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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第四章 北の深淵が光り輝く
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92話

 村から村へ、点と点を繋ぐように移動を続けて、三週間が経過した。

 ここまでの道のりはあまりにも長く、振り返ろうとすれば気が遠く……いや、おかしくなりそうだ。

 時に痛みを感じるほどの寒さに耐え、ひたすら足を運んだ。十分な装備は無く、立ち寄った村でも手に入れることは叶わなかった。天候が悪い時には出発を諦め、三日足止めされたこともあった。


 零域――ここ北部で「神の国」と呼ばれているその領域に近づけば近づくほど、村は衰退していった。神を信じ、崇めている北部の人たちも、他の地域の人々と同様にその領域から遠ざかっていった。

 完全に人が消え、廃村となった村もいくつかあった。朽ちて今にも倒壊しそうな家屋や家財道具が侘しく残されていた。それをアサヒが魔法で修復し、拝借して、夜を明かしたこともあった。


 鉄道で行くルートであれば、こんな苦労はしなかっただろう。ユーリたちも、当初はあの忌々しい列車に乗って東へ向かい、乗り換え、さらに東へ進んで、そこから歩いてエクシオンに入る予定だったという。

 それがノウミ族の一味に加担したことで計画が狂い、さらに厄介なことになって、ノウミ族が多く暮らす北側のルートではない、寂れた南側のルートを選ばざるを得なくなった。


 しかし、最終目的地エクシオンまであとおよそ二十キロという距離にある村、「ゴタニエ村」までなんとか辿り着くことができたので、ひとまずその選択は間違っていなかったと言ってよいだろう。



 村に入って、サクはすぐに違和感を感じた。今までに訪れた村とは明らかに雰囲気が異なっていたからだ。

 もの寂しさは感じるものの、暗澹とした空気はない。それどころか、村全体が明るい光に包まれているかのように見える。

 村の中心にある小さな広場では、女性たちが楽しげに談笑し、子どもたちが雪遊びに興じていた。その子どものうちの一人がこちらを振り向き、駆け寄ってきた。


「こんにちは! 巡礼者の方ですか?」


 少年は澄んだ瞳でサクたちを見つめて言った。

 これまで寄った村でも何度も訊かれたその問いに、ユーリが間髪を入れずに「そうだ」と答えた。

 すると少年は、


「ようこそゴタニエ村へ! 宿へ案内します」


 屈託のない笑顔で言い、先導して東の方角へ向かった。


 少年が案内してくれた宿はすぐ近くにあった。広場を囲む、木造二階建ての建物のうちの一つに入る。


「ばぁば! 巡礼者さんたちを連れて来たよ!」


 少年の元気な声に、カウンターの内側で椅子に腰掛け、うとうとと居眠りをしていた老女が目を覚ました。


「いらっしゃい」


 老女はしわがれた声で言うと、朗らかな笑みを浮かべながら、少年に棒付きキャンディーを手渡した。

 少年は嬉しそうに「ありがとう!」と言って、小走りで建物から出ていった。


「こんな時季に巡礼なんて珍しいねぇ。ここまで来るのは、さぞ大変だったでしょう」


 老女は言いながら宿帳を開いた。


「ここに住所と名前を記入してくださいね」


 ユーリはペンを受け取って訊いた。


「全員ですか?」


「あい、もちろん」


 記入し終えたユーリは、ペンをアーロンに渡しながら、鋭い視線をサクとアサヒに向けた。

 サクは「それくらい分かっている」と目で返事をした。自分の番が回ってくると、サクはユーリの書いた住所をそっくりそのまま写し書いた。アサヒも全く同じ住所を書いた。

 タリゴ近くのどこかの町はずれにある農場。五人とも身寄りがなく、住み込みでそこで働いており、仕事の少ないこの時季に許可を得て巡礼を行っている……という設定。ユーリたちが元々考えていた設定に、サクとアサヒが追加された。

 自分たちは紛れもなく「巡礼者」である。そう、欺くために。


「客室はこの上と隣にあるんだけど、他にお客さんもいないから、隣を丸ごと貸してあげますね。ごゆっくり」


 サクたちは老女に礼を言うと、鍵を受け取って右隣の建物に移った。


 ――こんなまともな宿に泊まるなんて、何日ぶりだ?


