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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第二章 南の風が吹き荒れる
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28話

 男たちが一斉にサクを見た。

 その一瞬。アサヒが男の持つ金属バットを奪い取って、大きく横に振った。

 バットはそばに立っていた男二人のみぞおちに食い込んだ。


「うぐっ」


 不意打ちを食らった男たちは、うめき声を出して後ろに倒れた。

 アサヒはそのままバットをチェーンの男に向かって投げつけた。

 横に一回転したバットはみぞおちではなく、股間にヒットした。チェーンの男はその場にうずくまり、動けなくなった。

 アサヒはサクの元へまっすぐ駆け寄ろうとしていた。


「てめぇ。よくも!」


 何のダメージも受けていない鉄パイプの男が、鬼の形相でアサヒに詰め寄る。

 男は両手で鉄パイプを握りしめ、振りかぶった。

 上から――いや違う。サクは男の肘がわずかに横に動いたのを見逃さなかった。咄嗟に叫ぶ。


「しゃがめ!」


 鉄パイプがアサヒの頭上をすり抜ける。まさか空振りすると思っていなかったのか、男は勢いあまってよろめいた。


「クソヤロー!」


 体勢を立て直そうとした男の顔面に向かって、サクはライトを思い切り投げつけた。

 ゴンッ。と鈍い音がした。ライトが地面に転がる。

 男は額から血を流しながら、鉄パイプを地面に突き立てた。


 他の男たちもよろよろと起き上がろうとしていた。

 と、次の瞬間。地面に転がったライトが、火花を散らしながらくるくる回転し始めた。


「なっ。なんだ!?」


 サクはアサヒの手首を掴んだ。


「今のうちに逃げよう」


 そう言って、走り出した。一瞬、強烈なフラッシュを背後に感じた。

 男たちの絶叫と塀が崩れるような音が聞こえたが、気にしなかった。

 サクはアサヒの手首を掴んだまま、走って走って走り続けた。できるだけ遠くへ。人通りの多いところへ――。


 そう思って走り続け、たどり着いたのは、夕飯を食べたあの屋台街だった。

 夕方とは打って変わって、屋台はどこも賑わいを見せていた。


「あれ? 元の場所に戻ってきちゃったね」


 と、アサヒが呟くように言った。不思議なことに、あれだけ走ったにもかかわらず、アサヒはあまり息があがっていなかった。

 サクは肩で息をしながら膝に手をついた。下を向くと、夕方食べたカレーワンタン麺が出てきそうだったので、無理にでも顔を上げていた。

 呼吸が落ち着いてきたところで、汗で肌に張り付いたTシャツを引っ張りながら、ゆっくりと歩き出した。


「……危ないところだった。もっと用心するべきだった。……あぁいうところには行かないようにしないと」


 口にしてから、本当に危険な目に遭ったことを実感した。


「うん。気をつけないとね……。ところでさっきのって――」


「あぁ、あれ。閃光弾のつもりだったんだけど……」


 そう言いながら、サクは右手を開いてじっと見つめた。咄嗟にかけた魔法。逃げるため、目くらましになればいいと思った。

 男たちの絶叫が耳の奥で鳴り響く。殺傷能力は無いはずだが……まさか殺してしまってはいないだろうな?

