88話
「まほう!?」
アーロンが素っ頓狂な声を出した。
「まほうって何だ。まさか、ファンタジー映画とか小説とかに出てくるアレのことじゃないだろうな?」
「魔法は魔法だ。別の呼び方をするなら、常識では説明のつかない奇怪な力、か」
「ちょっと待ってくれ」
アーロンは凛々しい眉と眉のあいだに深いしわを刻んで言った。
「つまり何だ……。コイツらは魔法使いだとでも言うのか?」
「そうだ」
「本気で言ってるのか、ユーリ? お前、撃たれておかしくなっちまったんじゃないか?」
「そうだな。撃たれたのに、ピンピンしてるなんておかしいよな」
「……ちょっと待ってくれ」
「待ったは一回までだ」
二人のあいだに入るように、ミリアが落ち着いた口調で言った。
「要するに、この二人は特別な力を持っていて、その力のおかげで私たちは助かった。そういうことよね?」
「おいおい、ミリア。信じるのか? ……その、『魔法』とかいう力を」
「信じるも何も、実際に見たでしょ? 今さっき」
「それはそうだが……」
「それに、このままじゃ話が進まないでしょ」
ミリアはピシャリと打つような口調でそう言うと、ユーリに向き直った。
「ユーリ。今考えていること、知っていることを私たちに教えて。そのためにこんな場所で休憩しようなんて言ったんじゃないの?」
ユーリはゆっくりと目つきを変え、真剣な表情で口を開いた。
「……リックがあんなことをしたのはなぜか。俺はここに来るまで、ずっとそれを考えていた。
リックとヒネクは同郷で、旧知の仲だった。ともに早くに両親を亡くしていて、同じ屋根の下で兄弟同然に育った。そんな友人を裏切り、殺したのはなぜか」
ミリアとアーロンは険しい顔をした。アーロンが重い口を開くように言葉を発する。
「リックはヤツらの手先だったんだろ? 金に困っていたとか、恋人を人質に取られて脅されていたとか、何か特別な理由があったんじゃないか?」
「あり得ないな。自分も死ぬつもりなら金を受け取っても意味がない。人質にしても同じだ。何より、これから仲間を裏切って、挙句の果てに何人もの人間を道連れにしようとしている人間が、あんなに平然としていられると思うか? ――思い出せ。出会った時のリックの様子を」
アーロンとミリアは揃って口を閉ざした。
パチパチと燃える炎の音に、ユーリの低く冷たい声がかぶさる。
「目的を遂行するために、平然と仲間を騙し、平然と自らの命を投げうつ。……まるで心を持たない、自律式の兵器のようだ」
「心を持たない……」
ミリアがハッとしたように声を出した。
「もしかして、リックは……」
「あぁ。リックはヤツらに操られていたんだ」
アーロンが一際大きな声を出した。
「操られていた? 一体どうやって。催眠術でもかけたのか?」
「いいや違う。仲間の前ではいつも通りに振る舞いながら、全く疑われることなく、目的を果たすために行動する。そんな芸当が、ただの催眠術でできるとは思えない」
「だったら、どうやって操ったって言うんだ」
ユーリは再び目つきを変え、わずかに間を置いて言った。
「魔法だ」
サクはドクッと心臓が鳴るのを聞いた。
「魔法を使えば、どんな人間も意のままに操ることができるはずだ」
アーロンが渋い顔で呟く。
「魔法……」
「まだ信じてないのか?」
「そりゃあ、な……。十七年生きてきて、これまで現実に聞いたことも見たこともなかったんだ。そう簡単に信じられるわけがないだろう」
ユーリは小さくため息をついた。
「まぁ、いい。話を進める。俺は以前、魔法使いを名乗る男と出会った。男は俺に、魔法とは何たるかを一方的に語った。最初は俺も全くもって信じちゃいなかった。作り話というよりも、子どもだましのおとぎ話だと思った。そんな話を聞かされる年頃ではないと腹が立ったが、どういうわけか、その男の話はずっと頭に残っていた。
それから少し経った頃、俺はその男がかけた魔法を目撃した。あり得ないと思った。だが現実にそれは起きていた。頭に、いつも飄々としていた男の真剣な顔が浮かんだ。魔法の話をしている時の、男の顔が。……あれは作り話でもおとぎ話でもなく、本当の話だと気がついた。その時から俺は、魔法の存在を信じるようになった。
男によれば――魔法は、魔法使いが『人間が作ったモノ』に対して願いをかけることで発動する。たとえば列車や、このソファ。そして、人間そのものに魔法はかけられる」
そう言って、ユーリは一瞬アサヒに目を向けた。息を継ぎ、力強い口調で言う。
