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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第四章 北の深淵が光り輝く
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89話

 かろうじて道と呼べる道を歩く。大地を覆う真っ白な雪の道。

 標識もない。車の通る気配もない。そんな道を、寒さに耐えながらひたすら前進する。

 幸い天候は良好だった。朝からずっと雲に覆われていた空には、晴れ間がのぞいている。この状態が続いているうちに、なんとか人の住む場所にたどり着かなければならない。そしてこの先、村を渡り歩きながら「エクシオン」を目指すのだ。

 距離にしておよそ六百キロ。到着まで、三週間以上はかかる見込みだった。


 サクは生ぬるい息を吐きながら、遠くの地平線を見据えた。

 エクシオン。三年前、突然自分の前からいなくなった父は、その地を目指して旅立った。

 大陸を一周するのが子どもの頃からの夢だった――。そんな理由でいなくなったはずがない。明らかな嘘だ。


 エクシオンはアリエスの伝説の地である。そこには、アリエスが開けた扉がある。

 父は、アリエスが描かれた絵はがきを大切に財布にしまって持ち歩いていた。それは、父から従姉のユカリの手に渡り、自分の元へと巡ってきた。絵はがきは今、ユカリにもらった財布の中に入っている。

 思い返せば、父の遺品の中に年季の入った茶色の革財布があった。それは前にカントで見た幻影の中で、父が落とした物と全く同じ物だった。

 失くした財布が戻ってきたのか? ……いや、違う。ろくな警察組織もなく、今よりも治安の悪かったタリゴで、失くした財布が戻ってきたとは考えにくい。

 父は最初から財布を失くしてなどいない。本当はどこかに隠し持っていたのだ。


 歩を進める。ブーツを履いた足で、白い地面に刻まれた足跡を踏みつける。

 前を行く三人は、体力を温存するためか、単に寒さのせいか、ほとんど会話することなく黙々と歩き続けている。

 ほんの一瞬、その光景に既視感のようなものを覚えた。

 そう感じた理由ははっきりしていた。

 今自分が見ている光景を、過去に父も見ていたのではないか? そう思ったからだ。


 父はカドの眼鏡にかけた魔法と似た魔法を自分の眼鏡にかけていた。その眼鏡を通して、息子の未来を見ていた――。

 ユーリの話を聞いて、サクはますます疑念を強めた。

 財布を失くしたと嘘をつき、行き倒れたふりをしたのはなぜか? ユーリに魔法のことを教えたのはなぜか?

 すべて、未来で約束されたことのためだったのではないか? 父はこれから起こることを何もかも知っていたのではないか? 自分は、父の敷いたレールの上を歩いているだけなのではないか?

 歯を強く食いしばったまま呼吸をする。と、冷たい空気が歯の隙間から入り込んで、歯茎がしみた。

 口元の筋肉を緩め、代わりに踏み出した足に力を込めた。


 陽が沈みかかった頃、サクたちは小さな村にたどり着いた。

 一泊させてほしいと願い出ると、村長は快く受け入れてくれ、普段から行商人や時折やってくる巡礼者に貸しているという古い空き家を一戸貸してくれた。その上、夕食には温かいスープとパンがふるまわれ、サクたちは冷え切った身体を芯から温めることができた。

 食事を終えると、昼間の疲れがどっと押し寄せてきたのか、全員硬い寝床の上で横になり、夜が更ける前に眠りについた。




 翌日。硬い寝床の上で、しかも普段よりも早い時間に寝たせいか、サクは夜明け前に目を覚ました。

 ゆっくりと体を起こす。その瞬間、ズキッと頭が痛んだ。片手で痛んだ箇所を押さえながら、重いまぶたを開け閉めする。

 部屋は闇に包まれていた。陽が昇るまで、まだ一時間近くはあるだろう。だが、もう一度眠る気にはなれなかった。


 暗闇に目が慣れてくると、サクは毛布を被ったまま部屋を出た。

 食卓のある隣の部屋へ移動して、大きな暖炉に薪を焚べる。

 炎の熱と明るさで、寝ぼけ眼がだんだん開いてくる。一方、頭は変わらず重く、吐き気もした。――と、


「早いな。もう起きたのか」


 部屋の入口の方向から低い声がした。サクはゆっくりと、険しい顔でそちらを向いた。


「何だ? ひどいツラだな。風邪でも引いたか?」


 ユーリは眉をひそめながらそう言うと、上着を着込んだまま暖炉の前へやってきて腰を落とした。

 サクは愛想なく返答した。


「寝起きはいつもこうなんだよ」


「ならいいが。何かあったら早めに言ってくれ。……言っとくが、俺は絶対に仲間を見捨てないからな」


 サクはあ然とした顔で、寒そうに両手を擦り合わせているユーリを見た。

 昨日の今日で、ユーリが自分たちのことを完全に「仲間」と認識していることに、少なからず驚いた。それをわざわざ表明してきたことにも……。


 しばらくして、暑くなってきたのか、ユーリは上着を脱いで暖炉から少し離れた場所に座り直した。

 サクは頭痛が治まったのを見計らって、切り出した。


「昨日の話だけど」


 ユーリは予想していたかのように落ち着いた声で、「あぁ」と答えた。


「大体のことは分かった。何でお前が父さんのことを知っていたのか、何で魔法のことを知っていたのか。その疑問は解消した。父さんが向かった場所も、はっきりと分かった。

 ……昨日、お前は魔法使いを名乗る男と出会ったと言った。その前に、俺に向かって『魔法使いの息子』と言った。お前が出会った魔法使いというのは、父さんのことなんだろ?」


