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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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48話

 礼拝堂に戻ると、またしても待ち構えていたかのように神官がやってきた。

 ただし、先ほどの初老の男性神官ではなく、抽選会でサクにカードを手渡した若い男性神官だった。


「偽天に当選された方でしょうか?」


「はい」


「カードを見せていただけますか?」


 サクは言われた通り、「515」と印字されたカードを若い神官に見せた。

 神官は手に持ったボードを見て言った。


「515……はい、ありがとうございます。それではこれからボディチェックを受けていただきますので、こちらへお願いします」


 神官に促されて、サクは堂内の左側へ寄った。長椅子の上にカバンを置き、神官の方を向く。


「ポケットの中に物は入っていませんか? もし入っていたら、出してください」


「何も入ってません」


「分かりました。念のため調べさせていただきます」


 数秒のチェックののち、神官は頷いて言った。


「はい、問題ありません。申し訳ありませんが、そちらの腕時計は外していただけますか?」


「えっ」


 サクは左腕につけた時計の文字盤を、そっと右手で隠した。


「つけたままじゃ駄目なんですか?」


「すみません。棺に傷がついてはいけませんので、腕時計や指輪などといったアクセサリーの類は、念のため外していただく決まりなんです」


「そうなんですか……」


 サクはしばし悩んだ。もし仮に台座に魔法がかけられていたとしても、時計をつけて行けないのであれば意味がない。

 しかし、ここにきて儀式への参加を断るわけにはいかなかった。


 ――まぁ、どのみち台座に魔法がかかっていたとしても、大勢が見ている前では解けないし。台座を調べるのはまたにしよう。


「分かりました」


 神官にそう答えて、アサヒの方を向いた。腕から時計を外して差し出す。


「今だけ預かってくれない?」


「うん」


 アサヒは両手で時計を受け取ると、胸の前で握りしめた。

 神官がサクに言った。


「これから奥の部屋で神官長から再度説明があります。その前にローブを――」


 どこかへ向かおうとした神官を、サクは引き留めるように言った。


「ローブなら持ってます」


 若い神官は抽選会の時と同じように、眉をひそめた。サクはすぐにカバンからローブを取り出して見せた。


「これは……たしかに本物のローブですね……」


 サクが戸惑っていると、若い神官はコホンと軽く咳払いをした。


「失礼しました。どこでこれを入手されたのですか?」


「人に借りたんですが……」


 何かまずかっただろうかとサクは思った。ところが、神官は納得したように頷いて言った。


「なるほど。以前当選された方とお知り合いなんですね。ではローブを着用し、仮面を被ってください」


 サクは言われた通り、手に持ったローブを着用し、顔に銀色の仮面をつけた。

 直後、アサヒが呟いた。


「怪人……」


「誰が怪人だ」


 と、サクは睨みつけて言った。神官が言った。


「では、偽天に選ばれた方は最初の小部屋にお願いします。説明終了後、そのままゼニス廟へ移動します。お連れの方はどうぞお先にゼニス廟へ」


 サクはアサヒに向き直って言った。


「じゃあ、行ってくる」


「……うん。またあとで」


 アサヒと別れたサクは、礼拝堂奥の小部屋に入った。

 白いローブに仮面姿の人間が三人、静かに椅子に座っていた。


 ――こうして見ると、確かに怪人にしか見えない……。


 仮面の下で苦々しい顔をしながら、サクは空いている椅子に座った。

 誰かに話しかけようとは思わなかった。元々あまり自分から話しかける質ではないが、仮面をつけていることで、なおさら抵抗があった。

 他の人たちも同じなのだろう。誰も言葉を発することなく、部屋はしんと静まり返っていた。


 数分後。一人、また一人と小部屋にやってきた。

 七人目とともに、最初の説明の時と同じ初老の男性神官が入ってきて言った。


「皆様揃われましたので、改めて儀式の説明を行います。まずはこちらから、台座へ上がる順に並んでください」


 サクは自分の右側に立った人物を、仮面に空いた穴から覗き見た。

 七番目の人。最初の説明の時にはいなかったその人物が、なぜだか気になった。

 自分よりも低い背丈。華奢な手。おそらく女性だろうと思った。

 黒板の前に立った神官は、ゴホンと咳払いをして言った。


「偽天の皆様には、これから私とともにゼニス廟へ向かっていただきます。

 合図をしたら、一番目の方から順に中央の台座へ上がってください。一番目の方はこの位置に――」


 神官は図面を示しながら、最初の時よりも丁寧に説明した。一人ずつ立ち位置を指示棒で示し、その都度顔を向けて「よろしいですか?」と念を押すように言った。

 サクは「はい」と答えた。右側の人物は声を発することなく、ただ深く頷いていた。


「一番目の方は、マリ様から合図がありましたら棺の元へお進みください。その後は台座へ上がられた順に、前の方と入れ替わるようにして棺に近づいてください。

 棺に触れられる時間はおよそ三秒間。片手だけでそっと触れてください。もし時間を大幅に過ぎたり、両手で触れられた場合、即刻台座から下りていただきます。儀式の進行を妨害したとして、罰金二十万エルンをお支払いいただくことになりますので、どうかご注意を」


