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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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33話

 カラカラカラと高い音が鳴る。伏せられた銀色に光るコップに、アサヒが突き刺すような視線を向けた。

 リサのグラスにマドラーが五本、アサヒのグラスにもマドラーが五本。

 ゲームは引き分けだった――のだが、それではつまらないからと、リサが一戦追加を提案し、アサヒがそれに乗った。


「う~ん……」


「穴があくほど見たって、分かるわけないだろ」


 サクはアサヒに向かって呟くように言った。


「そんなことない。念じれば……見えたっ! 奇数!」


 リサがわざとらしい口調で言う。


「ホントに奇数でいいの? ホントにホントにいいの?」


「いいです! 二言はありません」


 リサはじっとアサヒと目を合わせたまま、コップを持ち上げた。

 サイコロの目は「2」と「5」だった。


「やったー!」


 アサヒはサクに顔を向けると、どうだと言わんばかりに顎をくいっと上げた。

 リサが言った。


「あーあ、負けちゃった。精算しないとねー。はいっ千エルン」


「ありがとうございます!」


「どうする? もう一ゲームやる?」


「いえ。今日はいいです」


「そう? もしかして飽き――」


 言葉が途切れる。リサは一瞬意識を無くしたかのようによろめいて、カウンターに両手をついた。


「リサさん?」

「リサ?」


 サクはアサヒとほぼ同時に声を発し、リサの顔を覗いた。


「……ゴメンゴメン。急に強い眠気が来ちゃって。これじゃ、真剣勝負にならないからダメだよね。シャキッとしないとね!」


 リサはそう言うと両手で頬をピシャリと叩いた。その手を頬に置いたまま、どこかに視線を向けて固まった。

 不審に思ったサクは、椅子を半回転させてリサの視線の先を見た。

 たった今、ドアから入ってきた銀髪の男。安っぽいTシャツに、半ズボン。薄汚れたサンダル。その姿には見覚えがあった。


「あの人……」


 呟くサクの袖を、アサヒが引っ張った。耳元でヒソヒソと声を出す。


「ねぇ。あの人って、屋台にいた常連のお兄さんだよね?」


 サクは頷いて、リサに向き直った。


「あの人、リサの知り合い?」


「えっ」


 リサは驚き、ひきつった顔で答えた。


「さぁ? 全然知らないなぁ」


「棒読みでバレバレだけど」


 リサは観念したように、「はぁ……」と大きくため息をついてから言った。


「あの人は、あたしの元お客さん。あたしをこの店に連れてきてくれて、ゲームのやり方を教えてくれた人」


「あの人が?」


 サクはもう一度後ろを振り返った。銀髪の男は反対側のカウンターの席についていた。


「スゴくカッコいい人なんだよっ。密かにインテリ風イケメンって呼んでたんだけど、本人にバレちゃって……。それからはインテリ風お兄さんって呼んでたんだよね」


 インテリ“風”というのが、妙にしっくりくる気がした。


「あの人、ゲームにホント強くて。あたし一度も勝てなかったんだから」


「一度も?」


「うん。あ、ズルはしてないと思うよっ。必ず十回終わったこと教えてくれてたし。それで数えたら、なぜかいつも向こうが二点勝ってるんだよね。

 それを何ゲームか繰り返すから、あたしの財布はいつもスッカスカ。他のお客さんで取り戻さなくちゃいけないから大変だったんだー」


「リサがやってたのって、コインかサイコロだよな? ほぼ百パー運のゲームで毎回勝つって……」


「スゴいでしょ? めちゃくちゃ運がイイんだよねっ」


 サクは屋台で見た男の顔を思い返した。どことなく漂う悲哀。とても運のいい人物の顔とは思えなかった。

 それに、もしそれほど運がいいのなら……なぜ大きなカジノではなく、こんなチンケな賭場に通いつめているのか。


「サクちゃん、今チンケな賭場とか思わなかった?」


「えっ」


 リサは赤い唇の端をわずかに上げて言った。


「あの人が何年もずっとココに通ってるの、この店の七不思議の一つなんだよね。って言っても、残りの六つは知らないんだけど……。

 フツーはさ、単純なゲームってすぐ飽きるものじゃない? それをあの人は、あたしがこの店に来る前からずっとやってるらしいんだよね。今も別の子と同じようなゲームしてるみたいだし。