 急に不安になり、サクは身震いした。

 そんなサクの心のうちを見透かしたように、アサヒが言った。


「あの人たちなら大丈夫だよ。たとえ骨が十本くらい折れてたとしても、多少ヤケドを負ってたとしても、きっと生きてるよ」


「それならそれで、復讐されるのが怖いけど」


「ケガした状態で? まさか。泣いて謝ってきたら、この手で治してあげてもいいけどねっ」


 アサヒは余裕げにそう言うと、顎をくいっと上げた。

 あんな目に遭って、怖くはなかったのだろうか? サクは珍獣を見るような目でアサヒを見た。


 ともかく今晩泊まる宿を探すため、サクは近くの通行人に尋ねた。

 若干酒の臭いのするその通行人が教えてくれた道を、二人は進んだ。

 ふと、アサヒが呟くように言った。


「ねぇ、サク。……さっきはありがとう」


「礼を言うのはこっちの方。目の前にあのライトがなければ、何もできなかったわけだし」


「そうじゃなくて――名前」


「名前?」


 サクは不思議に思って、アサヒの顔を見た。アサヒはサクの瞳を見つめ返した。


「やっと名前を呼んでくれたから」


 あっ。と思ったが、声にはならなかった。

 父との関係に踏み込んでしまわぬように、この少女と深く関わってはいけないと、無意識に線を引いていた。

 ただでさえ人と打ち解けるのに時間がかかる質なのに、そのせいで名前すら呼べずにいた。

 もしかすると、そのことで知らず知らずのうちに傷つけてしまったのではないか……。

 サクはアサヒの揺れるポニーテールを見ながら、そんなことを思った。


「あっ!」


 突然、アサヒが声を上げて立ち止まった。


「なんだよ……」


「見てみて! この道をまっすぐ行ったら、近道じゃない?」


 サクはアサヒの視線の先を見た。建物と建物のあいだの細い通路。すぅーっと伸びたその通路の先に、きらびやかなネオンの光が見えた。

 アサヒはその狭くて暗い通路を進もうとしていた。

 サクは躊躇した。つい数時間前、この通路と同じ様に暗くて人通りのない路地裏で暴行されかけた体験が、足にブレーキをかけていた。


「ほら、行こっ」


 そう言って、アサヒは通路を突き進んでいく。

 待って。と言いかけたが、もう遅かった。前を行くアサヒの背中はどんどん小さくなっていく。

 たった百メートル。おそらくそれくらいの距離しかない。何かあっても、走って抜ければ問題ない。

 アサヒに追いつこうと、サクは駆け足で通路を進んだ。と、その時。

 突然右側の建物のドアが開いて、光が差し込んだ。


「わっ」


 急ブレーキをかけてつんのめりそうになったサクの前に、丸みを帯びた白っぽい何かが現れた。

 すぐにそれが女性の胸であることと、しかもそれを凝視していることに気づいたサクは、慌てて後ろに下がった。


「すみません!」


 深く頭を下げる。


「ゴメンねー。あたしが悪いの。のぞき穴から外を確認するの、忘れちゃってて」


 頭を上げかけたサクの元に、アサヒが戻ってきて言った。


「サク? どうしたの?」


「あ、いや。ちょっと人とぶつかりそうになって」


「…………もしかして、サクちゃん?」


「えっ」


 サクはぶつかりそうになった女性の方を向いた。

 太ももや胸元を露わにした、黒のドレス。首に光る小ぶりなネックレス。

 なだらかな肩に沿うように流れる、ほとんど金髪と言っていいほど明るく染まった茶髪。

 こんな大胆な格好の女性、故郷ロクでは見たことがない。

 だが、その顔にはどこか懐かしさを覚えた。優しげな黒い瞳。それを印象づける、右目の横のほくろ。


「……リサ?」


「やっぱり! やっぱりサクちゃんだ!」


 リサは興奮したような声を出して、サクと距離を詰めた――が。


「汗くさっ」


 鼻をつまんですぐに離れた。

 リサは鼻から手を離すと、アサヒの顔をちらちら見ながらサクに言った。


「ところで、どうしてこんなところに? それに女の子と一緒って……」


「いや、別にそういう関係では」


「そういう関係って?」


 と、リサは真面目な顔で訊いた。


「え。だから……」


 口を半開きにしたまま固まるサクを見て、リサは「ぷっ」と吹き出した。


「まったく、サクちゃんは変わらないなー」