 サクは心の中で呟きながら、眉をひそめた。

 にしても、不思議な村だ。空気感以外は他の村とあまり変わらない。

 これといって目立ったところはなく、目ぼしい産業もなく、村人たちは農作物や家畜を育てて、ほぼ自給自足の生活をしている。身なりは貧相で、特別豊かなようにも見えない。自分たちを聖地エクシオンを目指す巡礼者と信じ、あっさり泊めてくれたところも共通している。

 しかし、こんな宿らしい宿は今までの村にはなかった。


 鍵を開けて中へ入ると、古い絨毯の敷かれた居間があった。中央には木製の長机と長椅子が置かれ、その先の壁際には暖炉が設置されていた。

 暖炉に火を入れてから二階へ上がると、そこにはちょうど人数分の寝室があった。適当に部屋を割り当て、各々荷物を置き、再び一階の居間に集まる。

 ユーリは椅子に腰掛けると、警戒するような目で周囲を見回してから口を開いた。


「分かっているよな?」


 そう言って、声のボリュームを落とす。


「俺たちは『巡礼者』だ。絶対にボロを出すなよ」


 ミリアが訝しげな表情でユーリを見た。


「それは分かっているけど……どうしたの? 急にそんな怖い顔をして」


「この村の空気が、今までの村とは明らかに違っているのに気づかなかったか? おそらくは、他の村よりもずっと村人たちの信仰心があついせいだ。

 この村の人間は、エクス族と同様に、自分たちの住む土地が『神の国』に飲み込まれるのを恐れていない。むしろ、その時を待っている。だから妙に明るいんだ」


「つまり、信仰心のあつい人が多いから、バレないように気をつけろってことね」


「それだけじゃない」


 ユーリは真剣な目で全員の顔を見て、少しだけ身を乗り出した。


「三年前のエクス族とノウミ族の激戦以降、巡礼者はかなり減少したはずだ。滅多にやって来ない巡礼者のために、こんな宿があるなんて妙だと思わないか?」


「確かにそうだな」とアーロンが頷く。アサヒがパチパチとまばたきをする。その隣で、サクは眉根を寄せながら言った。


「何もこの宿が巡礼者のためだけにあるとは限らないだろ? 行商人や、他にも……」


「観光客とでも?」


「それはない、だろう……」


「面積も住人の数も、他の村と大差はない。よって、ここへ来る行商人の数が特別多いということもないだろう。他の村と違うことといえば、村人たちの信仰心があついことと、この村がエクシオンから最も近い村であることくらいだ」


 サクはユーリの考えを読み取って、小声で言った。


「巡礼者と偽って、エクシオンへ入ろうとする敵を捕捉するため……」


 ユーリが頷く。


「おそらく、この村はエクシオンの支配下にある。もし俺たちが巡礼者でないとバレたら、村の連中に捕まって、ヤツらに引き渡されるだろう。

 だから絶対に村人たちの前でボロを出すな。特にあの婆さんには気をつけろ。ああ見えて、凄まじい観察眼を持っているかもしれない」


 サクたちは揃って頷いた。




 翌日も、サクたちはこの村に留まることになった。

 元は一泊してすぐに出発する予定だったが、ミリアが体調を崩し、アサヒに魔法で治してもらうのを首を振って拒んだため、回復を待つことになったのだ。 


 村にはこれといった娯楽はなく、退屈しのぎになることといえば子どもたちと遊ぶことくらいだった。

 相変わらず体力のあり余っているアーロンは、子どもたちと雪玉を投げあったり、追いかけ回したりしていた。アサヒも一緒になって、真っ白な広場を駆け回っている。

 その様子を、早々に疲れて離脱したサクは、宿の軒下で壁にもたれて眺めていた。


「アイツら、本当に疲れ知らずだな」


 宿から出てきたユーリが、呆れた声で言った。


「ミリアの様子はどうだ?」


「あぁ……数日はこの村に滞在することになりそうだ」


「そんなに悪いのか? やっぱりアサヒに――それか、医者に診てもらった方が」


「いいや、必要ない。ただ今は出発できないってだけだ」


 サクがぽかんとした顔をすると、ユーリは眉をひそめた。


「お前、俺たちと出会う前からアサヒと一緒だったんだよな?」


「そうだけど……何の関係が?」


「……いや、なんでもない。ひとまずミリアのことは心配するな。それより、お前は大丈夫なのか? アサヒに心配をかけまいとして隠しているのは分かっているが、俺は明け方何度もお前が死人のような酷い顔をしているのを見ている。あれは何だ?」


 サクは黙り込み、それからゆっくりと息を吐いた。白いもやのような息が、一瞬顔の前に現れて消える。


「夢を、見ていたはずなんだ。目を覚ました時、見たはずの夢の内容が思い出せずに、頭痛や吐き気を催す。少し前からずっとこの調子だ。……一度か二度、起きてからも夢の内容を覚えていたことがあった。その時だけは、頭痛も吐き気もしなかった」


