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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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61話

 黄金色に輝く雲の下で、アサヒがにこやかに言った。


「どうすればいいのか、夕食を食べながら考えよっ。ここを出たらまた当分料理はできないと思うから、今日はちょっとだけ贅沢な節約料理を作ろうと思うの」


「ちょっとだけ贅沢な節約料理って矛盾してないか? というか、いいよ。白米牛乳ひよこ豆で。どうせここから出ても、目的地に向かう手段がないんだから。別の手段を探しているあいだに、金がなくなったら困るだろ」


 サクはそう言って、「はぁ」とため息をついた。


「せめてアサヒが身分証明書を持ってればな……。質屋で金も手に入れられたし、一人は成人してるってことで船にも乗れたのに」


 その場合、アサヒが自分の保護者という扱いになるが、そんなことはこの際どうでもよかった。


「そんなこと言ったって、持ってないものは持ってないよ。お財布だって持ってなかったし」


「……そういやそうだった」


 初めて会った時、アサヒは財布どころか、一エルンも金を持っていなかった。あの時理由を訊かなかったが、きっとどこかで落としたか、忘れたかしたのだろう。

 もしあの時自分と出会っていなければ、どうしたのだろうか……?


「それに、十六歳って嘘だから」


「え?」


 サクはぴたりと足を止めた。アサヒは淡々と言葉を続けた。


「本当は何歳かわからないの。自分がどこの出身なのかも、家族も、住所も何も。幼い頃の記憶もないの」


「は? ちょっと待て。それってつまり――」


「記憶喪失? サクと一緒だねっ」


「一緒だねっ、じゃない。それなら父さんと別れた後、どこに行ったんだよ」


「どこって……歩いて、大きな木のそばに行って、そこで寝て――」


「嘘だろ。まさか日常的に野宿……」


 そんな生活をしていて、危ない目に遭ったことはなかったのか? もしそうだとしたら、それは奇跡だとサクは思った。

 真剣な口調でアサヒに告げる。


「危ないから、極力野宿はしない。もし、やむなく外で一夜過ごすことになったとしても、絶対に俺から離れるなよ」


 ――いざという時は、魔法を使えば……。


 アサヒは目をぱちくりさせたあと、にこりと微笑んだ。


「うんっ。サクも絶対に、わたしから離れちゃだめだからね!」


 心臓がドクンと大きく鳴った。サクは瞬時にアサヒから目を背け、ぶつぶつとひとりごとを呟いた。


「白米牛乳ひよこ豆……白米牛乳ひよこ豆……」


「そんなに白米と牛乳とひよこ豆が食べたいの?」


「違う。これはただの呪文……というか、おまじない」


「何のおまじない?」


「それはもちろん、道が開けるようにだよ」


 ――開け。白米牛乳ひよこ豆。




 買い物を終え、サクとアサヒはホテルに戻った。

 細長い廊下を抜けて広いホールへ入る。と、「6」の部屋の前に、白い衣服を着た人物が立っていた。

 その人物――神官は、二人に会釈をして言った。


「ちょうどお戻りになられたようで、よかったです。……お二人にお渡ししなければならない物があって参りました」


 サクは一瞬、アサヒと顔を見合わせた。

 ひとまず手に持っている荷物をなんとかしなくてはと思い、「とりあえず中へどうぞ」と言って、ドアを開けた。


 三人はテーブルを挟んで、椅子に座った。

 神官はすぐに懐から二枚のカードを取り出して、サクとアサヒの前に置いた。


「これは、特区アステールの住民であることを証明する、身分証明書です。首長マリさんのサインと共に、お二人のお名前と、住所、生年月日が記されています。

 住所はアステール地下十五階シフレ三番街五の十二番地。ここは私の所有物件です。生年月日は――」


 サクは目の前に置かれたカードを手に取ると、目を見開いたまま呟いた。


「なんで……」


 そこに記されていた月と日は、サクの本当の誕生日だった。

 神官は淡々と言葉を続けた。


「お二人とも同じ月日とさせていただきました。そもそも成人年齢に達していなければ、このカードは発行できないため、年は一つ前の年にさせていただきました」


「なんで俺の生年月日を知っているんですか?」


「私はあの方のご命令を元に、取り計らっただけです。本来このカードは、ここの住民が成人した際に発行される物です。紛失時の再発行でさえ、五日は要します。申請文書を偽造して一から作成するとなると、最低でも十日。最大で二週間かかります」


