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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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47話

 時刻は午後五時になろうとしていた。金管楽器の甲高い音が近くのスピーカーから流れ出した。

 やがて音楽は止み、モニターに首長の姿が映し出された。


『アステール首長・マリの名において、ここに、星礼祭の開催を宣言致します。すでに最上階は大変混雑しております。皆様、事故のないようお気をつけください。――それでは、天頂の儀、偽天抽選の結果を発表致します』


 モニターの映像が切り替わる。七つの数字が映し出された。

 023、189、347……


「515」


 サクは手元のカードとモニターを交互に見た。隣でアサヒが歓喜の声をあげた。


「すごい! 当たった!」


 サクは何度もまばたきをした。信じがたい気持ちだった。まさか当たるとは思っていなかった。

 当選確率は一パーセントに満たないはず。その確率程度の気持ちでしか、期待していなかった。


「サクの言った法則の通りだったね。当たる気がする時には外れて、当たる気がしない時には当たる」


「たまたまだよ。そんな法則はでたらめだ。第一、当たる気がしない時には当たるなんて言ってないし」


「ふぅん。屁理屈じゃなくて、でたらめだったんだ。……って、どう違うの?」


「どうでもいいだろ、そんなこと。とにかく行かないと」


 モニターには、当選者への案内が表示されていた。

 ゼニス廟より三百メートル北にある、「礼拝堂」に来るように、と。



 人ごみをかき分けて、サクたちは礼拝堂の前にやってきた。

 その真っ白な建物は、一見ハルモニア寺院と見紛うほどよく似ていた。

 石造りの低い階段を上る。左右に開け放たれた大きな扉のあいだを通って、薄暗い空間に足を踏み入れた。

 すると、待ち構えていたかのように、抽選会にいた初老の男性神官が歩み寄ってきた。


「515番のカードをお持ちの方ですね?」


「はい」


 サクは神官にカードを見せた。神官はそのカードを一瞥して言った。


「奥の部屋で説明を行います。……お連れの方もご一緒にどうぞ」


 たくさんの白い花束が供えられた祭壇の横を通って、サクは奥にある小部屋に通された。その部屋に入った瞬間、銀色の仮面が一斉にこちらを向いた。

 ぎょっとするサクに、先ほどの神官が淡々と言った。


「どうぞあなたも仮面をつけてください。本番では始終仮面をつけたままですから、今のうちに慣れておいた方がよろしいですよ。

 お持ちでなければ、三千エルンで購入いただけますが」


「三千!?」とアサヒが言った。


 外の露店では一つ千エルンで売っていた。サクはカバンからエマにもらった仮面を出すと、渋々顔につけた。

 仮面に開いた穴から、他の当選者を覗き見る。銀色の仮面をつけた人間が五人。自分を含めて六人。


 ――もう一人はまだ来ていないのか……?


 神官は図面の貼られた黒板の前へ移動すると、ゴホンと咳払いをした。


「お一人いらっしゃいませんが、時間が迫っているため説明を始めさせていただきます。ほとんどの方がご存知だとは思いますが、まずは『天頂の儀』のあらましをお話ししましょう。

『天頂の儀』とは、アステール王国初代王ゼニス様を崇め、讃える儀式です。アステールの民にとって、ゼニス王はいわば守り神です。一年に一度行われるこの儀式によって、アステールにゼニス王の加護がもたらされるのです」


