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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第一章 東の空に陽が昇る
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26話 コネクションⅡ(2/2)

 老人――『アマニ古物堂』の店主アマニは、ユカリたちを店の奥へと案内した。

 

「ちょいと片づけるから、座って待っててくれんか」


 そう言って、テーブルの上に無造作に置かれた工具を端へ寄せる。


 ユカリはシュウと椅子に並んで腰掛けた。

 アマニは片づけを終えると、近くのレトロな冷蔵庫から麦茶の入ったガラスポットを取り出した。その横のショーケースからグラスを三つ取り出すと、テーブルの上で注いだ。


 ――これって売り物じゃないのかな……?


 なんてことを思いながら、ユカリはグラスを受け取った。

 アマニは麦茶を一口飲んでから、ゆっくりと口を開いた。


「……あの子の父親、ダンとは古い付き合いだった。ダンがまだ十二、三の頃、一人で店にやってきたんだ。

 初めは子どもの来るような場所じゃないと言って、追い出そうとしたんだが……。驚いたことに、ダンはここに置いている商品の製造年代、希少性、市場価値を次から次へと言い当てていった」


 驚いたように「へぇ」と呟くシュウに対して、ユカリはさして驚きもせず話を聞いていた。


「年のわりに大人びた子だった。ものをよく知っていた。

 ある時ワシは、同業の知り合いから珍しい『腕時計』を譲り受けた。手巻きの機械式でな。古い物だとは思うんだが……知り合いが言うには誰にも価値が分からない物なんだそうだ。

 銀製のように見えるが、時々緑や紫のような不思議な色に光り輝く。持つとほのかに温かく、羽のように軽い。これが、一体何でできていて、いつ、どこで製造された物なのか。どのくらい価値のある物なのか、ワシには全く判別がつかんかった」


 アマニはグラスについた水滴を指で拭いながら、言葉を続けた。


「その時計を、ダンは珍しく欲しがった。それまでダンが何かを欲しがることなんてなかったから、とても珍しいことだった。

 ワシは不思議に思って尋ねた。この時計は一体何なのか。なぜ欲しがるのか、と。……ところが、ダンはかすかに笑みを浮かべながら、たった一言こう言った。『ひとめぼれしてしまったんだ』と」


 ダンの言いそうなことだとユカリは思った。

 冗談なのか本当なのか分からない。

 何かを隠している時、ダンはよく冗談を言った。飄々とした態度と口調で、相手に追及する隙を与えない。

 その時計の件も、同じだろうか。何かを隠していたのだろうか……。今となっては知る由もないが。


 ユカリはアマニに尋ねた。


「それで、その時計はダン君にあげたんですか?」


 アマニは深く頷いた。


「ダンが十六になった時に、手渡した。元々ここらの地域では、十六歳の誕生日に親から子に腕時計を贈る風習があったから、ちょうどいいと思ってな。……まぁ、親子ではないんだが」


 十六歳……。とユカリは心の中で呟いた。


「時計を渡したあと、なぜかダンはめっきり店に来なくなった。だが、それから五、六年経ったある日、突然やってきた。息子を連れてな」


「その当時、サク君は六歳くらいですよね?」


 とユカリはすかさず言った。シュウが「ん?」と声を出した。


「あぁ。正直驚いたよ。随分早くに結婚したんだなと思ったが、結婚はしてないと言うから余計にな。

 ……それでダンはワシに、息子に修理の手本を見せてやってほしいと言った。なんでも、息子が家じゅうの物を分解してしまい、元に戻せなくて困っているんだそうだ。

 言葉で説明しても子どもには難しい。自分は不器用だから手本を見せられない。と」


 そう言いながら、アマニは視線をテーブルの端の工具へやった。


「それからたまに親子でここへやってきては、おもちゃのミニカーやらラジカセやら、いろんな物を分解して元に戻してを繰り返した。

 やがてあの子の興味は、物を分解することから物を直すことに移った。この店に置いてある安いジャンクのカメラなんかを、試行錯誤しながら直したりな」


 シュウが顎に手を置いて呟いた。


「なるほど……。それでサクは修理が得意だったのか」


 アマニはこくりと頷いた。


「あの子は手先が器用だったから、上達も早かった。……対抗心が湧いたのか、ダンがたまにあの子のいないところで挑戦しておったが、見るも無残なことになっとったな。あれは不器用にもほどがある」


