


 と、サクはおそるおそる尋ねた。ナイラは「はい」と即答した。


「神殿の裏庭を手入れしていた巫女が、枯草を抜こうと奥へ進んだ瞬間に、突然意識を失って倒れ、そのまま消え去ったのです。その時ちょうど何人かの巡礼者の方が礼拝にいらっしゃっていて、慌てた別の巫女がその方々の前で私に報告したため、もしかしたら外へ伝わっているのではないかと思っておりました。

 ……しかしこの件は、すでにエクシオン内では周知の事実。雪が解ければ周辺の地域に住む人々へも、知らせがもたらされることでしょう」


 ユーリが急き込むのをぐっと堪えたような声で訊いた。


「他に消えた人はいるんですか?」


「いいえ。今のところその巫女だけです。一般の方々は、神殿の裏庭へ立ち入ることはできませんので」


「それは、いつ頃のことなんですか?」


「およそ四ヶ月前のことです」


 ということは、現在はさらに進行しているはず。

 すぐ近くにある、“人が消失する空間”。目に見えない境界線。

 サクは故郷の町を思い出しながら、ナイラについて歩いた。




「それでは、明日の午後三時に伺います。その際、拝観料を頂きますので、よろしくお願い申し上げます」


 ナイラはそう言って、小さな紙を差し出した。そこに書かれた金額にギョッとするサクたちを前にして、ナイラは表情一つ変えずに背を向けて去っていった。

 案内された宿舎は、外から見るとただのアパートに見えた。ナイラによると、巡礼者用の宿舎には常駐する人間はおらず、必要な時のみ巫女が清掃や、寝具、食料の用意をしているとのことだった。

 ユーリが玄関のドアをノックする。すると、


「サク!!」


 開いたドアから飛びかかってきそうな勢いで、アサヒが出てきた。


「よかった……」


 アサヒは心の底から安堵したように、潤んだ瞳でサクを見つめながら息を吐いた。

 後ろからやってきたミリアが呆れ声で言った。


「だから、そんなに心配する必要はないって言ったでしょ。私たちと同じようにただ身体検査を受けただけなんだから」


「ミリアたちも脱がされたのか?」


 と言ったアーロンを、ミリアが鋭い目つきで睨みつけた。サクはアサヒを前にして、思わず一糸纏わぬ姿を頭に浮かべ、慌ててその想像を振り払った。

 部屋の中へ入ったサクたちは、荷物を下ろして上着を脱ぐと、狭いテーブルを囲んだ。


「ここへ来るまでに何か分かったことはあるか?」


 ユーリに問われたミリアは、首を横に振った。


「何も。ほとんど誰ともすれ違わなかったし」


 アーロンが頷く。


「だな。陽が沈んで、外を出歩いている人間はほとんどいない。いたとしても、顔の判別がつかない。明日になるのを待つしかないな」


「あぁ。だが、あまり派手に動くと怪しまれる。ただ町を散策しているだけかのように歩くのなら問題ないだろうが……」


 ミリアが不安げな目をユーリに向ける。


「ただ町を歩くだけで何か手がかりが掴めるとは思えないけど……。おまけに、自由に使える時間は五時間ほどしかないんでしょ?」


 アーロンが難しい表情で腕を組む。


「かと言って、聞き込みはできないだろ」


「――というわけだ」


 そう言って、ユーリはサクに目を向けた。

 サクはおよそ一分間、真剣に考えた。誰にも怪しまれず、人を捜す方法……。

 自然と、ユーリが身に着けている腕時計に目が向く。しかし、針が通常の時計と異なる動きを見せれば、それを見た誰かから指摘を受ける可能性がある。よって、時計に魔法をかけるのは最善とは言えない。

