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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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44話

 到着した場所は、田舎とも都会とも言えない街の中心にある駅だった。サクとアサヒは、その駅で高架鉄道に乗り換えた。


 高いレールの上を一直線に走る列車は、今までに乗ったどの列車よりも速かった。そして運賃も高かった。

 乗車して数分後、アステール駅到着まであと三十分であることがアナウンスされた。

 サクたちは売店で買ってあった弁当を急いで食べた。


 進めば進むほど、高架下に広がる大地の緑は目に見えて減っていった。代わりに高い送電鉄塔が、間隔を空けながら列を作っていた。

 その先に、ハルモニアの塔で見たドームがあった。

 中がどれほどの広さなのか、想像することも不可能なほど巨大なそのドームには、ぽかりと小さな穴が空いていた。その穴に吸い込まれるようにして、列車は中へと滑り込んだ。


 大陸南部で最も大きな駅。それがアステール駅だった。

 とはいえ、それは一つ下の階にある貨物列車用のプラットフォームや、巨大なコンコースを含めた場合の大きさのことであり、現在降り立った場所の周囲だけに着目すれば、乗車した駅とさほど変わらなかった。


 出口に向かうと、目の前に長い列ができていた。


「なんでこんなに混んでるんだ?」


 サクは呟き、首を傾げた。

 列の先をよく見ると、数名の警官がまるで門番のように出口の前に立っていた。


「荷物検査にご協力ください」


 警官のその言葉で、サクはこれが何のための列かを理解した。


「荷物検査……」


 やや不安な気持ちになった。以前クロセで、警官にカバンの中身を見せた。

 その時はミヨさんのおかげでうやむやになったが、今回はどうだろうかと思った。

 工具箱を持っている理由を訊かれたら、また修理屋をやっていると嘘をつくか。いや、趣味のためと言った方が無難か……。

 頭を回しているうちに、列はどんどん進んでいった。


 サクは警官に言われた通り、肩にかけたカバンを開けて見せた。

 警官は手際よく中身をチェックすると、


「不審物なし。はい、いいですよ」


 と言って、カバンをサクに返した。

 肩の力を抜く。あっさりと通されたことに拍子抜けしながらも、ひとまず安堵した。後ろにいたアサヒの荷物検査は、さらに短い時間で終わった。


 混雑するコンコースを一直線に抜ける。やっとの思いで駅の外へ出た。

 隣でアサヒがきょろきょろとあたりを見回しながら言った。


「何ここ……すごい!」


 高く、ガラスのように透明な格子状の天井。空の真下に広がるこの場所は、緑で溢れ、まるで空中庭園のようだった。


 近くを細い川が流れていた。その川は途中で途切れ、下へ下へと水が滝のように落ちていた。

 その水と同じく、何基ものエレベーターが下へ降りていくのが見えた。


 特区アステール。そこは、ドーム型の天井に覆われた地下都市だった。


 サクは左腕につけた時計を一瞥して、アサヒに言った。


「とにかく宿を確保しよう。これから探したところで、今日中に“何か”が見つかる可能性は限りなく低いから」


「うん。そうだね」


 案内標識に従って歩く。三十分ほど歩くと、右手にエスカレーターが見えた。


『この先、区内住民は立ち入り禁止』


 そう書かれた看板の横を通って、サクたちは長いエスカレーターに乗った。

 ゆっくりと時間をかけて降りたその先に、巨大な噴水があった。天井に届きそうなほど、水が高く噴き上がっていた。


 そこは、この特区アステールで最も大きなホテルのロビーだった。

 区外から来た者が滞在する場合は、基本的にこのホテルに宿泊しなければならず、反対に区内の住民は許可を得なければホテル内に立ち入ることができない。

 もし無許可で入れば、罰金五万エルン。という厳しい法律が定められているらしかった。


 サクはここで、予想外の壁にぶつかった。それは、宿泊費が今までになく高いことだった。

 一泊一部屋、三万エルンから。数日滞在しただけで、みるみる手持ちが減っていき、最終的に財布は空っぽになり、そして強制的に区外へ追放される……という予想がついた。

 サクは噴水の前に座ると、頭を抱えた。


「三日でけりをつけるしか……」


 そんなことは不可能だと思った。三日で目的の物を探し当てることなど、この広い地下都市では不可能だ。

 時計の針は方角しか示さない。

 地上二階、地下二十一階まであるこの都市では、仮に地図に点を打つように座標がわかったとしても、それがどの階なのか分からなければまるで意味がない。すべての階を確認するとしたら、それだけで丸三日はかかるだろう。

