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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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49話

 ゼニス王の頭蓋骨が納められた棺が、ゆっくりと台座の上から姿を消した。

 中央に空いた穴が塞がれると、マリは体の向きを変え、階段の前に立った。そしてゼニス廟に集まった人々に向かって、深くお辞儀をした。人々はマリに盛大な拍手を送った。

 階段を下りたマリは、そのまま一直線に道を歩くと、護衛とともに去っていった。


 台座上に残ったサクたち七人の“偽天”は、上った順に階段を下りた。そして来た時と同じように道を歩き、一旦礼拝堂に戻った。

 入るなり、神官が言った。


「皆様、お疲れ様でした。これにて星礼祭は終了です。購入頂いたローブは記念品としてお持ち帰りください」


 近くにいた中年の男性が、ローブを脱ぎながら呟いた。


「こりゃ、間違いなくタンスの肥やしだな」


 エマに返さなくてはと思いながら、サクもローブを脱いで畳んだ。

 ふと、エマはなぜ二着もローブを持っていたのだろうかと疑問に思った。自分に渡してきたこの一着と、アサヒに渡していたもう一着。

 このローブは“偽天”に当選した者だけが、神官から購入できる。

 過去に二度も当選したのだろうか。あり得ないことではないが、確率はかなり低い。それにもし二回当たったとしても、二回とも同じローブを着用すればよかったはずだ。


 ――まぁ、どうでもいいか……。


 何かが引っかかるような気はしたが、あまり深く考えようとはしなかった。

 昼間からずっと祭り会場にいた。歩き回り、人ごみに揉まれ、さらには緊張しながら大勢の前に立った。今すぐベッドに飛び込みたいほど、くたくただった。


 サクはカバンを肩にかけると、出口に向かった。他の“偽天”当選者たちも一斉に礼拝堂を出ようとしていた。

 その時、また何かが引っかかるような気がした。しかし、その違和感の正体が何であるか、半分眠ったような状態の頭では考えられなかった。


 サクが礼拝堂を出たところに、タイミングよくアサヒがやってきた。


「お疲れさま。はい、預かってた時計」


「ありがとう」


 サクは左腕に時計をつけた。

 軽いはずの時計が、いつもより重く感じた。腕も足も、まぶたも重い。

 アサヒも眠いらしく、隣で大きくあくびをしていた。


 ――とにかく早く戻って寝よう。


 そのことだけを考えて、サクは帰路についた。




 翌日。サクは、午前十時を過ぎて起床した。

 アサヒはすでに起きているらしく、隣のベッドはもぬけの殻だった。 


 ――早くシャワーを浴びないと。


 昨夜、サクは部屋に戻るなりベッドへ直行した。そしてそのまま眠りに落ちた。本当は汗を流し、着替えてから寝るべきだったが、あれだけ疲れていては不可能だった。

 このままではまずい。自分の汗の臭いを嗅ぎ取って、顔をしかめる。急いで着替えを準備して、脱衣所に向かった。


「え」


 扉を開けたサクは、凍りついたように固まった。

 目の前にアサヒがいた。白くて細い体を、同じように白いタオルが包み込んでいた。ふわふわとした髪は濡れてぺしゃんこになり、毛先からポタポタと水滴が落ちていた。

 サクは慌てて扉を閉じた。


「ごめん!」


 閉じた扉はなぜかすぐに開いた。アサヒは体にタオルを巻きつけたまま言った。


「サクもシャワー浴びたいんでしょ? 着替えるから、ちょっと待ってて」


「……はい」


 うっかりしていた。アサヒがベッドにいない時点でこの可能性に気づけたはずなのに、なぜ気がつかなかったのかと猛省した。

 しばらくして、着替えを終えたアサヒが出てきた。

 サクは再び「すみませんでした」と謝った。


「一応裸じゃなかったからよかったけど、裸だったら怒ってたからね!」


「え……そういう問題? なんかズレてない?」


 アサヒは不思議そうに首を傾げた。


「どういう意味?」


「いえ、なんでもないです」


 サクはこれ以上余計なことを言うまいと、口をつぐんだ。

 トーハでの下着屋の件といい、ハルモニア寺院への道中のトイレの件といい、やはりアサヒはどこかズレている……。と思った。