 眉間にしわを寄せて考え込むサクに、アサヒが助言するように言った。


「ただその人に会いたいと願うのなら、その人からもらった物がいいんじゃないかな。身に着けているだけで、会わせてくれる……そんな魔法をかけたらいいんじゃない?」


「身に着けているだけで……」


 何かが胸に引っかかった気がした。だがその感覚はすぐに消え去った。

 魔法は、ただ願えばかけられるというものではない。物を介して初めて効果を発揮する。媒体となる物は、願いに対してふさわしい物でなければならない。


 ミリアもアーロンも、父親が所持していた物や父親からもらった物は一つも持っていなかった。唯一当てはまる物は、ユーリが持っているおもちゃの拳銃だけだった。

 ユーリは上着の内側から、見えない銃を取り出した。

 いまだサクの力を完全には理解しかねる様子のミリアとアーロンは、訝しげな表情をさらに深めて、ことのなりゆきを見守っていた。

 サクはユーリの手元に手を伸ばした。硬く、冷たい物に当たる。銃は、確かにここに存在している。


「見つからなくてよかった」


 身体検査を思い出し、呟くように言った。ユーリが頷きながら、「あぁ」と答えた。


「身に着けたままにしておく方が危ないと分かっていた。だから最初に他の持ち物と一緒に床に置いて、服を着た時にこっそり元に戻した。本当に俺以外の人間には見えていないのかって疑いながら、ずっとヒヤヒヤしてたけどな」


 サクは銃を受け取ると、ゆっくりと呼吸をした。

 この銃には、すでに別の魔法がかかっている。父のかけた魔法が。そこへ果たして別の魔法をかけることができるのか?

 ……やってみなければ分からない。

 サクは全神経を右手に集中させた。


「ユーリに、ユーリの父親の居場所を示せ」




 翌朝。外はしんしんと雪が降っていた。あらかじめ部屋に用意されていた食事をとったサクたちは、宿舎を出ると、ユーリの父親たちの捜索に出かけた。

 ナイラが迎えに来る午後三時までには、宿舎に戻らなくてはならない。礼拝を行い、その後もう一度宿舎へ戻ってくるだろうが、翌日にはエクシオンを去らなければならないことを考えると、使える時間はほとんどない。


 サクたちは巡礼に来たついでに散策をしているかのように装って、町をあちらこちらへ歩いた。

 町は昨夜よりも賑やかだった。ノウミ族との争いなど遠い世界で起きている出来事かのように、この町の人々の多くは平和な顔をして生活している。

 エクス族には、制度化されていない暗黙の階級制度があった。神殿の近くに住んでいる者ほど地位が高く、町を囲む壁近くに住む者ほど地位が低い。しかし、エクス族全体から見れば、聖地エクシオンに住んでいるだけで上流と言える。なぜなら、壁の外では停戦後の今でも、時折ノウミ族と衝突し、血を流している者たちがいるのだから。


 サクたちの滞在している宿舎は、当然、神殿からは離れたところに位置していた。周囲には飲食店などが立ち並ぶ通りがあり、その裏には縫製、ガラス、陶磁器など主に工芸品の小規模な工場があった。


「どうだ?」


 アーロンがユーリに訊く。裏通りにある酒場には、昼前から人が集まっているようで、賑やかな声が聞こえてきていた。

 ユーリは短く「いや」と答えた。酒場の前を素通りする。時間の限られる中で、ただ人が集まっているからという理由で覗くことはしないようだった。

 さらに進んでいく。町を囲む高い壁が近づいてくる。

 壁の近くに暮らしている者の多くは、この町を守っている兵士たちだ。


 サクはふと、昨日のしかめっ面の兵士の言葉を思い出した。ただひたすらに、その時がやってくるまで、祈りを捧げること……。

 エクシオンに住む人たちは誰一人として、今ある生活や日常を失うことを恐れていないのだろうか? 神の国へ行くことを、その時がやってくることを、本当に待ち望んでいるのだろうか?

 信仰心を持たないサクにとっては、やはり完全には理解のできないことだった。同時に、その疑心がおもてに出ることのないよう、気をつけなくてはと思った。


 突然、前を歩いていたユーリが足を止めた。片手を上げて、背後にいるサクたちに隠れるよう指示を出す。

 サクは建物の陰に隠れながら、ユーリの視線の先を見つめた。昨日の門番たちと同じ服装をした数人の男が、小銃を肩に提げて歩いている。兵士だ。

 ここは町の端の端。周辺には巡礼者が見物するような場所も店もない。そんな場所で兵士と遭遇すれば、怪しまれ、事情を訊かれるかもしれない。隠れてやり過ごすのが得策だ。


 息を潜めて、過ぎ去るのをじっと待つ。

 昨日の兵士たちよりも十は年上で、精悍な顔つきをした男。……似ている。サクは無意識にユーリに目を向けた。

 見開かれた琥珀色の瞳が、禍々しく光っていた。


「……おい……ユーリ……」


 アーロンが震えた声で言った。凍るような沈黙が流れる。


「……親父だ」


 ユーリはまばたき一つせず、射るような目でその兵士を見つめて言った。

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