 おまけに勝っても大した儲けにならないでしょ? だから、ほとんどのお客さんはカジノとか別のトコに行っちゃう。その他のお客さんはだいたい女の子目当てか、基本仲間内でワイワイやりたいだけのパーリーピーポーだし」


「うん。俺ならたぶん一回やっただけで飽きると思う」


「一回は早いなっ。でもまー、そういうお客さんが大半なんだよね。……だけどあの人は少し前まで、ずっとあたしのトコに来てくれて、単純なゲームをして、他愛もない話をしてくれてたんだ……」


 アサヒが尋ねた。


「どうしてリサさんのところに来なくなっちゃったんですか? ゲームに飽きたわけじゃないんですよね?」


 リサは気まずそうな顔をして、再びため息をつきながら頬杖をついた。


「あたしがあの人のこと、誘ったから……」


 その言葉にサクはドキッとした。リサは冷ややかな目をサクに向けた。


「誘ったって、変な意味じゃないからね? 食事に誘っただけなの。それも別に豪華なディナーとかじゃなくて、あの人がよく行ってる屋台に一緒に行こって言っただけ。それなのに……ごめん。リサのとこにはもう行けない。って」


「よく行ってる屋台……。リサさん、その屋台のこと知ってるんですか?」


「え? うん。休みの日に偶然入っていくところを見かけて、あとからこっそり入ってみたんだよね。

 昔は昼も営業してたみたいだけど、今は夜しかやってないらしくて、それっきり行けてないんだけど。美味しいカレーワンタン麺のお店」


 サクは急ぎ、ズボンのポケットから時計を取り出した。その時計を腕にはつけず、テーブルの下で覗き見る。

 針は、真後ろを指していた。

 サクはリサに訊いた。


「あの人、どこに住んでるか分かる?」


 リサは首を横に振った。


「知らない。本名だって、屋台のおばちゃんに聞くまで知らなかったんだから。……どうしてそんなこと聞くの?」


「あ、いや……」


 口ごもるサクの代わりにアサヒが答えた。


「幻の鹿の彫刻のありかを、あの人が知ってるかもしれなくて!」


「そ、そうなんだよ。前に話しただろ? 幻の鹿の彫刻を探してるって」


 リサは「そうだっけ?」と言って、首を傾げた。


「……ゴメン。力になれそうにないや。あたしはもう、あの人と顔合わせるつもりも話すつもりもないから」


「分かった。俺たちで聞いてみるよ。……ちょっとトイレ」


 サクはそう言って、椅子を下りた。トイレは反対側のカウンターのすぐ左隣にあった。

 時計を左腕にはめる。銀髪の男の背中を横目で捉えながら、トイレに向かう。

 ドアノブに手をかける。時計を見た。

 針は「4」の近く――右斜め後方を指していた。


 ――間違いない。あの人が「持ち主」だ。


 若い女性が両方の手を握りしめて、男の前に出した。眼鏡をかけた男は左の拳を指差した。女性が拳を開く。

 手のひらには、小さなサイコロが載っていた。




 サクがトイレから戻ると、なぜかアサヒの姿がなかった。


「アサヒは?」


「アサヒちゃんなら、あっち」


 リサの視線をたどる。アサヒは奥のテーブルで、他の客たちと何やらトランプを使ったゲームに興じていた。


「今日はもうやらないんじゃなかったのかよ」


「さっきの儲けだけじゃ、席料払ったらプラマイゼロだからねー。それにあたしのつまらないゲームじゃ、やっぱり物足りなかったんでしょ」


「そうか? 本気で楽しんでるように見えたけど」


 リサはニヤリと笑った。


「そんなんじゃ、ころっと騙されるぞー」


「はー? なんだよそれ」


 サクは不服顔で文句を垂れてから、「そういや」と話を変えた。


「リサって、なんでトーハにいるの? 家族は?」


 四年前。サクの自宅近所に住んでいたリサ一家は、突然引っ越した。ちょうど退去勧告が退去命令に変わった時だった。

 その後、次から次へと近隣の住民が退去していったが、大抵は町内の別の地域か、アルマなどの東部の別の都市へ転居したはずだ。