 そのことはアサヒも分かっているらしく、隣でう〜んと唸った。


「せめて一泊一万エルンだったら……。それなら一人五千エルンで済むのに……」


 サクはハッとして言った。


「ちょっと待った。同じ部屋に泊まるつもり?」


「当たり前でしょ。嫌だと言ってもだめだからね!」


「嫌とかそういう問題じゃ……」


「じゃあ、どういう問題?」


 サクは押し黙った。距離を保たなければ……。なんてことを考えている場合ではなかった。

 再び頭を抱えようとしたその時、目の前に掲げられた大きなモニターに黒い短髪の女性が映し出された。近くにあったスピーカーから、その女性のハスキーな声が流れた。


『特区アステール首長より、皆さまにお知らせがございます。

 来る星礼祭の日、最上階にございますゼニス廟にて、天頂の儀を執り行います。そのため当日は最上階および全てのエレベーターが混雑することが予想されます。あらかじめご理解頂くとともに、混雑緩和にご協力くださいますよう、お願い申し上げます』


「星礼祭……?」


 サクはモニターを見ながら呟いた。アサヒが頷いて言った。


「お祭りがあるみたいだね。……あっ! だから、荷物検査があったんだ」


「祭り? いつ――」


「明後日よ」


 突然の声に、サクは驚いて右を向いた。

 深い青のドレスを身にまとった、長い黒髪の女性が佇んでいた。やや小柄で、あどけなさの残る顔つき。しかし声には艶があり、まとっている空気は大人の女性そのものだった。

 年齢不詳の女性は、華奢な手を腕に添えて言った。


「あなたたち、ここへ来るのは初めて?」


「はい」とサクは答えた。


「そう。さっきの映像でマリ様もおっしゃっていたけど、星礼祭の日はとても混雑するの。一年で最も多くの人が区外からやってくる日で、ホテルなんて三日前から満室なのよ?」


「え……今なんて」


 女性は顔を右側のレセプションに向けた。


「よくご覧なさい。満室って書いてあるでしょ?」


 アサヒが「ほんとだ!」と声をあげた。少し遅れて、サクは顔から血の気が引くのを感じた。

 女性は妖艶な笑みをたたえて言った。


「さて、どうする?」


 アサヒがパンッと手を叩いてサクに言った。


「上の階で野宿しよっ! ものすごく高いところにあるけど、ちゃんと屋根はあるし。草花に埋もれていれば、誰にも見つからないはず!」


 サクが「それは」と言いかけたのと同時、女性が言った。


「駄目よ。星礼祭前で警備は強化されているし、間違いなく見つかるわ。見つかれば追放。その前に、罰金七万エルン」


「七万……」


 アサヒは驚愕の顔のまま黙りこくった。サクは女性に尋ねた。


「他に泊まれる場所はないんですか? 区外から来た人は基本的にここへ泊まらなければいけないってことは、知ってますけど……」


「特区アステールは三つのエリアに分かれているの。区外の人だけが入れるエリア、どちらも入れるエリア、区内の人だけが入れるエリア。

 このうち、区外の人だけが入れるエリアにある宿泊施設はここだけ。どちらも入れるエリアに宿泊施設はないわ。病院ならあるけど。骨折でもすれば入院できるわよ?」


 サクは表情を凍らせた。女性は赤い唇の端を上げて、不敵に笑った。


「区内の人だけが入れるエリアへ区外の人が行くには、申請が必要。かかる費用は十万エルン。身分証明書を提示して、申請費用を支払って、一ヶ月後くらいには許可が下りるわ」


