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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第一章 東の空に陽が昇る
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8話

 翌朝。サクは薄暗い部屋で目を覚ました。

 木目の天井が目に入る。ドキッとした。ここはどこだ? と一瞬混乱したのち、すぐに泊めてもらったことを思い出した。


 ベッドから起き上がり、古びた木製三段チェストの前に立つ。

 一番上の引き出しを開けると、左寄りに上衣が六着、右寄りに下衣が三着。きれいに畳んで収められていた。

 それは昨晩、ミヨさんが入れておいてくれたものだった。今は離れて暮らしている息子のお古らしい。十代の頃の息子と背格好が似ているらしく、サイズが合いそうということで貸してもらった。


 ズボンはどれも似たような無地だったが、上衣は……柄物ばかり。服装にこだわりはないものの、目立つ柄物はなんとなく避けたい。幸い一着だけ、無難な白い無地のTシャツがあった。


 手に取り、広げて、畳んで、元に戻す。


 ……無難な白Tに見せかけた、トラップだった。

 おもてにでかでかと、黒のマジックペンで『俺がこの世界を救ってやる!』と書かれていた。


 このTシャツの持ち主は、自分ならば、ゆるやかに滅びゆくこの世界を救うことができると信じていたのだろう。

 サクは結局、適当に手に取った幾何学模様のシャツに着替えた。

 

 チェストの上から腕時計を手に取り、いつものようにズボンのポケットにつっこみかけて――ぴたりと手を止めた。

 その手を戻し、時計を見る。

 針は変わらず山脈の方向を指している。明日も明後日も、この町を出ない限り、何度見たって変わらないだろう。

 それでも今までとは違う。サクは左腕に時計をはめた。

 ずっと止まっていた時間が動いている。そんな感覚があった。



 居間へ入ると、すでにミヨさんとアサヒがテーブルで朝食をとっていた。二人は談笑していたのだろう。まるで仲の良いおばあちゃんと孫のように見える。


「あら、おはよう。朝食の準備ができていますよ」


「おはよう、サク。ミヨさんがね、町の人たちに修理屋を宣伝してくれるって。わたしたちは納屋でどんと構えていればいいみたい」


 鼻の下に牛乳ひげを生やして、アサヒが意気揚々と言った。

 どう見ても新しい薄手の水色ニットに、鮮やかな藍色のジーンズという装いをしている。三つ編みはほどかれ、青い花の髪飾りは元の位置、左耳の上あたりに戻っていた。


「どんと構えていればって……」


 サクは椅子を引きながら呟いた。

 何を持ち込まれるか分からないし、料金も決めていない。第一、本当にこの町にミヨさんと警官以外に人がいるのだろうか。

 修理工房となった納屋に、閑古鳥が鳴いている――。



 そんな光景がつい三時間前、頭に浮かんでいたのだが、驚くばかり。昨日は広く感じたはずの空間が、やけに狭く感じられた。


 納屋にはサクとアサヒ、ミヨさん以外に十人以上も人が入っていた。

 一人一人の声が大きいせいで、倍の人数はいるのではと錯覚するほど騒がしい。


「あんたのとこの畑、どう? 今年の出来は」

「今晩の献立、何にしようかねぇ」

「うちのじゃがいもはまぁまぁだったわ。あんたのとこは?」

「じゃがバターじゃろ」

「じゃがバター? そりゃ、昼でしょ」

「肉じゃがでもええねぇ」

「うち? そりゃあ、うちのキャベツは今年も最高の出来じゃったわい」

「ロールキャベツにしよう」


 暇を持て余した老齢の男女が、入り口付近でぺちゃくちゃと話している。

 サクとアサヒは、奥の方に置いたアウトドアテーブルを挟んで、眼鏡をかけたおじいさんと向かい合っていた。


「このレディオ、壊れかけとってのぉ」


 おじいさんが眉を上げて言う。眼鏡がぴくりと上下する。

 サクはノートとペンを持ち、テーブルの上に置かれたラジオを覗き込みながら訊いた。


「どこがどう壊れているんですか?」


「違う違う。壊れとるんじゃなくて、壊れかけとってのぉ」


「なるほど」


 アサヒがすかさず切り返す。


「つまり、普段はちゃんと動くけど、たま〜におかしくなるってことですね。いったいどういった症状が?」


 アサヒは最初、サクの隣で静かに見ていただけだったが、徐々に何を聞けばよいのか把握したようだった。五人目ともなれば、サクよりも段取りよく故障箇所、状態についてヒアリングを行っている。


 サクたちは修理料金を、ミヨさんに言われるがままに一律七千エルンとした。ただし、大した修理内容ではなさそうな場合は自分たちの裁量で差し引いた。

 例えば、厚手のコートのボタンがとれたとか。――三人目のおばあさんの依頼だった。

 サクは初め、この依頼を断ろうとした。裁縫道具なんて持っていないし、想定外だったからだ。ところが、おばあさんは「大丈夫よ〜」と言ってバッグから裁縫道具を取り出し、テーブルに置いた。

 ……本当は自分で直せるんじゃないか?