 リサはアサヒに体を向けると、笑顔で言った。


「あたし、リサ。サクちゃんの四つ上のお姉ちゃん」


「嘘をつくなよ」


「嘘? 嘘なんて……あっ。『元ご近所の』が抜けてたっ!」


 アサヒはにこやかに言った。


「アサヒです。よろしくお願いします、リサさん」


「よろしくねっ! アサヒちゃん。……って、だからどうしてこんなところに?」


 サクが答えた。


「色々あって……とりあえず今は至急今晩泊まる宿を探してたところなんだけど」


「なるほどねー。いや待てよ? てことはやっぱり……」


 そう言って、リサはサクの顔を見た。その目は若干の冷気を帯びていた。


「ま、いっか。いいトコ紹介してあげる! ゴミ出し終えるまでちょっと待ってて。ここじゃ邪魔になるかもしれないから、中で」


 サクとアサヒはリサに言われるがまま、開いたドアから建物の中へ入った。そこは何かの店の裏口のようだった。

 ドア近くには空になった瓶が積んであるだけで、何の店かは分からなかった。

 まさかこんな場所で昔馴染みに出会うとは……。そう呆然としていると、薄手のガウンを羽織ったリサが戻ってきた。


「おまたせー。さっ、レッツラゴー!」


 サクはリサの後ろを歩いて、狭くて暗い通路を通り抜けた。

 まばゆいネオンの光に、思わず目を細める。色鮮やかな光に囲まれ、異空間に迷い込んだような気持ちになった。

 しかし歩くうちに徐々に慣れていき、周囲を観察する余裕ができた。

 男女が腕を組んだり、肩を寄せあったりしながら歩いている。どこもかしこもカップルだらけ――。


「あのさ……ここって……」


 前を歩くリサが振り返って答えた。


「見てわかる通り、ラブホ街だけど?」


 サクは顔を真っ赤にして――というより、全身を真っ赤に染め上げて言った。


「ち、違うって。俺たち本当にそういう関係じゃないから!」


 その時。


「ラブホって何?」


 と、アサヒが言った。サクとリサはぴたりと足を止めた。


「え……」


 サクはアサヒの顔を見た。その表情を見るに、わざと知らないフリをしているとは思えなかった。


 ――嘘だろ? 俺より一つ年上で、しかも父さんと一緒にあちこち行っていたはずで……。


 自分が勝手によからぬ想像をしていただけなのかもしれない。とサクは気がついた。

 父と彼女は本当にただの「先生」と「教え子」で、それ以上の関係ではないのだと。父との関係に踏み込むも何も、そもそも大層なことは何もないのではないかと。

 黙ったまま考えを巡らすサクに、リサが冷たい視線を向けた。


「サクちゃん……。まさか純真無垢な乙女をだまして……」


「だから、さっきから何度も違うって言ってるだろ? 第一ここがそういうとこって知らずに来たんだから。……ったく、あの酔っ払いオヤジに訊いたのが間違いだった」


 アサヒは眉間にしわを寄せて、首を六十度傾けていた。

 リサはアサヒを見て、う~んと唸ってから「そうだっ!」と声を出した。


「ついてきてっ。ふたりにピッタリのトコがあるの」


 サクは疑いつつも、リサについて行った。



 ――ここって……。


 どう見てもラ*ホな外観。他のホテルと何ら変わらない。派手なネオンサインと、その横で踊るピンクのハートマーク。

 リサはためらう素振りも見せず、入口のアーチをくぐった。


「早く来ないと、おいてっちゃうよ?」


 振り向きざまにそう言って、色っぽく笑った。


 中は外よりも暗かった。天井のライトが、紫からピンクへ流れるようにゆっくりと変化した。

 受付カウンターの横には水槽が置かれていて、中を熱帯魚が優雅に泳いでいた。 

 サクたちはその水槽を素通りして、天井のライトと同じ色の足元灯が灯る通路をまっすぐ進んだ。

 突き当たりに、非常口とおぼしき鉄製のドアがあった。リサがそのドアを引いた。


 そこはさっきよりも暗い廊下だった。明かりと呼べるのは緑色の誘導灯と、火災報知器の赤いランプのみ。まるで映画館のような暗さだった。

 しかし歩いていくうち、視界は徐々に明るくなった。そして、広間に出た。

 さきほどとは対照的に、驚くほど明るい空間だった。清潔感のある、白いタイルの床。そこに大きな観葉植物と薄橙色のソファがいくつか置かれていた。