 あぁ……。と、ユカリはダンを憐れんだ。

 少し間を置いてから、アマニは静かな目をして言った。


「三年前にダンが突然失踪したあとも、あの子はよくここへ来た。カメラでもラジカセでも、なんでもいいから壊れた物があれば譲ってくれと言ってな。

 何かに集中していれば、余計なことを考えなくて済むだろう? あの時のあの子はまさにそんな状態だった。途切れることなく没頭していたかったんだろう。

 ……ダンが戻ってきて――そして亡くなったことを知ったのは、三ヶ月ほど経ってからだった。

 毎週のようにここへ来ていたあの子がパタリと来なくなってな。心配していたところに、突然ふらりとやってきた。直したいが、どうしても直せない物があると言って。

 それはワシが以前、ダンにやった腕時計だった」


 腕時計……。ユカリは不思議に思いながら尋ねた。


「その腕時計は、どうして壊れてしまったんでしょうか?」


「分からん。ワシもあの子に訊いてみたが、分からないと言っておった。外部に目立つような傷は無かったし、中の部品も綺麗なままだった。

 だが残念なことに、どうやってもその時計は直らなかった。針はぴくりとも動かんかった」


 アマニは麦茶を一口飲むと、寂しげな表情で呟いた。


「父親の形見ともいえる腕時計を、なんとか直してやりたかったんだがな……」




 ユカリとシュウは『アマニ古物堂』をあとにした。

 車を走らせながら、シュウが呟いた。


「結局、何の手がかりも得られなかったね……」


「うん。だけど、ありがとう。お店を探してくれて、一緒に行ってくれて。……それに、私の知らないサク君やダン君の話を聞けてよかった」


「叔父さん――サクのお父さんってそんなに若かったんだね。ちょっと驚いた」


「うん。私と五歳しか違わないから」


「五歳……」


「それがどうかした?」


「い、いや、なんでもない」


 シュウはユカリのアパートの前に、車を停めた。

 車を降りたユカリは、運転席のシュウに向かって言った。


「今日は本当にありがとう」


「うん。……あのさ」


 シュウが真剣な眼差しでユカリを見つめる。


「さっきの店でおじいさんが『何かに集中していれば、余計なことを考えなくて済むだろう?』って言ってたけど、ユカリさんもたまにはサクのことから離れてみるのはどうかな。

 もちろん、余計なこととは言わないよ。僕も担任教師として、生徒の無事を祈っているし、引き続き手がかりを探すつもりでいる。

 ただ、進まない課題を無理に考えるより、心の片隅で信じ続けてもいいんじゃないかな? と思って」


 ――心の片隅で信じ続ける……。


「じゃあ、僕はこれで」


 シュウはそう言うと、車を発進させて去っていった。




 晴天の日の、午後。

 ユカリはいつものようにタツキとビルの屋上に立っていた。

 双眼鏡を覗く。届くはずのない草の匂いが鼻先を掠めた。


 定時観測。

 それは、各塔に義務づけられている基本業務の一つだった。

 気温、湿度、風向き等、気象状態の記録。塔より数キロ離れた各地点の、目視での変化の記録。

 ユカリは、タツキに建前上はああ言ったものの、時々、この行為に意味はあるのだろうかと考えていた。


「――はい、チェック終了。ちょっと早いですけど、もうあがってもいいですか?」


 そう言いながら、タツキは首にかけた双眼鏡を外した。


「駄目って言ったら?」


「え……」


 ユカリはちらりと後ろを振り返った。長く観測する時や普段の休憩に使う、青色のベンチがそこにあった。


「少し座って話さない? 終業時刻まで、まだ少しあるから」


 ユカリはベンチにタツキを誘導した。

 タツキは不満を顔に出したまま、ユカリの隣に座った。


「タツキ君は、どうしてこの仕事を選んだの?」


「……別に理由なんてないですよ。就職試験に落ちまくってどうしようかと思ってたところに、たまたま目に入った求人がここだったってだけで。他に条件のいいところ無かったし。

 受けてみたらあっさり受かったんで拍子抜けですよ。他にやりたい仕事も無いし、まいっかって思って」


「そうなんだ」


「先輩こそ、なんでこんな特殊な仕事選んだんですか?」


「私?」


 ユカリは遠くの青い山に目を向けて答えた。


「私は、昔住んでいた場所に帰ってきたかったから……ただそれだけ」


「そんな理由で?」


「うん。帰る理由が欲しくて。理由がないと駄目な気がして……。

 だけど結局、帰れなかった。昔住んでいた家はもう無くなってしまったし、会いたかった人達ももういない」


「じゃあ、この仕事続けてる意味無いじゃないですか」


「そうだね。なんで続けてるんだろう……」


「えぇ……」


 タツキが面倒くさそうな目をユカリに向けた。

 ユカリは意に介さず言った。


「たぶん、続ける理由も無いけど、やめる理由も無いからだと思う」


「それってつまり、惰性ってことですか」


「惰性……そうかもしれない。だけど、それって悪いことなのかな?

 これって意味のあることなのかなとか、もっと別の道が、別の方法があるんじゃないかって考えたり焦ったりしてしまう。誰だってそう。

 でも、どんなに考えたって焦ったって、必ず答えが見つかるとは限らない。そんな時は一旦考えるのをやめて、流れに身を任せてもいいかなって。そんなことを、つい最近考えたの」


 ぽかんとしているタツキに、ユカリは優しい口調で言葉を続けた。


「タツキ君。無理にとは言わないけど……もし、やめる理由が無いなら今の仕事を続けてみてほしい。それでもし、やめる理由が見つかったら……私に教えて?」


 タツキはしばし黙っていたが、こくりと頷いて言った。


「……はい。わかりました」


 ユカリはタツキの手から双眼鏡とクリップボードをとると、立ち上がって言った。


「お疲れさま。本日の業務は終了です」


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