 シャワーを浴びたサクは、部屋で遅めの朝食兼早めの昼食を食べた。

 メニューはカルボナーラ風そうめんだった。フォークにそうめんを巻きつけながら、アサヒが言った。


「そういえば昨日の儀式の時、わたしが手を振ってたの気づいた?」


「……いや、知らない。あんなに大勢の中で分かるわけがないだろ」


「そっか。一生懸命振ってたのに、残念」


 アサヒはそう言うと、フォークを口に持っていった。

 本当は気づいていた。しかも、自ら探してアサヒの姿を見つけ出した。そのことを知られたくなくて、サクはつい嘘をついてしまった。


 ――このままじゃ駄目だ。


 変に意識をしてしまっている。近づきすぎては駄目なのに、気がつくと近づきすぎてしまっている。

 時計の針の指す「何か」を見つけ出すことが最優先事項であり、悩むべきはそのことなのに、別の悩みが脳を支配しようとしていた。

 サクは意識を変えるつもりで言った。


「食べたらエマさんにローブを返して、昨日のゼニス廟へ行ってみよう。そろそろ祭りの片づけも終わってるだろうし」


「うん」



 サクとアサヒはローブを持って、エマの部屋へ向かった。

 コンコンコン。ドアを三回ノックする。

 しばらく経って、ドアは開いた。


「あら、こんにちは」


 エマは深い青のドレスを着ていた。それは最初に会った時と同じ服装だった。

 アサヒがエマに畳んだローブを差し出して言った。


「ありがとうございました。わたしは着る機会なかったですけど」


 サクもアサヒと同様に、礼を言いながらローブを差し出した。


「貸していただいたおかげで、五万エルン払わずにすみました」


「そう、当たったのね。すごいじゃない。お役に立ててよかったわ」


 エマはわずかに赤い唇の端を上げて、純白のローブを受け取った。

 アサヒがエマに尋ねた。


「これからお出かけですか?」


「えぇ、少しね。あなたたちは? どこかへ出かけるの?」


「はいっ。今からゼニス廟に行くんです」


「ゼニス廟に? どうして?」


「えっと――」


 アサヒの言葉を引き継ぐように、サクは答えた。


「アステールのシンボルだから、ちゃんと見ておきたいと思ったんです。昨日はじっくり見られなかったので。その前に行った時は、規制線が張られていて入れなくて……」


「そう。だけどあそこには何もないわよ? ゼニス王の棺が現れるのは昨夜の儀式の時だけ。それ以外の時は、ただ八本の柱と八角形の台座があるだけのつまらない場所よ」


 エマはそう言うと、静かにまばたきをした。

 開かれたその黒くて大きな瞳に、サクは一瞬、飲み込まれそうになった。崖の上から暗い谷底に落ちかけたような、そんな感覚がした。

 エマは再び、アサヒに視線を移した。


「今すぐ出かけるのかしら?」


「はいっ」


「それなら、私も一緒に上へ行くわ。ローブを置いてくるから、ここで待っていて頂戴」


 エマはそう言うと、ガチャッとドアを閉じた。

 直後、サクはゴクリと唾を飲んだ。さっきの感覚は一体何だったのか……。


「どうしたの?」


 アサヒが訝しげに小首を傾げた。


「いや……なんでもない。それより、エマさんに今度こそここが何階なのか訊かないと」


「そうだった! わたしも訊きたいことがあるんだった」


 少し経って、再びドアが開いた。


「さぁ、行きましょう」


 エマは長い廊下の入口に向かって、姿勢よく歩き出した。サクとアサヒもあとに続いた。

 エレベーターの扉が開くのを待つあいだ、サクはエマに尋ねた。


「前から訊きたかったんですけど、ここって何階なんですか?」


「何階だと思う?」


「えっ、と……」


 サクはアサヒと顔を見合わせた。

 ちょうどその時。チンと音がして、扉が開いた。三人はエレベーターに乗り込んだ。


「ヒントはこのエレベーターよ」


「このエレベーター?」


 サクは上下左右に首を回した。しかし、どこにも階を示す数字はなかった。


 ――数字。


 ふと、アステール内の全てのエレベーターには固有の「ナンバー」がつけられていることを思い出した。


「ルート64……イコール8。つまり、地下八階……ですか?」


「正解よ。上の乗り場、左側にカードキーの差し込み口があるでしょ? 横に一直線の。あれがマイナスの符号で、マイナスルート64。イコールマイナス8。だから地下八階……なんて、ただの偶然よ」