「十万……身分証明書……一ヶ月……」


 サクは凍りついた顔のまま黙りこくった。


「さて、どうする? 大人しくここから出ていくか、それとも私についてくるか」


「え?」


 サクとアサヒは同時に声を出した。

 女性は二人に顔を近づけると、囁くような声で言った。


「一泊一万でいいわよ。もちろん二人合わせて。お望みなら、二人別々の部屋でもいいわ」


 サクは驚き、固まった。この人はさっきの話を聞いていたのか。

 女性はなおもサクの耳元でひそやかに言った。


「安心なさい。連れて行く場所はこのホテルの中だから。私が借りている階に、使っていない部屋がいくつかあるの。そこを貸すだけよ」


「それなら――」


 サクは話に飛びつく勢いで立ち上がろうとした。その時、左腕を時計の上からぐっと掴まれた。


「なんだよ」


 隣を見る。アサヒは真剣な目で女性を見据えて言った。


「部屋は二人一緒でお願いします。絶対に」


 サクは絶句した。「なんで」と言おうとしたが、衝撃のあまり声にならなかった。

 女性は手で口元を隠しながら、ウフフと笑った。


「随分と積極的な子ね。いいわ。ついてきなさい」


 そう言うと、女性はヒールを小さく鳴らして歩き出した。

 サクは急いで立ち上がると、女性の後ろをついて歩いた。


 何基ものエレベーターの前を通り過ぎた。他の客たちが立ち止まって、手に持ったカードキーとエレベーターの上に掲げられた「ナンバー」を見比べていた。


「ナンバー」は、特区アステール内のすべてのエレベーターに付けられている固有の名称で、大抵が何らかの単語+通し番号と思われる数字で表されていた。

 カードキーには部屋から最も近いエレベーターの「ナンバー」が書いてあるらしく、宿泊客の多くはそのエレベーターを目指しているようだった。


 人目につかない、奥まった場所に入る。そこにあったエレベーターの前で、女性は立ち止まった。

 そのエレベーターは、他のエレベーターとは明らかに違っていた。

 サイズは小さく、他のエレベーターの半分ほどしかなかったが、その代わりに高級感があった。

 淡く輝く、純白の扉。よく見ると銀色の幾何学模様が箔押しされており、一見して特別な仕様であると分かった。

 サクは扉の上にある、銀色の文字盤を見上げた。呟くように読み上げる。


「ルート64」


 女性が左横の差し込み口にカードキーを入れながら言った。


「ルートというのは、植物の根のことよ。地下へ伸びるエレベーターを植物の根に例えているの。

 このホテルの最上階は地上一階で、部屋があるのはすべて地下。だから、ホテル内のエレベーターのナンバーには、全て『ルート』と付けられているの」


「なるほど」とアサヒが言った。


「必ずこのエレベーターを使って頂戴。それと他のエレベーターと違って、乗るには専用のカードキーが必要なの。あとで渡すわ」


 二人は「はい」と答えた。


 チンと音がして、扉が開いた。女性が乗り込む。サクとアサヒも続いた。

 そこには階数を表すランプやボタンは一切なかった。あるのは開閉ボタンと非常停止ボタンのみ。

 女性がボタンを押した。扉が閉まる。速やかに下降していくのが、サクは感覚として分かった。

 しばらく沈黙が続いたあと、突然女性が言った。


「名前を聞いてもいいかしら」


「アサヒです」


 素早く名乗ったアサヒに続いて、サクも名乗った。

 女性は静かにまばたきをしてから、わずかに赤い唇の端を上げて言った。


「私はエマよ。よろしく、アサヒさん……と、サク君」


 扉が開いた。エレベーターを降りたサクたちは、長い廊下を歩いた。

 トンネルのような廊下を抜けた先にあったのは、広い円形のホールだった。

 そこは地下とは思えない明るさだった。高い天井にぶら下がる、豪華なシャンデリア。そこから発せられる光は、淡いクリーム色のタイルの床に反射して、キラキラときらめいていた。

