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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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46話

 最上階を循環するバスに乗る。

 大陸南部一の蔵書数を誇る図書館、アステール大図書館の前で降りたサクとアサヒは、そこでアステール内の全ての階のマップを印刷した。

 その後、近くのレストランで昼食をとり、ついでに食材を買って戻ろうとスーパーに立ち寄った。


「夜ご飯何にしよう? サクは何が食べたい?」


「食べたばかりで何も思いつかない。アサヒが食べたいものでいいよ」


「う〜ん。ババロア?」


「それ、さっきのレストランにあったやつだろ。そんなに食べたかったなら、注文すればよかったのに」


「だって、ちょっと高かったんだもん」


 サクは呆れた目でアサヒを見た。


「でもね、」


 アサヒは買い物袋の中から、一枚の印刷した紙を取り出した。


「ちょうどここにババロアのレシピが!」


「いつの間に……」


「他にも色々あるよ。白身魚のポワレ、ポテトグラタン、ヴィシソワーズ、カルボナーラ、大根の白和え……」


「なんか既視感あるんだけど」


 アサヒはう〜んと唸ったあと、閃いたように両手を打ち合わせた。


「やっぱり、オムライスにしよっ!」


「オムライス……」


「嫌?」


「そんなわけない。だって――」


 好きだからと言いかけて、サクは口をつぐんだ。なぜか素直に言えなかった。

 アサヒは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔で言った。


「嫌じゃないなら決まり! ババロアも作る!」


「ババロアは……」


「わかってるよ。甘いものは好きじゃないんでしょ? 甘さ控えめにして、オレンジとかレモンを入れてもだめ?」


「俺に合わせなくていいから。自分のものだけ作ればいいよ」


「わたしのだけじゃなくて、エマさんの分も作ろうと思うの。部屋を貸してくれたことと、昨日の食材のお礼に。甘いもの、好きかわからないけど」


「あぁ……。そういや、ちゃんとお礼言ってなかった」


「ね? だから部屋に戻ったらババロアを作って、渡しに行こっ」


 そう言って、アサヒは一パック九十八エルンの卵を手に取ると、サクの持つカゴの中に入れた。




 部屋に戻ったサクは、テーブルの上に図書館で印刷してきたマップを階層順に並べた。

 ゼニス廟の真下がどうなっているのか、一階層ずつ確認する。

 まずは地上一階。そこには八角形の黒枠があり、『星礼の柱』と書かれていた。


「星礼の柱……」


 とは一体何だろうか。そう思いながら、視線を右へ動かす。

 地下一階、地下二階、地下三階、地下四階……。


「これって」


 すべての階で、同じ形と大きさの黒枠が描かれていた。

 マップを集め、重ねる。照明にかざすと、八角形がくっきりと浮かび上がった。


「あの台座の真下にあるのは、柱だけ……」


 最下層まで貫く、一本の柱。それはこの巨大なドームを支える主柱のように思えた。


 サクは再度マップをテーブルに並べた。柱の周囲に着目しながら、じっくりと眺める。

 地下一階から地下七階まではホテルの客室だった。柱を中心として、放射線状に通路が伸びており、通路と通路のあいだに客室があった。

 このホテルは地下七階までで、そこより下は区内に住む住民の居住エリアとなっていた。


 ――そういや、ここは何階なんだ?


