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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第四章 北の深淵が光り輝く
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87話

 サクが無言で示した“交換条件”を承諾するかのように、ユーリは銃を上着の内側のホルスターに収めた。


 サクは運転台に向かった。列車を動かすのに操作をする必要は全く無かったが、自然と足がそちらを向いていた。

 メーター、スイッチ、レバー。どれをどう操作するのが正しいのかは分からない。

 ただ目についたレバーを握る。それを前に倒し、ただ心の中で唱える。


 ――動け。


 その瞬間、轟音が鳴り響いた。

 息を吹き返した列車がゆっくりと動き出す。低速のままカーブを曲がり、錆びついた巨大な鉄橋を渡る。

 そこから二キロほど過ぎた時、ユーリが突然「止めろ」と言った。サクは指示に従って列車を止めた。

 大柄な男が訝しげに窓の外を見た。


「どこだ、ここは?」


「さぁな」


「さぁなって……何を考えてるんだ、ユーリ」


「いいから、全員降りろ」


 ユーリは運転室の壁に掛けてあったシャベルを手に取ると、ドアを開け放った。凍えるような冷気が車内に入り込んでくる。

 サクはユーリたちに続いて、外の世界に降り立った。

 目前に、しんと静かな森が広がっていた。細い幹がずらずらと天に向かって伸びている。その先端はあまりにも遠く、暗い空に溶けて見えない。

 ユーリが大柄な男にシャベルを差し出して言った。


「アーロンはこれでヒネクたちの墓を掘れ」


 アーロンは顔をしかめながら、シャベルの柄を握った。


「こんな場所にか? ヒネクの仲間たちに引き渡さなくていいのか?」


「この状況を説明できるか? 顔も合わせたことのない俺たちの言うことを、連中が信じると思うか? これ以上厄介ごとに巻き込まれるのは御免だ」


「……そうだな。分かった」


 アーロンは森に向かって歩いて行き、木と木のあいだの地面を掘り始めた。

 ユーリは続けて、仲間の女に言った。


「ミリアは後ろの車両に戻って、毛布を持ってこい。ついでに残っている荷物も運び出せ」


「人使いが荒い」


 ミリアは文句を言いながらも、すぐに車両へと向かった。

 ユーリは残されたサクとアサヒを見ると、低い声で「ついて来い」と言った。


 真新しい雪を踏みしめながら、列車の後方に向かって歩く。サクは一瞬左腕につけた時計を見て、針の指す背中を追った。

 ユーリは、七両目の貨車の前で足を止めた。大きなコンテナの扉に手をかけ、開けると、中に入っていった。

 少し経って、大きな黒いトランクケースを持って出てきた。


「これの中身が何か、分かるか?」


 ユーリは、地面に置いたトランクケースの蓋を拳の裏で叩きながら言った。


「知るわけないだろ」


 とサクは答えた。警戒してか、アサヒがサクにすり寄る。


「なら、教えてやる」


 留め金が外され、蓋が開く。

 中には新聞紙や衣服、米などの食料が詰め込まれていた。

 ユーリはそれらをぞんざいに外へ出すと、その下に隠されていたものを手に取った。


「狙撃銃だ」


 その銃に取り付けられた円筒状の黒い物体を目にした瞬間、サクの顔に戦慄が走った。


 ――キングフィッシャーX。


 それは、数週間ものあいだ、工場でひたすら組み立てていたものだった。

 コックスの何かを構えながら片目をつぶる仕草が脳裏に浮かぶ。胸の中で、寒風が吹きすさぶ。

 サクは渇いた口をゆっくりと開いた。


「……お前たちの目的は、これを運ぶことだったのか?」


「あぁ、そうだ。言っとくが、これだけじゃない。自動小銃に短機関銃、弾薬もたんまりと載っている」


 ユーリは言いながら、後ろのコンテナを振り返った。


「何の、ために……」


 サクは声を絞り出して訊いた。

 ユーリは一瞬不意を突かれたような顔をして、それから小さく白い息を吐いた。


「俺とアーロン、ミリアは幼馴染で、リックとは一昨日出会ったばかりだった。偶然入った飲み屋に居合わせて、話を持ちかけてきたんだ。物を運ぶのを手伝ってくれないかってな。

 何を運ぶつもりか知らないが、ヤバいものだということはすぐに察した。当然断った。だが、リックは引き下がらなかった。協力すれば、俺たちの欲しがっている情報をやると言ってきた。嘘か本当か分からなかったが、ひとまず俺たちはその言葉を信じることにした。リックの仲間のヒネクと顔を合わせたのは、つい昨日のことだ」


 サクは眉をひそめた。


「つまり……お前たちは、あの撃たれて死んだ男ともう一人の男に従っていただけってことか?」


「そうだ。まさか騙されているとも知らずにな。俺たちの役割は、リックたちが荷物を運び出しているあいだ、乗客たちを見張っておくことだった。それと、車内に怪しいヤツがいたら、列車が止まる前に片づけろと言われていた」