 ――二十万……。


 サクはすっと背筋を伸ばした。

 神官はまたゴホンと咳払いをしてから、真面目な表情で言った。


「この儀式は元来、ゼニス王の血を引く王族によって執り行われていました。

 一人の『真天』と最大七人の『偽天』。“真天”とは、アステール王国における王の正式な呼称です。そして“偽天”は、“真天”の子を指します。

 ゼニス王の遺言に従い、毎年命日に“真天”が棺を開けることで、ゼニス王は一夜限り復活し、アステールに加護がもたらされたのです。

 そしてこの儀式には、もう一つの意義がありました。それは、ゼニス王によって“偽天”の中から“真天”――次の王が選ばれる……ということです」


「どういうことだ?」と誰かが言った。

 神官は声のした方を向いて、ゆっくりと頷いた。


「ゼニス王は、王位の継承についてこのように定められました。『我が血を受け継ぎ、我が棺を開けることができた者を次の王、すなわち“真天”とする。そして代々、“真天”の血を継ぎ、棺を開けることができる者へ王位を継承する』と」


 またもや誰かが言った。


「わたしが昔聞いた話では、王位を継承した者だけが棺を開けられるとなっていましたが……。本当のところは、棺を開けられる者こそが王。ということでしょうか?」


「はい。人から人へ伝わる過程で、元の話が変化したのでしょう。広く知られている伝説では、あなたのおっしゃる通り、王位を継承した者だけがゼニス王の棺を開けることができるとなっています。

 しかし、それは間違いなのです。棺を開けられるのは現王である“真天”ともう一人。すなわち、次期王であり、次の“真天”となる者。

 次期王を決定する時分になると、“真天”は“偽天”全員に、順に棺に触れるよう命じました。ゼニス王は偽天の中からたった一人を選ぶと、棺を『解錠』したのです」


 その場がざわざわとした。


「結局それも作り話ですよね? わたしが昔聞いた伝説の、元になった伝説というわけで……」


 神官は真面目な顔のまま言った。


「信じる信じないは人それぞれです。元来の『天頂の儀』では、先ほど述べた話の通り、“偽天”は“真天”に命じられた時のみ、棺に触れることができました。

 現在における『天頂の儀』は元来の儀式とは異なり、毎年、“偽天”を一般の方の中から抽選で七名選び、そして棺に触れていただいています。王国時代の伝統を残しつつ、新時代に融合する形に変えているのです。

 マリ様は、自身の代で王家を血筋ごと断絶する決断をなさいました。私たちはそのご覚悟を尊重し、将来、『天頂の儀』を廃止する決定を下しました」


「……『天頂の儀』が廃止されたら、ゼニス王の棺はどうなるんですか?」


「ゼニス廟に安置されます。永遠に開けられることなく。しかし、たとえ棺が開けられることがなくなったとしても、人々が祈り続ける限り、その思いは天に届き、ゼニス王はご加護をお与えくださることでしょう」


 神官はそう言うと、懐から懐中時計を出した。


「それでは皆様。時刻となりましたので、ゼニス廟へ参りましょう」



 