 ふと考えた。円形の広いホールは、マップのどこにも描かれていない。その周囲にある八つの部屋も、アサヒが見たという非常階段も、どこにも描かれていなかった。


「あとでエマさんに訊いてみるか……」


「何を訊くの?」


 フライパンを持ったまま、アサヒが言った。


「ここが何階なのかだよ。どこにも書いてないだろ? エレベーターにも、外のホールにも、この部屋にも」


「そういえばそうだね。ババロアを持っていく時に訊いてみよっ。――その前に、はい」


 アサヒはフライパンを皿の上でひょいと傾けた。


「できたよっ。オムライス!」


 サクはごくりと唾を飲んだ。スプーンの背で押したくなるような、ぽってりとした黄色い丘。漂ってくる匂いからは、少しだけ懐かしさを感じた。


「また食べられるとは思ってなかった」


「サク、オムライス好きなの?」


「えっ。まぁ……どちらかというと」


「好きなら、素直に好きって言ってくれたらいいのに」


 アサヒはにこりと微笑んだ。その表情に、サクは思わずドキッとしてしまった。


「サクはオムライスが好き……。今度から、献立に困った時はオムライスにするね!」


「うん……」



 サクは夕食を食べ終えると、アサヒとともにエマの部屋へ赴いた。

 コンコンコン。ドアを三回ノックする。

 数秒の沈黙のあと、ゆっくりとドアが開いた。


「あら。何か用かしら?」


 エマは大胆にも、バスローブ姿だった。どぎまぎするサクをよそに、アサヒがババロアを差し出して言った。


「もしよかったら食べてください。さっき作ったババロアです」


「まぁ、美味しそう。お風呂上りのデザートに丁度いいわ」


 エマはアサヒからババロアの載った皿とスプーンを受け取ると、その場ですぐに食べ始めた。

 サクはあ然とした顔で、その様子を見ていた。


「ごちそうさま。私、甘いもの大好きなの。我慢できなくって、ついこの場で頂いてしまったわ。それにしても本当に美味しかった。料理、お上手なのね」


「ありがとうございます」


 アサヒは少し照れたような笑みを浮かべた。サクはエマに言った。


「あの、部屋を貸してくださってありがとうございます。きちんとお礼を言ってなくて、すみません」


「昨日の食材もありがとうございました。美味しいトマト煮込みができました!」


 と、アサヒが付け加えるように言った。


「まぁ。それでわざわざ? いいのよ、お礼なんて。……それよりあなたたち。明日の星礼祭には行くわよね?」


「はい」と、サクは答えた。


「それなら衣装を貸してあげるわ。持ってくるから、ここで待っていて頂戴」


 エマはそう言うと、ドアを閉めて部屋の中へ戻っていった。

 アサヒが小首を傾げた。


「衣装ってなんだろう?」


「さぁ?」


 しばらくして、再びドアが開いた。

 エマはサクとアサヒに、純白の布地を一枚ずつ手渡した。


「広げてみて頂戴」


 サクは言われた通り、受け取った布地を広げた。

 それはローブだった。大きなフードがついており、丈は膝下二十センチほど。裾には銀色の糸で刺繍が施されていた。

 アサヒが尋ねた。


「星礼祭に行くには、これを着ないといけないんですか?」


「いいえ。祭りに参加するだけなら着る必要はないわよ。だけど、儀式には絶対に必要なものだから、一応持っていった方がいいわ」


「どういうことですか?」


 と、今度はサクが尋ねた。


「星礼祭のメインイベント、『天頂の儀』。その儀式を執り行うには、元女王のマリ様以外に、『偽天』と呼ばれる七人の人間が必要なの。その七人は、一般の人の中から毎年抽選で選ばれるのよ。