 ユーリは嘲るような表情で、顔を引きつらせて硬直しているサクを見上げた。

 どうやらタリゴ駅からずっと見張っていたことは、とっくにバレていたらしい。もし相手が悪ければ、自分たちは今頃殺されていたかもしれない。そう思い至ると、肝が凍りついた。


「だが、」


 ユーリは低い声で続けながら、外へ出した物を再びトランクケースの中に収めた。


「リックは初めからこの作戦を失敗させるつもりだった。ヤツらの駒となって、俺たちを道連れに川底に沈むつもりだった。……だとすれば、俺たちのことも初めから消すつもりだったってことだ。なんだったら、一石二鳥くらいに考えていたんだろう」


 サクは半分以上姿の隠れた銃とスコープを見つめながら呟いた。


「ヤツら……」


「知りたいか? “ヤツら”と、俺たちの本当の目的を」


 ユーリはバタンと蓋を閉じると、取っ手を掴んで立ち上がった。

 サクは口をつぐんだ。この男には、訊かなければならないことがある。――魔法と、父について。そのことと、ユーリが言ったことは関係があるのだろうか。

 そうでないのなら……これ以上踏み込んではいけない。トランクケースの中に隠された銃とスコープに、そう警告された気がした。


「知りたきゃ教えてやる。お前らの知りたがっていることも何もかも」


 ユーリはサクたちに背を向けると、来た方向に向かって歩き出した。

 サクはアサヒに「行こう」と声をかけ、すくんだ足を踏み出した。




「これくらいでいいか?」


 身長とほぼ同じ深さの穴の中から、アーロンが声を出した。その穴を見下ろして、ユーリが「あぁ」と返答する。

 それから二人は機関車に向かい、毛布に包んだヒネクと運転士の遺体を運び出して、穴の中に落とした。


 サクは静かに穴の底を見つめた。白い毛布に包まれた二つの物体。それがつい数時間前まで生きていた人間だとは思えなかった。目に焼きついた血だまりも、死に顔も、さっき見た武器も何もかも全て、作り物のような気がしていた。

 だが同時に、これが確かに現実であることを実感していた。左手にはめたグローブから覗く、赤紫色のあざ。雪のように冷たいあざ。

 もしも列車に魔法がかかっていなければ、今頃は……。想像し、わずかに後ずさる。

 隣に立つアサヒを見ると、祈るような目で穴の中を見つめていた。

 アリエスと同じ力。アサヒには生きている人間の怪我を治すことはできても、死んだ人間を生き返らせることはできない。助けられなかったことを心苦しく思っているのだろう。


 ユーリは傍に置いていたトランクケースの蓋を開けた。中から新聞紙と食料を抜き取って再び閉める。


「……コイツをお前にやる。あの世に持って行ってくれ。使えるかは保証できないけどな」


 ユーリは狙撃銃の入ったトランクケースを穴の中へ落とすと、アーロンに穴を埋めるよう指示した。

 血で汚れた白い毛布と黒いトランクケースが土に覆われていく。穴が完全に塞がると、アーロンはそこだけが周囲から浮かないよう、雪をかき集めてかぶせた。

 その作業を手伝っている最中、サクは別の場所で荷造りをしていたユーリに呼ばれた。


「列車を五キロ進めろ」


 ユーリは大きなリュックを背負ってそう言った。

 このまま列車を放置しておけば、ヒネクたちの遺体や自分たちの足跡が誰かに見つかるかもしれない。だから元々停める予定だったポイントより五キロ手前まで列車を動かし、この場所が気づかれないようにする。ということらしかった。