 溢れんばかりの人がゼニス廟に集まっていた。遠目に見えるその光景に、サクは気後れしながら、前の人と歩調を合わせて歩いた。

 ゼニス廟に近づくとともに、緊張感が高波のように襲ってきた。こんなに緊張するのは学芸会以来だと思った。


 先導していた神官が片手を上げた。

 台座の階段から一直線に伸びた道の手前で、サクたちは立ち止まった。

 すると突然、道の両側から金管楽器の音が鳴り響いた。音は他の楽器を交えて増幅し、雄大な管弦楽が響き渡った。


 純白のローブを身に着けた一行が前進する。

 鳴り続ける音楽のリズムに歩調を合わせながら、サクは台座の階段を上った。

 白い八角形の台座に彫られた細い溝の上を歩き、神官から指示された位置で止まる。後ろを歩いてきた七番目の人物も、間隔を空けて止まった。


 台座の下から、サクは大勢の人間の視線を感じた。それが自分だけに向けられているのではないことは分かっていたが、注目を浴びていることに変わりはなかった。

 もし素顔を晒してここに立っていたなら、今よりもっと緊張しただろう。仮面があってよかったと、ここにきて思った。


 サクは視線を返すように、仮面に空いた穴からゼニス廟に集まっている人々を覗き見た。

 水色のワンピース。金髪のポニーテール。無意識にアサヒの姿を探していた。


 ――アサヒは俺のこと、必ず見つけ出せるって言ってたけど……。


 今もきっとどこかから見ているのだろう。しかし、こちらから見つけるのは不可能だと思った。こんなにたくさんの人間の中から、たった一人を見つけ出せるわけがない。

 そう思った直後、なんとなく目を留めた場所にアサヒがいた。アサヒは高く上げた手を振りながら、一直線にこちらを見ていた。

 サクは驚くとともに、ほっとした。ふぅと息を吐くと、緊張もほぐれていった。


 しばらくして、演奏が止んだ。それは合図のように、ゼニス廟に集う人々をしんと静まらせた。

 台座から真っ直ぐに伸びた道の先に、深い青のローブを着た人物が立っていた。

 再び音楽が鳴り始める。先ほど演奏されていた曲とは異なる、厳かな曲だった。


 その人物は曲のテンポに合わせた歩調で、ゆっくりと台座に向かってきた。

 階段を上り終え、細い溝の上に立つ。そして目深に被ったフードを脱いだ。

 元女王は仮面をつけていなかった。黒く短い髪。大きな黒い瞳。小さな鼻と口。その特徴は子どもの顔のようだったが、反して、元女王からそのような“未熟さ”は微塵も感じられなかった。


 再び演奏が止んだ。それもまた合図だった。

 サクは足裏に微弱な振動を感じた。何かがせり上がって来ているのだと分かった。

 台座の中央部分がスライドし、大きな円形の穴が空いた。

 エマの言っていた言葉の意味を、サクはこの瞬間理解した。

 星礼の柱の内部はエレベーターだった。そのエレベーターに載せられて、ゼニス王の棺がたった今、台座の中央に出現した。


 それは全面銀色で、時折不思議な色の光を帯び、随所に精細な幾何学模様が彫られていた。まさか棺が金属製であるとは思わず、サクは驚いて目を見開いた。

 マリは一番目の“偽天”に向かって頷いた。その者はゆっくりと進み出ると、三秒間棺に触れた。

 一番目の“偽天”が元の位置に戻り、二番目の“偽天”が前へ進んだ。そうして三番目、四番目、五番目ときて、あっという間にサクの番が回ってきた。


 サクは他の“偽天”たちと同じように棺に近づくと、右手でそっと触れた。ほのかな温もりを感じた。

 サクが元の位置へ戻ったあと、入れ替わるように七番目の人物が棺の前へ進み出た。

 純白のローブの左袖から、細い指が伸びる。その指は棺に触れた瞬間、静電気に弾かれたようにピクリとした。しかし何事もなかったかのように三秒間触れ続けたあと、振り返って、元の位置へと戻った。


 元女王マリが深い青色のローブの裾を揺らしながら、ゆっくりと前へ進んだ。左手で三秒間棺に触れ、両手で蓋を持ち上げる。

 そして、中から取り出した頭蓋骨を天高く掲げて言った。


「天頂の王ゼニスよ、アステールに永遠をもたらしたまえ」


 ゼニス廟に集まった人々がマリの言葉を復唱した。


「天頂の王ゼニスよ、アステールに永遠をもたらしたまえ」


 サクはマリの持つ頭蓋骨に視線が釘付けになった。

 本物の人間の頭蓋骨……。不気味さと恐怖が身体を巡った。


 頭蓋骨は十数秒掲げられたのち、棺に戻された。マリはその場で跪くと、両手を胸の前で握り、祈るように言葉を口にした。


「私は終生、この身をアステールのために捧げます。ですからどうか、私の罪をお赦しください」


 サクはその場に佇んだまま、じっとその言葉を聞いていた。

 罪というのは、八百年続いた王家の血筋を途絶えさせること、そしてこの『天頂の儀』を廃止することを指しているのだろう。

 しかし、それは仕方のないことだと思った。

 特区となったアステールは、二度と王国には戻れない。時代は移り変わってゆく。その中で王家の血筋を残しておくことは、火種を消さずに残しておくようなものだ。


 サクは少しだけマリを憐れんだ。

 元女王は黒く大きな瞳で、銀色の棺を見据えていた。

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