 こうして、納屋に持ち込まれた全ての修理依頼の受付が終了した。

 数分で直せてしまえそうな物から、数日かかりそうな物まで千差万別。共通しているのは、すぐに直さなければ困るような物ではないこと。むしろ、ガラクタと呼べるような物もあった。

 傍から見て、明らかに修理不能な物は無かったが、道具や部品、または知識や技術の不足でどうしようもないこともある。今度こそ、魔法が必要になるだろう。




「はぁ……」


 サクは預かった物を床や棚に並べながら、ため息をついた。ご老人達が帰っていったのは、ついさっき。すでに陽が沈みかけている。

 まさか修理の受付だけで一日が終わるとは思わなかった。正確に言うと、受付自体は午前中に終了した。問題はその後だった。


「じゃがバターよぉ」


 正午になるとともに納屋に持ち込まれたじゃがバター。それを皮切りに、次々と持ち込まれる料理の数々。知らぬ間にレジャーシートが敷かれ、ちょっとした宴会の有り様だった。

「若いわねぇ。いくつ?」「うちの孫と同い年だ」「ヨッちゃんのとこの孫、就職したって?」「昨日もしたけど、その話」「忘れちゃったぁ」「ぎゃはははは」――といった具合に、とめどなく会話が続いた。



「二人とも、お疲れさま」


 ミヨさんが納屋の戸口に立って言った。振り返ったサクの顔に疲労の色が滲んでいるのを見て、憐れむような表情になる。


「ごめんなさいね。一挙に受け付けてしまった方が、当分作業に集中できていいと思ったんだけど。あの人たち、どこでも宴会始めちゃうから」


「い、いえ……」


 作り笑いを浮かべるサクに対し、


「とっても楽しかったです!」


 アサヒが自然な笑顔で言った。この少女とは精神構造が明確に違うことをサクは知った。


 片付けを終え、納屋を出た。三人一列になって細い回廊を歩く。

 一番前を歩いていたミヨさんが、振り返ることなく言った。


「独り身が多くてね。しょっちゅうああやって食事を持ち寄っているのよ。だから毎週のようにプチ宴会。同じような話ばかりして、飽きないのか不思議よねぇ。年寄の話なんて、若い人にはなおのことつまらないでしょう」


 ミヨさんの後ろで、サクは小さく首を横に振った。


「そんなことないです。……俺、ばあちゃんと二人で暮らしていたので」


「あら、そうだったの。どうりで年寄に好かれるわけね。みんなサク君のこと、一家に一人欲しいって言ってたから。ほほほほほ」


 サクはミヨさんの背中を見つめた。

 

 ――少し、ばあちゃんに似ている。


 群れるのを好まず、上品に「ほほほ」と笑う癖。姿勢よく、ゆったりと歩く姿に祖母の面影が重なる。もっとも、祖母はいたずら好きではなかったが。




 翌日から七日連続で、サクとアサヒは修理作業を行った。案の定、すべて手作業で直すのは不可能で、依頼された物のうちいくつかは魔法に頼らざるを得なかった。

 サクは納屋の床にあぐらをかき、正面で膝をかがめているアサヒに言った。


「そこのドライバーとって」


「はい」


 差し出されたプラスドライバーを握り、魔法で新品同様になった草刈り機のモーターを元の位置に取り付ける。

 アサヒがふてくされたような声で言った。


「わたし、助手じゃないんだけど」


「そりゃあ、まぁ」


「……その草刈り機、直ったらミヨさんにあげるってヨシオさん言ってたけど」


「うん」


「それなら分解なんかしないで、初めから魔法で直しちゃえばよかったのに。パパッと一瞬で!」


 サクはちらりとアサヒを見てから、すぐに手元の草刈り機に目線を戻して言った。


「一瞬で直したら他にすることがなくなるだろ? じいさんばあさんみたいに、お茶をすすって一日過ごすくらいなら、趣味と実益を兼ねて修理作業に勤しむ方がずっといい」


「趣味……」


 冷ややかな視線を感じる。このままでは作業に集中できない。サクは手を止めて、アサヒに言った。


「そっちも何か好きなことしてればいいよ。用があったら呼ぶから」


 すると、アサヒはすっくと立ち上がり、無言で納屋を出ていった。

 何かやりたいことでも思いついたんだろうか。サクは小さく首を傾げると、すぐに中断していた作業を再開した。



 その日の晩。食卓にはいつになく豪勢な料理が並んでいた。

 ソースカツ(何の肉かはわからない)、山菜のおひたし五種(どれも同じに見える)、やたらと高さのあるフルーツの盛り合わせ(もはやタワー)などなど。


「どうしたんですか、これ?」


 サクはミヨさんに尋ねた。


「楽しくなって、つい作りすぎちゃったのよ。ねぇ? アサヒちゃん」


「はい。でも、大丈夫ですよ。お昼ごはんも食べずに作業に熱中していた誰かさんは、きっと腹ぺこですから」


「そうね。いっぱい食べてね、サク君」


「い、いただきます」


 サクはプレッシャーを感じながら、目の前の料理を次から次へと口に運んでいった。


「趣味を極めれば特技になるでしょ?」


 唐突にアサヒが言った。


「ずっと唯一の特技だけがわたしの存在意義だって思っていたけど、そう思い込んでいただけなのかも。第二の特技を獲得するべく、ミヨさんに料理を教わることにしたんだっ!」


 アサヒはそう言って、朗らかに笑った。サクは心にチクリと棘のようなものが突き刺ささるのを感じた。

 ミヨさんが言った。


「ねぇ、サク君。明日も作業するの?」


「はい。そのつもりですけど……」


「仕事熱心ねぇ。熱心なのはいいけど、たまには息抜きも必要よ」


 サクがぽかんとした顔をすると、ミヨさんはにこりと微笑んだ。


「明日は作業をお休みして、二人で山菜採りに行ってらっしゃいな」


「サンサイトリ?」

「楽しそう!」


 サクは横目でアサヒを見た。青い瞳がキラキラと輝いていた。

 明日の予定は山菜採りに決定した。


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