「まさか」


 サクは口を半分開けたまま固まった。

 エマが二週間の留守番を依頼してきた理由はこれだったのかと、この瞬間に気がついた。しかし、なぜそのようなことを……。

 神官が察したように口を開いた。


「これは、あの方からあなた方へのせめてもの償いなのだと思います。

 あなた方がここを出て、どこかへ行かれる際、身分証明書が必要になるとお気づきになられたのでしょう」


 棺の魔法を解いた時。エマは腕時計を見て、自分たちがこれからどこへ向かおうとしているのかを知ったのだろう。

 サクは神官に尋ねた。


「あの……エマさんは、今どこに」


 神官は首を横に振った。


「分かりません。このホテル内にいらっしゃらないのであれば、外へ出て行かれたのかもしれません。

 ……当初、あの方の元には、監視役も兼ねて数人の侍女がいました。あの方がこのフロアから出ることのないよう、彼女たちに見張らせていたのです。

 ここへ監禁されたあの方は、だんだんまともに食事をされないようになり、みるみるうちにやせ細っていかれました。このままではいけないと、我々はあの方の要望をお聞きし、監禁を解き、侍女も退去させました。その代わり、生涯ここで暮らしていただくことを約束していただきました。

 あの方はこれまで、アステールの民のためにその約束を守ってこられました。ですが、その必要が無くなった今、あの方は何にも縛られることなく、自由に羽ばたいていかれたのでしょう」


「自由に……」


 生きるも死ぬも自由に。そんな言葉がサクの頭に浮かんだ。

 神官はゴホンと咳払いをした。


「しかし憶測ではありますが、あの方はあなた方が出ていかれたあとで、ここへ戻ってこられるおつもりなのだと思います」


「えっ……」


「そういうお方ですから。それにあの方は、アステール王国最後の女王。やはりあの方の居場所はここであると、私は思います」


「わたしもそう思います」とアサヒが同調した。


 神官は真顔のまま頷くと、立ち上がった。


「それでは、私はこれで失礼します」


 神官を見送ったあと、サクはテーブルに残された銀縁のカードを手に取った。

 アサヒが嬉々とした表情で言った。


「これで問題なく、先に進めるね!」


「うん……」


 サクはエマのことを考えていた。本当に無事に戻ってくるのだろうか。

 しかしそんな心配をしてしまったことを、同時に後ろめたく思った。


 ――俺とあの人は親子じゃない。


 この取り決めを、交わした約束を、破る気はなかった。

 サクはアサヒに顔を向けると、真剣な口調で告げた。


「明日の朝、ここを出よう」





 出発の支度が整った。サクはカバンを肩にかけると、一旦アサヒとともに「4」の部屋に戻った。そこにある宝の山から、数点の宝飾品をカバンに入れた。


「全部売るのは無理だったけど、むしろよかったかもしれない」


 アサヒは大きく頷いた。同じくリュックに数点の宝飾品を入れて言った。


「全部売ったら、大金持ちになっちゃったかもしれないもんね!」


「いや、そこまでじゃ……。けど、札束で重量が増えても困るだけだからな。財布がダンベルになってもいいことはない」


 ――やっぱり魔法で軽量化すべきだったか?


 と一瞬思ったが、もしも財布が軽ければ、それはそれで手に持つたびに不安になっただろう。

 部屋を出ようとした時、アサヒが入口近くの棚を見て言った。


「この幻の鹿、本当に価値のない物なのかな?」


「どう考えたってそうだろ。軽いから純金じゃないことは確かだし、作者の名前が明らかに偽者だし。台座の裏を見てみろよ」


 アサヒはサクの言った通りに、置物を手に取って逆さにした。


「わっ! カビが生えてる!!」


「げっ」


 木製の台座の裏に、白いカビがポツポツと生えていた。

 アサヒはすぐさま置物を棚に戻した。


「魔法じゃ……カビは取れないから……」


「あぁ。見なかったことにしよう」


 なんとなく不吉な予感がしながら、サクは「4」の部屋を出た。

 ホールの高い天井を見上げ、それから棺が置かれている方角に目を向けた。


 ――父さんは、あの棺を目当てにここへ来たんだよな……。


 理由は分からないが、それしか考えられなかった。


 十五年前。何らかの方法で棺の在処を突き止めた父は、おそらく魔法を使ってエレベーターを動作させ、ここへやってきた。

 しかし、思わぬことに赤ん坊の泣き声を聞き、棺にたどり着くことなく見知らぬ子を抱いて立ち去った。


 三年前。アサヒと別れた父は、その時果たせなかったことを果たすために、再びここへやってきたのだろう。

 その時、棺に触れることはできたのだろうか。

 もし触れられたとして、魔法が解かれていなかったということは、解くことが目的ではなかったのだろうか。それとも、単に解けなかったのだろうか……。


 そもそも棺が目当てだったのならば、それが父の失踪の理由ということになるはずだ。

 しかし、棺が見せた幻影に父は現れず、父が棺に何かをした形跡もなかった――。


「行こっ」


 アサヒの声に、サクは思考を断ち切って頷いた。

 ここで考えたところで、何も分かるはずがない。時計の針はまだ先と告げている。


 ――とにかく先へ進むしかない。


 誰もいないホールに背を向けて、サクは細長い廊下を歩き出した。

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