 サクは遠慮がちに手を上げながら、「あの……」と声を発した。


「今更なんですけど、アステールに住んでる人以外が儀式に参加してもいいんですか?」


 神官は淡々と答えた。


「構いません。ただし、儀式の進行に支障が出るような人物は排除させていただきます。

 あらかじめ申し上げておきますが、皆様には儀式の直前にボディチェックを受けていただきます。女性は女性の神官が、男性は男性の神官が行いますから、ご安心を」


 現首長で元女王が表に立つ儀式なのだから、そのくらいは当然だろうとサクは思った。

 神官は指示棒で図面を示しながら言った。


「皆様には順番に、この八角形の台座に上がっていただきます。台座には縁より三メートル内側に溝が彫られています。その溝に沿って、反時計回りに歩いてください。

 最初の方は、階段左手の辺の上で止まってください。次の方はその左の辺。次の方はその左……といった具合に、均等に間隔を開けながら中央を向いて立ってください。

 皆様が位置につかれたあと、最後にマリ様が台座に上がられます」


 サクは黒板の図面をまっすぐ見つめながら、神官の話を聞いていた。

 神官は図面の真ん中を指した。


「八人全員が台座上に揃いますと、中央のこの場所に、ゼニス王の棺が現れます」


「棺?」


 思わず声が出た。神官はサクを一瞥して言った。


「アステール王国最古にして最上の至宝、それがゼニス王の棺です。皆様には、最初に台座に上がられた方から順番に、棺に触れていただきます」


 その瞬間、周囲が微かに色めき立った。


 ――なるほど。だからあんなに並んでいたのか。


 アステール王国最古の宝ならば、この大陸で最も歴史的価値、文化的価値のある物と言えるだろう。

 そんな物に触れられる機会など滅多にない。人が集まるのは当然だと思った。


「台座に上がる順番は、私の右手にいらっしゃる方から一番、二番、三番、四番、五番、六番とさせていただきます。よろしいですね?」


 サクは「はい」と答えた。神官から見て、左端にいたサクは六番目だった。

 七番目の人はまだ来ないのだろうか……。気になって、つい入口の方へ顔を向けた。

 神官がゴホンと咳ばらいをした。


「大切なことを申し上げますので、お聞き逃しのないようお願いします。

 皆様には、『天頂の儀』開始時刻の三十分前に、もう一度この場所にお集まりいただきます。その際、ローブをお持ちでない方は五万エルンで購入いただきますのでよろしくお願いします。

『天頂の儀』開始時刻は二十二時ですから、二十一時三十分までにはこの場所へお集まりください。時間厳守でお願いします」


 仮面をつけた全員が「はい」と答えた。


「それでは一旦解散とします。どうぞ所定の時刻まで、星礼祭をお楽しみください」



 サクはアサヒとともに礼拝堂を出た。

 目の前を歩く人の中に、銀色の仮面をつけた人が何人もいた。それを見て、自分が仮面をつけたままであることに気がついたサクは、急いで仮面を外した。

 アサヒが言った。


「その仮面、どんな意味があるの?」


「さぁ? 俺はここの人間じゃないから分からない。本にも書かれてなかったし。……父さんならきっと知ってただろうけど」


「そっか。それなら、今度エマさんに会った時に訊いてみよっ。エマさんならきっと知ってると思うから」


「確かに。あの人もホテルに泊まっているんだから、外部の人間のはずだけど……。アステールのことは何でも知ってそうだよな。おまけに金持ちという」


「うん。不思議な人だよね。……なんでだろう? エマさんの顔を見ると、胸がざわざわするの。何かが引っかかるような感じで」


「年齢不詳だからじゃないか? 顔だけ見れば二十代っぽいけど、話し方とか仕草を考えるともっと上って感じがするし」


「う〜ん。それもあるとは思うけど……」


 アサヒは考え込むような表情をした。


「とりあえず九時半まで、時間をつぶさないといけないんだけど」


 サクが視線を向けると、アサヒは急に顔を輝かせた。


「遊ぼ! せっかくのお祭りなんだから!」


「そう言うと思った」




 夕暮れの淡い光が、アステールをそっと包み込んだ。

 サクとアサヒは、とにかく広い祭り会場を歩いた。手入れの行き届いた空中庭園には、いくつもの露店があった。芝生の広場にはステージが設置され、ロックバンドが演奏していた。

 昼間も多くの人で賑わっていたが、その五倍ほどの密度で人がひしめいていた。


 げんなりするほどの人ごみに、サクはだんだん疲れてきた。隣を見ると、アサヒはいまだに興味津々といった様子で、右に左に首を動かしていた。


「ねぇ、あれ何? あのふわふわした雲みたいなの」


 サクはアサヒの指差した場所に目を向けた。店の人が小さな子どもに、白い綿のついた棒を手渡していた。


「わたあめのこと?」


「わたあめ? 食べられるの?」


「食べられるけど……。わたあめ、知らないの?」


「うん。初めて見た!」


「欲しいなら買えば?」


「う〜ん。一つ五百エルンかぁ……」


「夢に出てきても知らないぞ」


「買います!」



 アサヒは歩きながら、手にしたわたあめにかぶりついた。


「すごい! 甘い! 溶けた!」


「そんな食べ方してたら口のまわりがベタベタに……」


「いいの! あとで洗えばいいんだから」


 そう言って、アサヒは満面の笑みを浮かべた。

 その顔を見て、サクは一瞬、時が止まったかのように固まった。


「どうしたの?」


「なんでもない」


 慌てて視線を逸らし、歩調を速めた。心臓がドクドクと鳴っていた。

 近づきすぎては駄目だ。いっそのこと離れてしまいたい。

 ……その気持ちは本心だったが、まさか、本当にはぐれるとは思っていなかった。


「アサヒ?」


 サクはあたりを見回した。気がつくと、アサヒの姿はどこにもなかった。

 人ごみをかき分けながら、サクはアサヒを捜した。

 なぜか焦るような気持ちになった。危険が差し迫っているわけではない。二度と会えないわけでもない。九時半前には、アサヒも礼拝堂へ向かうだろう。そこで合流すれば問題ないはず。