 照明はさらにあった。ホールを取り囲むように配置された、八つのドア。そのドアの左側の壁に、アンティーク調のライトが灯されていた。

 エマはホールの真ん中に立って言った。


「ドアの数字が見えるかしら? 正面にある『7』の部屋が私が使っている部屋。そこ以外なら、どの部屋でもいいわ。

 予備のカードキーを取ってくるから、そのあいだに選んで頂戴。ドアに鍵はかかっていないはずだから、自由に中を覗いてもらって構わないわ」


「はい」と答えながら、サクは思った。


 ――それなら、やっぱり一人ずつ部屋を貸してもらおう。


 アサヒがなぜ「絶対に」と言ったのか分からなかったが、やはり同じ部屋で寝泊まりすることは出来る限り避けたかった。

 近づきすぎては駄目だ。一定の距離は保たなければならない。


 サクはアサヒとともに、エマの部屋の左隣である「3」の部屋に向かった。

 取っ手を掴み、ドアを開ける。


「なんだこれ……」


「わっ。すごい服!」


 そこにあったのは、うずたかく積まれた衣服の山だった。ほとんどが女性用の洋服で、埃をかぶっていた。その衣服の山は山脈のように連なり、部屋の奥の方まで続いていた。

 サクはそっとドアを閉じた。


「……次に行こう」


 続いて隣の部屋のドアを開けた。今度は子どものおもちゃと思われる物が、大量に積み上げられていた。

 頭を逆さにしたウサギのぬいぐるみが、もの言いたげな目でこちらを見ている。サクは気味悪く思い、すぐにドアを閉じた。


「次」


 その隣も同様だった。絵画や皿などといった、壊れた美術品や工芸品が山のように積み上げられていた。さらには宝飾品が棚の引き出しからはみ出したり、床に無造作に置かれたりしていた。


「泥棒が入ったみたいだな……」


 呟くサクの隣で、アサヒが目を輝かせた。


「ここにある物、直して売ったら高く売れそう!」


「くすねるなよ?」


 そう言いながら、サクはドアを閉じた。次へ行こうとした時、アサヒが言った。


「わたし、反対側から見てくるね。この調子だと、“アタリ”が出るまで一部屋ずつ確認しなくちゃいけないし」


「“アタリ”……」


 ひきつった表情のまま、サクは「分かった」と返答した。

 “アタリ”はあるのだろうか。ない場合はどうするのか。あったとしても、もし一部屋だけだとしたら……。

 おそるおそる取っ手を掴み、ドアを開ける。


 “ハズレ”だった。これまでのどの部屋よりも酷かった。まさしくゴミ置き場としか言いようがなかった。

 ドアを閉め、隣に移動する。そこへアサヒがやってきて言った。


「この部屋が最後だね」


「……残りの部屋は?」


 アサヒは首を横に振った。


「一つは機械室? みたいな感じで、寝泊まりできる場所じゃなかったよ。もう一つは鍵がかかってて、開けられなかった」


「鍵? 鍵はかかってないはずじゃ」


「う〜ん。一部屋だけ、忘れてたんじゃないかな?」


「そうか……」


 サクはひとまず目の前にある「6」のドアを開けた。

 横でアサヒが飛び跳ねるような声を出した。


「やったー! “アタリ”だ!」


 そこは普通の部屋だった。

 砂のようにざらざらとした黄色い壁。そこに取り付けられた疑似窓から、本物の日差しのような光が差していた。

 床にはやや古びたラグが敷かれ、その横に木製のテーブルと椅子が並んでいた。近くには小さなキッチンがあり、奥にはベッドが二つあった。


 ゲホッ。ゴホッ。埃っぽい匂いに、サクは思わずむせ返った。

 アサヒがテーブルの上に手を置いて言った。


「ここにしよっ! 掃除すれば使えるはずだから!」


 運命は初めから決まっていた。「絶対に」アサヒと同じ部屋で寝泊まりしなければならない。

 そのことをサクは受け入れるほかなかった。

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