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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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30話

 そこは大人の空間だった。


 わざと照明の数を減らしたような、やや暗い店内。

 中央にはビリヤード台が三台並び、奥にはダーツ台が五台と、四角いテーブルが一台置かれていた。

 左右の壁にはずらりと瓶が並んでおり、その手前には黒檀色のカウンターテーブルがあった。


 流れるジャズのリズムに乗りながら、数人の男たちがビリヤードをしている。

 サクたちはその横を通った。


「ここがあたしの定位置なの」


 リサがカウンターの内側に入って言った。


「さーさー、座って?」


 サクはカバンを床に置いて、丸い回転椅子に腰掛けようとした。

 その瞬間。ガタッと音を鳴らして椅子が傾いた。

 危うく落ちそうになったが、カウンターに手をついていたおかげで免れた。

 メガネの女性が慌てて近寄ってきた。


「まったく、リサったら。昨日椅子が壊れたから交換しなきゃって自分で言ってたのに、忘れちゃったの?」


「あちゃー忘れてた。ゴメンね、サクちゃん」


 リサは申し訳なさそうに両手を合わせたあと、メガネの女性に向かって言った。


「ケイちゃん、予備の椅子ってどこにあるんだっけ?」


「それも忘れちゃったの? いくらなんでもボケすぎ」


「ゴメンゴメン。あたし忘れっぽくて」


「知ってる。それにしてもひどすぎって言ってるの」


 女性二人が話しているあいだに、サクは床にしゃがんで椅子の裏側を確認した。


「なんだ。ネジが緩んでるだけか」


 六本あるネジのうち、四本が緩んで外れかかっていた。

 サクはカバンの中の工具箱からドライバーを取り出すと、ネジを締めた。


「これでよし」


 立ち上がって座面を叩く。女性三人の「おぉー」という声と、拍手が響いた。


「さすがサク!」

「サクちゃん、スゴい!」


「……緩んでたネジを締めただけなんだけど」


 呟きながら、サクは再び椅子に腰掛けた。

 リサがカウンター下からグラスを二つ出して言った。


「今ドリンク作るから、少し待っててねっ」


 しばらくして――。サクとアサヒの前に、ふちに輪切りのレモンがかけられたグラスが置かれた。

 それは海の浅瀬のように、青く透き通っていた。


「わぁ……きれい……」


 アサヒはグラスの中に吸い込まれるかのように、見入っていた。


「それ、サービスだからアルコールは入ってないよ。お酒が飲みたかったらちゃんと注文してね?」


「いらないし」


「サクちゃん、お酒飲めないの?」


「飲めない、こともない。けどいらない」


 本当のことを言えば、飲んだことがなかった。父も祖母も酒に弱い体質らしく、家には料理酒くらいしかなかった。

 サクはグラスに手を伸ばそうとした。と、その時。


「あ、忘れてたっ」


 リサが胸の前で両手を打ち合わせた。

 今度は何を忘れたんだ。とサクは思った。

 リサは透明な入れ物の中から、小さな赤い実をつまむと、それをサクのグラスにぽちゃんと入れた。


「はい、チェリー」


 そう言いながら、赤い唇の端を上げて艶やかに微笑んだ。


「はい。アサヒちゃんにも……って、めちゃくちゃ目キラキラしてる」


「すごい……こんなの初めて……」


「ふふっ。早く飲まないと炭酸抜けちゃうよ? ……サクちゃんも。顔赤くしてないで、早く飲んじゃいなよ」


「赤くしてなんかない!」


 サクはグラスを持つと、ゴクゴクと音を鳴らして飲んだ。炭酸が喉を通って、全身に染み渡っていく。だが清涼感とは裏腹に、体の熱はなかなか下がらなかった。

 これは本格的に熱中症になったかもしれない。と思った。


 やっと全身が冷めた頃、サクはリサに訊いた。


「ここって、バー?」


「そうだよっ。でも、ただのバーじゃないんだなー」


 そう言うと、リサは胸の谷間に指を入れた。ぎょっとするサクにふふっと笑いかけて、谷間から五百エルン硬貨を取り出した。


「いざ真剣勝負っ」


 コインが宙に舞う。ひゅるりと落ちてきたコインを、リサは両手で挟んだ。


「表と裏。どーっちだ?」


 サクは「表」と言い、アサヒは「裏」と言った。

 リサがコインの上の手をどかした。


「裏でしたー。アサヒちゃん正解! サクちゃんは不正解……ということで、はいっ。千エルン」


 そう言って、リサはサクの前に手のひらを出した。


「は?」


「ウソウソ冗談だって。今のは本番じゃないから」


「本番じゃないって……」


「ここは、あたしのような美女と賭け事して遊べるバー。賭場でバーだから、賭場バー? 語呂悪いか。

 ちなみに賭け事はやってもやらなくてもいいし、あのビリヤードのとこみたいに仲間だけで遊ぶやつらもいる」


「賭場……」


 サクはゆっくりと椅子を回して、店内を見た。ダーツにビリヤード、トランプ等、あちこちで勝った負けたという声とともに札が飛び交っている。

 カウンターの出入口を挟んだ隣で、さっきリサと話をしていたケイという名前らしいメガネの女性が、中年男性相手に何やらサイコロを振って接客していた。


「ケイちゃん……ぼくが五回勝ったら触らせてくれるって言ったじゃん」


「五回『連続』って言ったでしょ? まだやるの? それとも、もうやめる?」


「ケイちゃんのおっ……おっぱいのためならー!」


 ぎょっとするサクにリサが耳打ちした。


「アレ、本当はやっちゃダメなやつ。うちの店はあくまで健全な賭場だから」


 健全な賭場ってなんだ。とサクは思った。