「俺は今日また、魔法の存在を認識した。そして確信を持った。ヤツらは魔法を使ってリックを操り、事故に見せかけて列車を川に沈めようとしたんだ。
武器を運んでいる列車を落とせば、ノウミ族の連中に大きなダメージを与えられる。ただ武器を奪うだけじゃない。連中は必ず、これは本当に事故なのかと疑いを持つ。もし事故でないのなら、ヤツらの仕業としか考えられない。
ヤツらはこちらの情報を知っていた。どこから伝わったのか。仲間に裏切り者がいるのではないか。もしまた武器を運ぼうとしても、同じことになるのではないか。そう考えさせて、連中から戦意を喪失させるのが狙いだろう」
アーロンが怒りを露わに、声をたてた。
「クソッ。ふざけやがって! そのためにリックは兄弟同然の仲間を殺して、挙句に川へ身を投げたっていうのか! それに、あの列車には十数人もの人間が乗っていたんだぞ!」
「ヤツらはノウミ族――いや、自分たち以外の人間を同じ人間とは思っていない。自分たちだけが特別で、他の民族は皆、下等な存在と思っている」
「……これから、どうすればいいの?」
ミリアがかすかに震える声で言った。
「だって……まさかこんなことになるなんて。私たちはただ……」
ユーリが淡々とした口調で告げた。
「リックは俺たちを排除しようとしたが、初めから俺たちを狙っていたわけじゃない。一昨日、あの店に居合わせたのは偶然だ。たまたま近くで話を聞いていたリックは、ヤツらに操られていたことで俺たちを『敵』と判断した。同じ列車に乗るように仕向け、ついでに始末しようとしたんだ」
「つまり、私たちはヤツらに直接狙われているわけじゃないから、差し迫った危険はないってこと?」
「確証はない。安心はできない。また今回と同じようなことが起こる可能性は、ゼロじゃないからな」
ミリアはしばらく口を閉ざしたあと、重い声を発した。
「ユーリは、これからどうするつもり?」
ユーリは鋭い目をして答えた。
「無論、諦めるつもりはない。俺は親父たちの行方を捜す」
――親父たちの行方?
サクは怪訝な目でユーリを見た。
「……分かった」
ミリアは開いた手のひらを固く握ると、一歩前へ出て言った。
「ユーリが行くなら、私も行く」
「俺もだ」
アーロンがミリアの肩をトンと叩いた。
ユーリはソファから腰を上げ、ナイフのように鋭い声で言った。
「ここから先は過酷な道のりになる。覚悟はできているか?」
アーロンとミリアは力強く頷いた。ユーリは頷き返すと、サクたちに目を向けた。
「お前たちはどうする? 俺たちについて来るか?」
サクは怪訝な顔をしたまま答えた。
「俺たちには行かなければならない場所がある。お前に訊くべきことをすべて聞いたら、別れて、そこへ向かうつもりだ」
「行かなければならない場所ってどこだ?」
「それは……今はまだ、分からない」
「そうか」
ユーリは口の端を微かに引き上げた。
「お前たちの目的地は、俺たちと同じ『エクシオン』だ」
「……エクシオン」
サクはユーリの口から出てきた地名を、そのまま呟くように復唱した。ユーリは不敵な笑みを口元に浮かべたまま、続けた。
「大陸北部、東の端にある町の名だ。そこには神殿とアリエスが開けた扉がある。三年前、お前の父親は、俺の親父たちとともにエクシオンに向かった」
サクは驚き、大きく目を見開いた。
「父さんが、お前の父親と?」
「あぁ。お前の父親と、親父、ミリアの父親、アーロンの父親、合わせて四人でだ。お前の父親を除く全員が、タリゴにある自警団の団員だった」
絶句するサクと、頭上に疑問符を浮かべているアサヒを見て、アーロンが説明を挟んだ。
「北部では、ろくに機能していない警察組織の代わりに、各地に自警団があるんだ。簡単に言うと、警察兼兵隊って感じだな。リックたちが運ぼうとした武器も、元は自警団が購入した物だ」
ユーリは頷き、話を続けた。
「三年前のある日。いつものように見回りをしていた親父は、道端で行き倒れている男を見つけた。親父は男に水と食料を与えて、名前を尋ねた。男は『ダン』と名乗った。
タリゴへ来る途中に財布を失くしたらしく、ダンは一エルンも持ち合わせていなかった。親父は仕方なくダンをうちに連れてきた。
突然うちにやってきた不審な男に、親父以外の家族は皆、警戒心を露わにしていた。だがそのうちに打ち解け、ひと月経つ頃には、まるで家族の一員のようになっていた」
「……ひと月も世話になったのか」
と、サクは閉じていた口を開き、ようやく言葉を発した。
しかもまた財布を失くしたのか……。と思って、はたと立ち止まる。確か、父の財布には、あの絵はがきが入っていたのではないか?