 選ばれた人間は、このローブを購入して、儀式で着用しなくてはいけないんだけど……実はこれ、けっこうするのよ? 確か一着五万エルンくらいだったかしら」


「五万!?」


 アサヒが驚愕の顔で、手に持ったローブを見た。

 エマは口元を手で隠しながら、ウフフと笑った。


「あなたたちじゃ買えないと思うから、あらかじめ貸しておいてあげるわ。それと、ついでにこれも」


 そう言うと、エマは銀色の仮面を二枚差し出した。

 それは人の顔の形そのものだった。目の部分だけがくり抜かれ、クリーム色の床がその穴から覗き見えた。


「『偽天』は皆、この仮面で顔を隠すのよ。露店でいくらでも売ってるから、祭りの最中にも買えると思うけど、私の部屋に以前買ったものがたくさんあるの。だからあげるわ」


「……ありがとうございます」


 もらって嬉しいものではなかったが、サクは一応礼を言った。


「それじゃあ、私はこれで失礼するわね。ババロア、本当に美味しかったわ」


 エマは微笑みながらそう言うと、部屋の中へ戻っていった。


「……あ。ここが何階か訊くのを忘れた」


 閉ざされたドアの前で、サクは思い出して呟いた。


「仕方ないよ。また今度訊こっ」


「……で、なんでもうつけてるんだよ」


「どう? 似合ってる?」


「仮面に似合うも何もないだろ。というか、不気味なんだけど」


「そうかなぁ? 結構かっこいいと思うんだけど」


 アサヒはそう言いながら、顔から外した仮面をまじまじと見つめた。


「どこが」


「う~ん。ピカピカに輝いてるところとか?」


 サクは呆れた目でアサヒを見た。アサヒは自分たちの部屋に向かって歩きながら、笑顔で言った。


「明日のお祭り、楽しみだねっ」


「……うん」


 否定はしなかった。けれど、心から肯定したわけでもなかった。

 何かを楽しみにする。そんな気持ちを最後に抱いたのはいつだったろうかと、サクは思った。




 翌日。サクはローブと仮面をカバンに入れると、アサヒとともに最上階へ向かった。

 祭りのメイン会場であるゼニス廟周辺は、まだ昼だというのに多くの人で賑わっていた。

 星礼祭本番は夕方五時から。「天頂の儀」は、祭りの最後に行われる。

 サクたちは露店で軽く昼食を済ませてから、先駆けて行われている抽選会の列に並んだ。


「けっこう並んでるね」


 アサヒが列からひょこっと横に顔を出して言った。

 サクも顔を出して後ろをちらりと見た。


「どんどん人が来てる。一体何人いるんだか」


「わからないけど、すごい人数なのは確かだよね。……当たるかな?」


「確率は低いと思うけど、一応並んでおこう。せっかくローブを貸してもらったんだし」


 思いのほか、列は速いスピードで進んでいった。そしてすぐに番がやってきた。

 横に並べられた簡易テーブルの後ろに、三人の男女が座っていた。その三人を見張るように、初老の男性が立っていた。

 四人はいずれも白い衣装を身に纏っており、神官と思われた。


 サクは右端のテーブルに進んだ。若い男性神官が早口で言った。


「偽天として儀式に参加するにはローブが必要です。もしも当選された場合、一着五万エルンのローブを購入いただきますが、よろしいですか?」


「あ、持ってます。ローブ」


 サクはローブをカバンから出して、神官に見せた。神官は一瞬眉をひそめてから、カードを差し出した。


「これがあなたの番号です。当選者は午後五時にモニターで発表します。カードを紛失された場合は当選無効となりますので、お気をつけください」


 サクはその場を離れると、受け取ったカードを見た。そこには、「515」と印字されていた。

 アサヒの持つカードの数字は「514」。数字が連番だとすれば、自分がカードを受け取った時点ですでに五百人以上が抽選に参加していることになる。


 ついさっきまで居た場所に顔を向ける。列は未だ、ずらずらと続いていた。

 この調子だと、抽選に参加する人数はおそらく千人以上――。


「当たる気がしないな」


「そう? わたしは当たる気がする」


「なんで」


「なんとなく!」


「じゃあ当たらないな。根拠もなく当たる気がする時は、大抵当たらないものなんだよ」


「その根拠は?」


 サクは押し黙った。アサヒは顎をくいっと上げて微笑んだ。


「つまり、ただの屁理屈ってことだね。でもその理屈で言うと、当たらない気がするサクは当たるってこと?」


「そんなことは言ってないし、それこそ屁理屈だろ」


 サクは顔を右に向けた。百メートルほど離れたところに、ゼニス廟が見えた。

 ゼニス廟の中央にある八角形の台座の上で、「天頂の儀」は行われる。それがどのような儀式なのか、今のところは分からない。

 だがその儀式に参加できれば、時計の針が示す「何か」にたどり着けるような気がした。

 それこそ根拠はなかった。しかし、妙な予感があった。見えない力で引き寄せられているような、不思議な感覚だった。

 アサヒがにっこりと微笑んで言った。


「当たるといいねっ」


「そうだな。……抽選結果の発表までまだ時間がある。ゼニス廟の真下にある、『星礼の柱』ってところに行ってみよう」



 近くのエレベーターで地上一階へ下りたサクとアサヒは、「星礼の柱」の前にやってきた。

 そこは最上階と同じく、多くの人で賑わっていた。


 人だかりの中心に、白くて太い八角形の柱があった。人々が入れ代わり立ち代わり、その柱に両手をついて、何やら祈るように言葉を唱えていた。

 アサヒが首を傾げた。


「何て言ってるんだろう?」


「さぁ? ここからじゃ分からないな」


 サクは耳をそばだてながら、柱に近づこうとした。その時、突然背後から女性の声がした。


「天頂の王ゼニスよ、アステールに永遠をもたらしたまえ」


 驚いて振り向く。するとそこに、黒い髪を後ろで束ね、真っ白なワンピースを着たエマが立っていた。

 エマはどことなく着慣れていない感じのするワンピースの裾を揺らしながら、サクの隣に立った。


「アステール王国の歴代君主は、亡くなった瞬間に神格化されてきた。中でも建国者である初代王ゼニスは、民を守る守護神として特別に崇められているの。

 だから毎年ゼニス王が亡くなった日に、星礼祭が行われるのよ。……そして、祭りのラストを飾る『天頂の儀』で、王は復活するの」


「復活!?」


 サクとアサヒは声を合わせた。エマは手で口元を隠しながら、ウフフと笑った。


「本当に復活するわけじゃないわよ。……『天頂の儀』によって、ゼニス王の御霊は一時的に天より元の場所に戻る。その瞬間、アステールは強大な守護の力に覆い尽くされる。

 それは、あらゆる天災から人々を守る盾となり、たとえ『禁忌の泉』に飲み込まれたとしても、ゼニス王の守護によってアステールは守られる。何百年も前から、そう言われているわ」


「そんな――」


 わけないと言いかけて、サクは口をつぐんだ。エマは微笑んで言った。


「信仰は簡単には消えないものよ。たとえ多くの災難が降りかかり、大勢の人間が亡くなったとしても」


 サクは尋ねた。


「なんでみんな、柱に祈っているんですか?」


「そうね。柱はゼニス王の象徴であり……通り道だからかしら」


「通り道?」


「その時がくれば分かるわ。……また会いましょう、サク君」


 エマはそう言うと、どこかへ去っていった。

 押し寄せる人の波に、サクは向かっていった。流されながら柱に近づくと、周囲に合わせて祈るふりをしながら、おそるおそる両手を前に向けた。

 しかし、時計の針は回りださなかった。


 ――この柱じゃないのか。


 緊張の糸が切れたようにふぅと息を吐いて、サクはその場をあとにした。

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