「……どんな夢だったんだ?」


「とにかく退屈な夢だった。殺風景な部屋にいて、ひたすら時間が流れるのを待っていた。だけど突然、誰かがドアを開けた。そこで途切れた。誰だったのかは分からない」


 ユーリはしばらく沈黙すると、真顔で口を開いた。


「それ、単なる夢じゃなくて、お前の記憶なんじゃねぇか?」


「記憶?」


「お前には忘れている記憶があって、お前は本当はそれを思い出している。だから夢に現れる。だが、何か思い出したくない理由があって、その記憶に蓋をしてしまっている。

 外へ出ようとする記憶と、思い出したくない気持ちのせめぎ合いが起きて、頭痛を引き起こしている。……ってところでどうだ?」


「どうだって何だよ。適当なことを言うな」


「適当じゃない。真っ当な推理だ」


 その時、村の南にある集会所の鐘が鳴った。

 子どもたちは遊ぶのをやめ、鐘の音のする方へ体を向けた。サクたちも同じ動きをする。

 夕刻。日没まであと少しという時間。毎日訪れる、短い祈りの時間。

 両手を組んで目をつぶり、唱える。


「聖なる神々と神の使い、アリス・エイオスよ。我らを永遠なる神の国へとお導きください」


 礼拝が終わると、子どもたちは「またね」と手を振って、家へ帰っていった。一人を除いて。

 その子どもは、サクたちを宿へ案内してくれた少年だった。サクは不思議に思って、ユーリとともに少年に近寄った。


「どうしたの?」と、アサヒが尋ねる。


 少年は突っ立ったまま動かない。今度はアーロンが「おーい」と言いながら、少年の顔の前で手を上下に振った。

 すると少年は、急にホッとした顔をしてため息をついた。


「はぁ、やっとおさまった……」


「おさまった?」


「耳鳴りがしてたんだ。キーンって。鐘が鳴ってからずっと」


「お祈りの時も?」


 アサヒが尋ねると、少年は後ろめたそうな表情で頷いた。


「小さい時からたまにあるんだ。だけど、ちゃんとお祈りしないといけないから、がまんしてて……。みんなは風邪を引いて熱がある時でも、ちゃんとお祈りしてるから」


 サクは向かい合ったアサヒと怪訝な目を合わせた。ユーリが少年に言う。


「つまり、さっきは『お祈り』するフリをしてたんだな?」


「お願い! みんなには内緒にして!」


 少年は必死な形相でユーリに懇願した。


「絶対に言わねぇから、安心しろ」


 ユーリはそう答えると、少年の頭に手を置いた。少年はまたホッとした顔をして、サクたちに手を振り、去っていった。




 ゴタニエ村へやってきて、五日が経った。

 ミリアの体調は一昨日には戻ったのだが、昨日は天候が悪化したため、サクたちは本日ようやく出発することになった。


 夜明け前に目を覚まし、頭痛と吐き気が治まるのを待って、サクは支度を始めた。リュックを開いて荷物を整理していると、小さくドアをノックする音がした。

 こんな時間に訪問してくる人間は、一人しかいなかった。

 サクはドアを開けた。


「ちょっといいか」


 ユーリは返事を聞かずに部屋に入ってくると、銃を差し出して言った。


「これが銃だと分からないようにできないか? 本物じゃないとはいえ、万が一見つかったらマズいことになる。だからといって、どこかに置いていくわけにもいかない」


 サクは確かにその通りだと思った。しかし、魔法で物の形状を変えることはできない。銃を銃だと分からないようにするというのは、無理難題のように思えた。

 顔をしかめ、真剣に思案する。その時、自分の荷物の中にあった“マフラー”が目に留まった。それは以前立ち寄った村で譲り受けたものの、一度も使っていない手編みのマフラーだった。


 ――このマフラーを使えば、もしかすると……。


 サクはマフラーを手に取ると、想像力を働かせながら命じた。


「覆った物を、持ち主以外に見えないように隠せ」


 サクは魔法をかけたマフラーをユーリの銃に被せた。一秒後、スルッと取り払って、


「……消えた」


 と、目を見開いて呟いた。自分で魔法をかけたものの、本当に効果があるのか半信半疑だったのだ。


「消えた? 何言ってるんだ。あるだろ、ここに」


 ユーリは眉をひそめて言った。

 サクは魔法の効果をユーリに示すため、自分の荷物の中からマッチ箱を拾い上げて、ユーリの目の前に置いた。マフラーを被せる。スルッと取り払って、


「……消えた」


 今度はユーリが驚いた顔で呟いた。


「これで信じたか? お前の銃は、お前以外の人間には見えないようになっている」


 ユーリは半笑いで、


「まるで、手品だな」


 と呟いた。




 サクたちは世話になった老女に礼を言い、宿代を支払って外へ出た。

 すると宿の前に、毎日遊んだ子どもたちが集合していた。どうやら見送りにきてくれたらしかった。


 耳鳴りのしていた少年が、「どうぞ」と言って、ユーリに小さな鈴を手渡した。


「お守りだよ。お兄さんたちが無事にエクシオンへ行けますようにって」


「そうか。ありがとな」


 ユーリは少年の頭に手をやった。少年は嬉しそうにはにかんだ。


「さようなら。また来てね!」


 子どもたちの元気な声に送られて、サクたちは何事もなく、無事に、ゴタニエ村を出発した。

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