 サクは素直にユーリの指示に従った。列車に視線を送りながら、心の中で命じる。動け、と。

 突然、轟音を鳴らして動き出した列車に、アーロンとミリアが目を見開いて振り返った。


「な、なんだ」


 アーロンの手からシャベルが離れ、ドサッと雪の上に落ちた。

 ミリアが何度もまばたきをしながら呟いた。


「誰も乗っていないのに……なんで……」


 ユーリは落ちたシャベルを拾って言った。


「行くぞ」


「は? 行くって、どこへ行く気だ」


「待ってよ、ユーリ!」


 森の中を進んでいくユーリの背中を、慌ただしくアーロンたちが追う。


「行こう」


 サクはアサヒに声をかけ、右足に力を込めて踏み出した。




 森を抜けた先に、雪に埋もれたレンガ造りの廃屋があった。頑丈そうではあるが、いつ崩れてもおかしくないほど朽ちていた。

 周囲にも似たような家がぽつりぽつりと建っている。が、人の気配は全くない。ここ一帯が廃村であることは、誰の目にも明らかだった。


「一旦休憩にしよう」


 ユーリは廃屋のドアに近づき、錆びついた取っ手に手をかけた。ギィーッと苦しげな音を立ててドアが開く。

 その瞬間、埃とカビの混ざった匂いが鼻の奥に入り込んで、サクは思わず顔をしかめた。

 薄暗い家の中へ足を踏み入れ、埃をかぶった床板をギシギシ軋ませながら奥の部屋へ進む。

 そこは居間のようだった。

 革の破れたソファ。扉の外れた食器棚。脚の折れかかったテーブル。

 いつから人が住んでいないのだろうか。一年や二年ではないだろう。

 ミリアが部屋の隅にある薪ストーブに近寄った。しゃがみ込み、中を覗き込む。


「これ、使えると思う?」


 アーロンが渋い顔で答えた。


「やめておけ。火事になるかもしれない」


「そうね。何年も使っていないようだし」


 諦めて立ち上がったミリアに、アサヒが言った。


「大丈夫。わたしがきっちりかっちり直すから!」


 アサヒは顎をくいっと上げると、ストーブに近づいて右手を添えた。一拍置いて、


「はいっ、これで大丈夫!」


 ミリアとアーロンは怪訝な視線を交わした。

 薄暗い部屋の隅に佇む真っ黒なストーブは、さっきとほとんど何も変わっていないように見えた。


「えっと、薪は……」


「これを使え。長居するつもりはないから、これで十分だろう」


 ユーリがそう言って、森で拾った木の枝と新聞紙をアサヒに差し出した。

 アサヒは「ありがとう」と言うと、くしゃくしゃにした新聞紙と枝をストーブに入れて、マッチで火をつけた。

 炎がパチパチと音を立てる。

 サクはストーブに近寄って、かじかんだ両手を赤く燃える炎にかざした。冷えた指先に感覚が戻ってくる。

 体の内側までほんのりと暖かさを感じ始めた頃、サクは背中に視線を感じて立ち上がった。


「どうぞ」


 と言って、場所を譲る。

 ミリアとアーロンは気まずそうな表情を浮かべながら、ストーブの前にしゃがんだ。 


「……あったかい」


 ミリアが目を細めて呟いた。アーロンも火事の心配など忘れた様子で、大きな身体を縮めて両手をすり合わせている。


「これでちょっとは回復するな」


「そうね。ユーリもこっちに来たら?」


 ユーリは壊れたソファの背もたれに片手を置いたまま、ゆっくりと顔を上げた。琥珀色の鋭い視線が、真っ直ぐアサヒに向く。


「これも直してみろ」


 アサヒは無言で頷き、ソファに歩み寄った。右手を差し出し、革の破れた背もたれにそっと触れる。

 すると、一瞬でボロボロだったソファは艶のある革張りのソファに変身した。


「な、なんだ」


 アーロンはサクが列車を動かした時と全く同じ反応をした。

 一方ミリアは、アサヒに向かって畏怖するような声で言った。


「あなたは、やっぱり……アリエス、なの?」


 アサヒは首を横に振ると、ごく自然な声で答えた。


「わたしの名前はアサヒです」


「でも、その力は……」


「あぁ」


 ユーリは頷き、ミリアからアーロンへ視線を移して言った。


「アサヒはアリエスと全く同じ力を持っている。俺が撃たれたのに無傷なのは、アサヒに治してもらったからだ」


「傷を治しただと?」


 アーロンは大きく目を見開いた。一つずつ思い出すように、言葉を紡ぐ。


「あの時、俺は確かにユーリが撃たれるのをこの目で見た。運転室で死んでいるヒネクたちを発見した直後、外から物音がして……振り返ると血まみれのリックがいた。リックは俺たちに向かっていきなり発砲した。その弾がユーリの脇腹に当たった。

 リックは続けて引き金を引いた。だが、不発だった。すると、ヤツは目ん玉を剥き出しにして、何かを呟きながら走り出した。俺は慌てて追いかけた。結局取り逃し、急いで運転室に戻ると、撃たれたはずのユーリが平然とした顔をしていて……だからあれは、撃たれたふりをしていたんだと思っていた」


「ふりじゃない。俺は確かに腹を撃たれて、気を失いかけていた。そこへコイツらがやってきた。もしあの時アサヒに助けられていなければ、今頃はヒネクたちと同じ場所にいたかもしれない。――そうだろ? ミリア」


 ミリアは強張った表情のまま、ゆっくりと頷いた。


「私も、この子がユーリに触れて傷を治すところを見た。不思議な光がユーリの体を包んで、すっと消えて……」


「信じられないか? だがこれは事実だ。列車の暴走を止めたのも、俺の傷を治したのも、列車を再び動かしたのも、全部コイツらがやったことだ」


 アーロンとミリアが、サクとアサヒを見る。

 ユーリは再びソファに腰を下ろした。膝の上で両手を組み、低い声を発する。


「その力の正体は――『魔法』だ」

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