 真向かいの大きな窓からは、通りを歩く人々と、星の瞬く夜空が見えた。


「ここって……」


 呟くサクに、リサが答えた。


「こっちは表側。ココって、表と裏があるの。こっちはビジネスマンとか、一般の旅行客が利用する安めのホテルなんだけど……実は裏側のラブホと繋がってるんだよねー。

 あっ、このことは内緒ねっ。あんまり人に知られると厄介だから」


 呆然とするサクをよそに、リサはガウンのポケットに左手をつっこみながらアサヒに尋ねた。


「こっちには、いつまでいる予定なの?」


「決めてないです。わたしたち、探し物をしていて……それが見つかるまではここにいたいんですけど」


「探し物って?」


 サクはハッとして、慌てて口を挟んだ。


「実は俺たち、仕事で来てるんだよ。大富豪のおばあさんに頼まれて、幻の鹿の彫刻を探しててさ」


 アサヒが口裏を合わせたように言った。


「そうなんです! それはそれは素晴らしい鹿で……カビトルさんっていう、とにかくすごい芸術家が作ったすごーい鹿なんです!」


 サクは苦笑しかけた顔をギリギリのところで元に戻した。


「……そっか。サクちゃんも大変だね。学校に行かずに働いてるなんて……。仕事なら仕方ないかもだけど、ココにはあんまり長くいない方がいいよ」


 リサはそう言うと、左手をポケットから出した。その手に、チケットのようなものが十枚ほど握られていた。


「はい、ホテルの割引券。よかったら使って? まだたくさんあるから、無くなったらまたあげるねっ」


「やったー! ありがとうございます、リサさん!」


 アサヒは目を輝かせて、その券を受け取った。


「そんなに喜ばれると照れちゃうなー。……あ、そうだっ! 明日、ウチの店においでよ。ドリンクしか出せないけど、一杯おごるから!」


 リサはまたガウンのポケットに、今度は右手をつっこんで財布を取り出すと、中から一枚の小さな紙を取り出した。

 サクは受け取った紙に書かれた文字を読み上げた。


「レメディ……」


「一応住所も書いてあるけど、大体の場所はわかるでしょ? 遅い時間だと混むから、早めに来てほしいんだけど……夕方の六時はどう?」


「うん、いいよ」とサクは答えた。


「それじゃー、あたしはもう行くね。……おやすみっ。サクちゃん、アサヒちゃん」


「おやすみなさい、リサさん」

「また明日」


「うん。また明日っ!」


 背中を向けたリサは、暗い廊下に入る直前で足を止めて振り返った。

 鼻をつまむ仕草をしながら、サクに向かって「ちゃんとシャワー浴びるんだぞー」と言った。


「分かってるよ!」


 サクは疲れきった顔で言い返した。




「おやすみ、サク」


 アサヒはにこりと微笑んでそう言うと、隣の部屋のドアを開けて中へ入っていった。

 サクは四畳半ほどの狭い部屋に入った。すぐにTシャツを脱ぐ。それを顔面に近づけた。


「くっ……さっ」


 染み込んだ汗の臭いに、思わず顔をしかめる。


 ――とにかくシャワーを浴びないと。


 心の中で呟きながら、シャワー室の明かりをつける。

 歩いて、走って、また歩いたおかげで、足はもうフラフラだった。まぶたも重い。気を抜くと閉じてしまいそうなほど、眠かった。


 こくりこくりとしながら、蛇口をひねる。すると、冷たい水が勢いよく全身に降りかかった。


「うわっ」


 慌てて蛇口を閉めた。驚きと冷たさで、眠気は一瞬にして引いてしまった。

 そして、ふと気がついた。


 膝上に、拳ほどの大きさのあざが出来ていた。


「これって……」


 約四時間前。肩を強く押されて、突き飛ばされた。背中を強く地面に打ちつけた。

 だがしかし――足は、何にもどこにもぶつけていない。 


 背中のあざ。みぞおちのあざ。どちらも一向に治る気配がない。

 一つ目のあざは、財布に魔法をかけた後に見つけた。

 二つ目のあざは、絵にかけられた魔法を解いた後に見つけた。

 そしてライトに魔法をかけた今日、三つ目のあざが現れた。


「あぁ……そうか」


 サクはあざだらけで帰ってきた父の姿を思い返した。


 これは魔法の「代償」だ。そう、確信した。


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