「偶然……。でも、このホテルって地下七階までですよね? その下はアステールの人たちの居住エリアって、マップには書いてありましたけど」


「私の借りている場所は特別な仕様なの。だからマップには載ってないわ。それに、マップに書いてあることが全て真実だって、どうして言えるのかしら?」


 戸惑うサクに、エマは赤い唇の端を上げて微笑んだ。


「惑わされては駄目よ。真実を見抜きなさい。そうでなければ――身を滅ぼすわよ」


 エレベーターは地上一階に到着した。

 扉が開くなり、エマはヒールを小さく鳴らして歩き出した。


「ゼニス廟のすぐ近くに用があるの。だからゼニス廟まで、私も一緒に行くわ」


 アサヒがエマの隣を歩きながら尋ねた。


「あの、エマさん。エマさんにいただいた銀色の仮面って、どんな意味があるんですか? 昨日の星礼祭でも、たくさんの人があの仮面をつけてました」


「初代王ゼニスは、非常に自己顕示欲の強い人物だったらしいわ。自叙伝を執筆し、あちこちに自分の像を建て、たくさんの肖像画を描かせた。そして、自分の顔をかたどった仮面を作らせたの」


「えっ」


 サクは思わず声を出した。まさかあの仮面のモデルは、ゼニス王……。


「ゼニス王は大量に作らせた仮面を、王族だけでなく一般の国民にも配ったらしいわ。ちなみに、初期の仮面は銀色ではなく真っ白だったそうよ」


 ただのナルシストではないかとサクは思った。


「彼はとにかく後世に自分の名を残そうとした。だから『天頂の儀』なんてものを執り行うように、遺言を残したのよ。

 ゼニス王の亡き後、『我が血を受け継ぎ、我が棺を開けることができた者を、次の王とする』という遺言に従って、彼の八人の子が棺を取り囲んだ。

 どのような順で、どのように棺を開けるのか、手順は全て生前にゼニス王が書き残していたそうよ。全員が白いローブと仮面で姿を隠し、くじで決まった順に棺の周囲に立つ。順に前へと進み、片手で三秒間そっと棺に触れたあと、両手で蓋を持ち上げる」


 サクは呟いた。


「それが『天頂の儀』の原形……」


「えぇ、そう言えるわね。本来、『天頂の儀』と王位継承者を決める儀式は別だったのだけれど、それが一体化して、時代とともにわずかに変容して、今に至るのよ」


 サクはしばらく何も言葉を発しないまま、歩き続けた。

 ゼニス廟の白い柱がすぐ近くに見えた時、「あの」と切り出した。


「棺は王と次期王にしか開けることができないっていうのは、本当なんですか? そういう伝説ってだけですよね? それか、何か仕掛けがあるとか」


「あなたはどう思う?」


 サクは押し黙った。以前の自分なら、間違いなく嘘だと思った。しかし、この世には「魔法」が存在する。そのことを今の自分は知っている。

 もしかすると、ゼニス王の棺には魔法がかかっているのかもしれない。神官に棺の話を聞いた時から、うっすらとそう考えていた。


「分かりません。本当のような……気もします」


「そう。意外だわ。そういうことは、はなから否定するタイプかと思っていたけど」


 エマは立ち止まって、大きな黒い瞳をサクに向けた。微笑みながら、静かにまばたきをして言った。


「この世で棺を開けることができるのはただ一人。元女王のマリ様だけよ」



 サクたちはゼニス廟の前でエマと別れた。

 人のまばらなその場所へ足を踏み入れる。そこは、昨日とは全く異なる場所のように思えた。


 三千人はいたであろう円形の空間。ただの広い空間となったその場所を真っ直ぐ突き進み、八角形の台座の前に立った。

 昨日上った階段には柵が設置されており、上に上がれないようになっていた。


 サクは左腕につけた時計を見た。針は台座の中心を示していた。

 あたりに人がいないのを確認し、台座の側面に左手を置く。しかし、十秒以上待っても何も起こらなかった。

 台座から手を離したサクに、アサヒが言った。


「柱でも台座でもないなら……」


 サクは表情を硬くしながら、ゆっくりと頷いた。

 なんとなく予想はしていた。星礼の柱。その内部を通るエレベーター。そのエレベーターに載せられて姿を現した、ゼニス王の棺。


「棺しか、あり得ない」

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