 やがて中年男性は椅子を下り、とぼとぼと店を出ていった。


「またねー」


 手を振って男性を見送ったケイが、リサの元へやってきて言った。


「その子たちって、リサの知り合い?」


「うん。男の子の方は、あたしの幼馴染なの」


「へぇ~」


 ケイはメガネのつるを指で持ち上げながら、サクとアサヒをじろじろ見た。リサが言った。


「ふたりとも気をつけて。このお姉さん、ド変態エロメガネだから」


「どうもー。ド変態エロメガネのケイです!」


「自分で言うなっ!」


 ケイはニヤリと笑ってから、ふと何かを思い出したような顔をした。


「そういや、昨日の夜。廃墟で落雷があったらしいんだけど、知ってる?」


 リサが「落雷? 夜に?」と聞き返した。サクはアサヒと顔を見合わせた。


「変でしょ? 晴れてたのに雷なんて。ま、それはさておき。それでさ……噂によるとその雷、コトラたちに直撃したらしいよ」


 リサの顔が一瞬こわばった。


「へぇー、そうなんだ……。それで、あいつら生きてるの?」


「それが誰も致命傷になるようなダメージは受けてなくて、しかもコトラはピンピンしてるらしいよ? 子分たちはみんな火傷したり、足とかあばらの骨折ったりして動けないのに」


 サクは男たちを殺していないことがわかって、ひとまずほっとした。と同時に、コトラという男が自分たちに復讐しに来ないか、不安に思った。

 リサがため息をついて言った。


「なーんだ。いっそのこと、全員ドブ落ちすればよかったのに」


 ――ドブ。


 サクはその言葉が妙に引っかかって、リサに尋ねた。


「ドブって、何のこと?」


「ドブっていうのは…………なんだっけ?」


「まったく、リサは」


 ケイがリサの代わりに説明した。


「ドブっていうのは俗語で、『不浄の地』を指す言葉なの。……あ、リサの幼馴染ってことは東部出身か。それなら『零域』って言えば分かるよね?」


「はい」


「南部のここらの地域ではね、昔、病気になったり怪我をしたりして使えなくなった奴隷たちを、北へ運んだの。

 広い丘の先に緩やかな谷があって、台車に乗せた奴隷たちをそこから落とした。台車がまっすぐ滑るように、あとから台車を引き揚げて回収できるように、奴隷たちにレールを敷かせて、設備を整えさせてね。

 台車を落とすのも奴隷だった。その奴隷も、支配する人間も、誰も罪悪感など持たなかった。多くの奴隷たちにとって、そこは最後に行きつく安息の地だった。支配階級の人間にとっては単なる廃棄場所だった。

 やがて奴隷制度は廃止された。かつて奴隷だった人々は、かつて支配階級だった人々と同じようにその場所を忌み嫌った。穢れた場所――すなわち『不浄の地』として」


「え……全然知らなかった」とリサが言った。


「ちゃんと言葉の意味、知ってから使いなー。それにドブ送りとかドブ落ちとか言ってるのって、本当にヤバい奴だからね。実際やってるし」


 アサヒが首を傾げた。


「やってる……?」


「そう。トラックに人乗せて、観測塔に売り渡してるって噂。塔にはろくな人間がいないから、観測のためっていう大義名分を得たつもりなのか、好き放題やってるらしいよ。もちろん、塔に出資してる金持ちらもグル」


 南部の塔は一体どうなっているのか。ロクにある北東観測塔とは大違いだと思った。

 それに、自分が売られて殺されそうになったことについて、サクは改めて恐怖を感じた。

 リサが言った。


「サクちゃん、アサヒちゃん。廃墟の方には本当にやばいやつらがいるから、絶対に行っちゃダメだよ。ここらへんはテリトリー外だから、比較的安全っちゃ安全だけど、できるだけ裏の方には行かないでね。

 特にアサヒちゃんは気をつけて。あいつらが真っ先に狙うのは、アサヒちゃんみたいな子だから」


「……分かった」


 サクは引きつった表情で答えた。アサヒも「はい」と言った。


「そういや、それ」


 ケイがサクの左手首を指差した。


「さっきからずっと気になってたんだけど、壊れてない?」


「えっ。あぁ、そうなんですよ。明日修理に出すつもりで……」


 サクは慌ててテーブルの下に腕を隠すと、時計を外してズボンのポケットに入れた。


「ふぅん。時計って、そんな壊れ方するんだね」


「そう、みたいですね……」


 言及されると面倒だ。サクはあまり腕時計を人目にさらさないよう、注意しなければと思った。

 店の中が急に騒がしくなった。椅子を回転させて後ろを見る。入口から十数人の客が店の中へ流れ込んできていた。

 ケイは「いらっしゃーい」と言いながら、入口の方へ向かっていった。リサが呟くように言った。


「混んできたなー」


「じゃあ俺たち、もう出るよ。ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」


 サクとアサヒは椅子を下りた。


「うんっ。次はちゃんと勝負してね?」


「しないよ」とサクは言ったが、「ぜひ!」とアサヒは答えた。


「いや、なんで……」


「だって、今のところ他に稼ぐ手段がないんだよ? このままだと所持金は減っていくばかりなんだよ?」


「負けたら?」


「……その分、わたしのご飯は抜きでいい」


「駄目。却下」


「なんで?」


「駄目なものは駄目」


「何それ。理由になってない! サクが理屈っぽいこと言わないなんて。屁理屈言わないサクはサクじゃない!」


「俺がいつ屁理屈なんて言ったよ?」


 アサヒはふいっとそっぽを向いた。


「お取り込み中のトコ悪いんだけど……ゴメン。席料もらうの忘れてた。一人千エルンずつくれない?」


 そう言って、リサが両手を出した。

 サクは黙ってアサヒと顔を見合わせた。


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