「さぁ、どうだかな」


「とぼけるな。昨日、お前はあえて明言しなかった。あの場で詳細に話しても、アーロンたちを余計に混乱させるだけだったろうからな」


「まぁな。ミリアはともかく、アーロンはカッチカチの石頭だからな」


「――けど、今なら話してもいいはずだ」


 一瞬、ユーリの顔が強張った。


「父さんについて知っていることを、全て話せ。俺にはそれを聞く権利がある」


 ユーリはしばらく黙っていたが、やがて決心したように、真面目な顔で正面を見据えたまま口を開いた。


「親父たちが出発した日の前の晩。俺はダンが寝床にしていた物置小屋に呼びつけられた。荷造りを手伝ってくれとでも言うのかと思ったが、荷物はすでに部屋の隅にまとめられていた。

 ダンは『渡したいものがある』と言って、俺を棚のそばに招いた。その棚を見上げた先に、昔、親父に買ってもらったモデルガンがあった」


「……モデルガン?」


 ユーリは床に脱ぎ捨ててあった上着を手に取ると、その内側に右手を差し込んだ。黒い拳銃がすっと姿を現す。

 その瞬間、サクはあっと思った。


「本物だと思ったか?」


 ユーリはフッと鼻で笑った。サクは怒りと恥ずかしさの混じった目でユーリを睨んだ。


「ダンは銃を手に取ると、落ち着いた口調で『これから、僕の秘密の話をしよう』と言って、一方的に語り始めた。自分が魔法使いであること。魔法は人間が作ったものにしかかけられないこと。魔法を使うと体のどこかにあざが現れること。それは、命を削った証であること――」


 サクは驚き、息を呑んだ。自分が魔法について知っていること。そのほとんど全てを、ユーリは知っている。代償のことさえも……。


「ダンは話し終えると、『さて、今からこのおもちゃの銃に魔法をかけてみせよう』と言った。さながらマジシャンのような台詞だったが、口調も表情も異様なほど真剣で、俺はよく分からないままダンの手元を見ていた。少しして、銃を握ったダンの手の甲に、赤紫色のあざが現れた」


 サクは一瞬、自分の左の手の甲に目を向けた。まるで薄氷の下に滲む影のように、赤紫色の真新しいあざが浮かんでいる。


「それを見ても、俺には何が起きたのかさっぱり分からなかった。困惑している俺に、ダンは銃を差し出した。そして、異様なほど真剣な口調で言った。『これはおもちゃの銃だから、使えるのは三回までだ。三回使えば、魔法は解ける』と」


 ユーリは右手を上げて、銃口をサクに向けた。

 黒い円が、まるで目のように見えた。奥に吸い込まれそうになる。

 カチッと音がした。サクは反射的に目をつぶった。

 ゆっくりとまぶたを開ける。ひと呼吸置き、冷静に尋ねる。


「使えるってどういう意味だ」


 ユーリは銃を下ろして言った。


「初めは俺も、ダンの言った言葉の意味が分からなかった。今みたいに引き金を引いても何も起きやしない。だから、ダンは嘘をついたんだと思っていた。子どもを騙してからかって、遊んでいただけだとな」


 ユーリはゆっくりと、大きく息を吐いた。


「……親父たちが発ってから、俺は親父の代わりになろうとした。野蛮な人間どもから、母親や弟を守らなくてはと思っていた。俺はダンから受け取ったこの銃を、肌身離さず持ち歩いた。たとえおもちゃの銃でも、脅しくらいには使えるだろうと思っていた。

 そんなある日のことだった。いつも通る抜け道を歩いていると、突然古い建物の裏手から女の悲鳴が聞こえた。俺はすぐに声のした場所に駆けつけた。男が馬乗りになって、女を暴行していた。背後にいる俺には全く気づいていない様子だった。

 どうすることもできないと思った。人を呼びに行こうにも、足が竦んで動けなかった。錯乱した俺は、無意識に銃を握っていた。銃口を静かに男の後頭部に向けた。その瞬間、強い殺意が芽生えた。そして俺は――引き金を引いた」


 琥珀色の瞳に差し込んだ炎の光が、一瞬、赤黒く変化したように見えた。


「カチッと音がした直後、男がばたりと前方に倒れた。後頭部から血が流れ出ていた。何が起きたのか分からず、俺はしばらく呆然としていた。

 女が悲鳴を上げた。その声で、ここから立ち去らなければならないと気がついた。走って逃げながら、何が起きたのか考えた。弾の入っていないおもちゃの銃で、人を撃てるはずがない。幻覚を見たんだと思った。……だが事実として、男は頭から血を流して死んだ」


 ユーリは暗い眼差しで、手に持った銃を見た。


「これは、本気で“殺したい”と思った時にだけ撃てる銃だ」


 重く冷たい声が、鼓膜に沈み込んだ。

 左腕の時計の針は、ユーリの手に握られた銃を指していた。だが、今ここで銃にかけられた魔法を解く必要はないと、サクは結論づけた。

 父の幻影を見ずとも、ユーリの話によって、父がこの銃に魔法をかけた時の状況が分かった。どんな魔法をかけたのかも分かった。針が次に指すであろう場所もおおよそ分かっている。

 一つだけ分からないのは、なぜ父は銃に魔法をかけ、それをユーリに渡したのかということだ。


 父はやはり未来を見ていたのではないか?

 ユーリが銃を使うこと、銃を持ったユーリと自分が出会うこと。それを知って、銃に魔法をかけて渡したのではないか?

 疑念が、頭から溢れだしそうになるほど大きくなる。

 しかし、今すぐに答え合わせをする必要はない。目的の地――エクシオンに向かえば、おのずと分かるはずだ。


「ユーリ」


 サクは暗い瞳に呼びかけた。こちらを向いたその顔に、表明する。


「俺はエクシオンを目指す。お前たちとともに」


 ユーリは目に光を戻し、引き締まった表情で「あぁ」と答えた。

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