ユーリはふんと鼻で笑った。
「まったく、図々しいヤツだった。ダン――お前の父親は、東部の北にある町・ロクから、エクシオンを目指してやってきたと言っていた。親父がなぜエクシオンへ行きたいのかと問うと、おどけるように笑いながら、大陸を一周するのが子どもの頃からの夢だったんだと答えた。そんな理由でエクシオンへ行こうとするなんて、馬鹿なのかと俺は思った。
だが、ダンは本気だった。うちに居候しているあいだ、ダンは親父の下働きをしていた。わずかな給金を貯めて、エクシオンへ行こうとしていた」
アーロンが突然、
「思い出した!」
と野太い声で言い、ぎょろっとした目でサクを見た。
「ユーリの家にいた、ひょろっとした眼鏡の居候男……アイツ、お前の親父だったのか」
ミリアも同様の視線をサクに向けた。サクがユーリに目で話の続きを促すと、ユーリは真剣な表情で続けた。
「ダンがうちを出ると言った時、東の方では惨劇が起きていた。ノウミ族の過激派がエクシオンを攻撃し、その報復としてエクス族がノウミ族を虐殺した。戦闘はますます激化し、逃げてきた人々が一斉にタリゴに押し寄せた。街に入れなかった人たちや、街から溢れ出た人たちは、さらに西部へと流れていった。
街は荒れに荒れた。親父たちは毎日休むことなく働いていた。そんな最中に出ていこうとするダンを、当然、親父は引き留めた。だが、状況は日に日に悪くなるばかりだった。いつこの街も戦場になるか分からないと、親父たちは危機感を募らせていた」
ユーリは静かにストーブに近づき、しゃがみこんだ。ポケットから出した小枝を、バキッと折り、消えかかった火の中に投げ入れた。バチッと炎のはじける音がした。
「街を守るには、この争いを根源から叩き潰して止めるしかない。怒りを滲ませながらそう言った親父に、ダンが言ったんだ。――自分がエクシオンへ行って、エクス族とノウミ族の争いを止めると」
サクは驚いて言った。
「争いを止める……?」
「あぁ。何を馬鹿なことを、と俺は思った。だが、親父はダンの言葉を信じた。ダンはしょっちゅうちゃらけていたが、本気で言っている時には、表情も声も全く違っていた。それにアイツは頭が良かった。親父はいつも感心しきりだった。だから、ただの思いつきで言ったんじゃないことを分かっていた。親父はボディガードとしてダンに同行すると言った。ミリアとアーロンの父親たちもその場で賛同した。
親父たちが発っておよそ三週間後、争いは本当に収まった。街は徐々に元の姿を取り戻していった。だが、親父たちは帰ってこなかった。半年経っても、一年経っても、手紙一つよこさなかった。
母さんは、親父は絶対に帰ってくると信じて、住処を離れず働き詰めた。俺はそんな母親の姿を見て、決心した。しばらく働いて金を貯め、行方知れずになった父親を捜すために、エクシオンを目指すと。……お前も父親を捜して、ここまで来たんだろ?」
サクは重い口をこじ開けるようにして、答えた。
「……俺の父親は、死んだ」
ユーリは両目をスローモーションのようにゆっくりと見開いた。
「死ん……だ?」
「三年前……突然、失踪していた父さんがうちに帰ってきた。全身ボロボロで、別人のように見えた。すぐに病院に運んで、一時的に会話できるくらいには回復したが、五日後に死んだ」
ユーリは開いた口を閉ざすと、間を置いて、琥珀色の鋭い目をサクに向けた。
「なら、お前はなぜここにいる?」
ユーリの背後でストーブの炎がパッと息絶えるように消えた。
サクは、真っ黒な瞳でじっと睨むようにユーリを見ながら、熱の入った声で答えた。
「俺は、父さんが突然いなくなった理由を知りたい。そのためにここまで来たんだ」