 だから、なぜリサはロクから遠く離れた南部にいるのだろうかと、サクはずっと疑問に思っていた。

 リサは透明の液体が入ったグラスを傾けてから、口を開いた。


「退去命令が出てすぐ、お兄ちゃんがアルマの上級学校に特待生で入学することになって……ちょうどいい機会だから解散しようってなったんだー」


「かいさん?」


 それがどういう意味の言葉なのか、サクはすぐには思い至らなかった。


「一家解散っ。ケイちゃんに『それを言うなら一家離散でしょ?』って言われたんだけど、解散の方がピッタリな気するんだよね。実際、パパとママが『解散』って言ったんだから。

 お兄ちゃんは『分かった』って。当たり前だよね。進路決まってるわけだし。家族のなかで行き場がないのはあたしだけだった。

 でもお兄ちゃん、最後にあたしに言ったんだ。『トーハには行くなよ。あそこは馬鹿が行く場所だから』って」


「……それで?」


「しばらくはそのまま一人で住み続けるつもりだったんだけど、なんか居心地悪くって。学校に行くのもダルいって思っちゃったんだよね。それで、親がくれたお金を持って家を出て、あっちこっち転々として、次はどこに行こうかと思った時に、お兄ちゃんが最後に言った言葉を思い出したの。……バカが行く場所ってことはつまり、あたしが行くべき場所ってことなんじゃないかって。

 実際来てみたら、バカな人なんて全然いなかったんだけどねっ。ケイちゃんなんて、すごく物知りだし、頭のいい学校行ってたみたいだし。ココで働いてるのは、ふぃーるどわーく? の一環とかなんとか言ってた」


「ふぅん……」


「ふぅんって、それだけ?」


 わざとらしく頬を膨らませたリサに、サクは尋ねた。


「リサは居たくてここに居るんだよな?」


 想定外の質問だったのか、リサは時が止まったかのようにしばらく固まった。


「……どうだろ? ツラいことも楽しいこともあったけど、ココがあたしの居場所だってそう思えた。でも今は――」


 言葉が途切れた。


「リサ?」


 リサはカウンターの上に両腕を置いて突っ伏した。


「ゴメン。すごく眠くて……。ちょっとだけこうしててもいい?」


「うん……」


 サクはグラスに手を伸ばした。残った氷がとけて、完全に透明な液体になろうとしていた。



 リサが起き上がった頃、タイミングよくアサヒが戻ってきた。


「見てみてっ。一万エルン!」


 アサヒは千エルン札の束を見せびらかしながら、どうだどうだと言わんばかりに顎をくいっと上げた。


「アサヒちゃん、スゴい!」


「ただのビギナーズラックだろ」


「サクは明日も明後日もバナナでいいの? せっかく山分けしようと思ったのに」


「……すみませんでした」


 サクはこっそりと後方に目を向けた。銀髪の男が立ち上がり、帰ろうとしていた。

 尾行しようか悩んだが、こんな時間に危険を冒してまですべきではないと思い、やめた。


 それから少しして。そろそろ帰ろうと席を立ったサクは、なぜか酒に酔ったパーリーピーポーに絡まれ、閉店間際まで賭けビリヤードをさせられた。

 初めてやったにも関わらず三戦三勝し、そしてなぜか一万エルンを手に入れた。

 アサヒが目を輝かせて言った。


「すごい! ビギナーズラックだねっ」


「嫌味か」


 サクとアサヒを残して、すべての客が店からいなくなった。どこからか流れていたジャズが、プツリと途切れた。

 リサは入口のドアに肩を寄りかからせて言った。


「よい子は早く寝るんだぞー」


「リサこそ、早く帰って寝なよ」


「あたしはまだ仕事が残ってるから、すぐには帰れないの! ……じゃ、ふたりともおやすみっ」


 リサは赤い唇の端を上げてウインクを決めると、静かな店内へ戻っていった。

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