 それなのに、捜さずにはいられなかった。



 真っ暗な空に、星が瞬いていた。

 モニターに映された時刻は午後九時を示していた。


 ――礼拝堂に向かおう。


 そう思った直後。一瞬、人ごみの中に見覚えのある青い花の髪飾りが見えた。


「アサヒ!」


 サクは咄嗟に叫んだ。だがその声は到底届かぬものだった。ガヤガヤとした祭りの喧騒の中では、蚊の羽音のようなものだった。

 何とかアサヒの元へ行こうと、サクは人ごみの合間を縫って前進した。


「すみません。通してください」


 そう言いながら伸ばした左手を、突然ぎゅっと掴まれた。


「サク!」


 まばたきをすると、目の前にアサヒの顔があった。サクはほっと安堵のため息をついた。


「あぁ、よかった。気づいてくれて」


 アサヒは怒った顔で言った。


「よかったじゃない! 何度も呼んだのに、全然気づいてくれなかったでしょ! 追いつこうとしたけど、人が多くて全然近づけないし。

 そのあいだにどっか行っちゃって、何度も何度も姿を見失っては見つけてを繰り返してたんだよ?」


「えっ。……それなら、ずっと近くにいたってこと?」


「わたしはサクを見失っても、必ず見つけ出せる。だけど、もうはぐれるのは嫌。この手は絶対に離さない!」


 サクはどぎまぎしながら、肩に掛かっているカバンの紐を指差した。


「手じゃなくて、カバンにしない?」


「……わかった」


 アサヒはふてくされた顔のまま、サクのカバンの紐を持った。

 サクは礼拝堂に向かって歩きながら、アサヒに言った。


「悪かったよ。まだ少しだけ時間があるから、お詫びに何かおごるよ」


 アサヒはきょとんとした顔をしたあと、あたりを見回した。


「食べ物じゃなくてもいい?」


「うん」


「じゃあ、一緒にあれをしよっ」


 そう言って、アサヒは左前方を指差した。それは、スーパーボールすくいだった。

 露店の支柱に貼りつけられた紙には、『今だけセール中! 1回100エルン!!』と書かれていた。


 ――金額だな。金額で選んだな。


 サクはアサヒを横目で見ながら、露店の中へ入った。

 浅い水槽に、色とりどりのスーパーボールがプカプカと浮かんでいた。


「はい、どうぞ」


 人の良さそうなおばあさんに、サクたちは小さな道具を手渡された。

 細く短い持ち手。その先についた、紙の張られた輪っか。

 アサヒはそのピンと張られた薄い紙を見つめながら、首を傾げた。


「これですくうの? すぐ破れちゃいそう」


 サクはアサヒに耳打ちした。


「破れても直すなよ?」


「そんなことしないよ。正々堂々真剣勝負なんだから!」


 アサヒは右手に持った道具を勢いよく水の中に差し入れた。

 赤黄青の三つのボールが紙の舞台に上がる。持ち上げられたその瞬間、ボールはするりと輪を抜けて、水の中へ戻っていった。

 呆然としたままのアサヒに向かって、サクは呟いた。


「一瞬で散ったな」


 アサヒは頬を膨らましたあと、一つのボールを指差した。


「あの青くてキラキラしたのがいい」


「は?」


「取ってくれたら、今日のことは許してあげる」


 そう言って、アサヒはいたずらっぽく微笑んだ。


「……取れなかったら?」


「もちろん、一生許してあげない」


「いくらなんでもひどい」


 サクはため息をつきながら、周囲の物よりも一回り大きい、キラキラと光る青いボールに狙いを定めた。

 何としても取らなくては。そう思った。


 ボールはぴょんっと跳ねて、サクの左手のお椀の中に飛び込んだ。


「すごい! 取れた!」


 アサヒは手を叩きながら、まるでスーパーボールのように体を上下に弾ませた。

 店主のおばあさんが「よかったねぇ」と言って微笑んだ。

 サクはお椀からボールを拾い上げると、Tシャツの裾で水滴を拭いてアサヒに渡した。


「はい」


「ありがとう」


 アサヒはにっこりと笑ってボールを受け取ると、ポシェットの中へ入れた。

 サクは立ち上がって言った。


「遅れるといけないから、そろそろ行こう」

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