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魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第一章 東の空に陽が昇る
25/104

24話

 ドアを開けると、店主がカウンターの内側に立って夕食の支度をしていた。

 店主はサクを見て、


「おかえり。暑かったでしょう。何か冷たい飲み物でも飲むといいよ」


 と言い、隣で皿洗いをしていたアサヒにも、「何でも好きな物飲んでいいよ。パフェでも」と言った。


「パフェは飲み物じゃないですよ!」


 アサヒは笑いながらそう言うと、パフェを作りはじめた。


「サクも食べる?」


「いい。甘いものあまり好きじゃないし」


「ふぅん。じゃ、アイスコーヒーでいい?」


 サクは「うん」と返事をしながらカウンターの椅子に座った。すぐにテープの剥がれかかった不格好なコースターが出てきて、その上に水滴のついたグラスが載った。

 アサヒはパフェを完成させると、立ったままぱくぱく食べ始めた。


「それで、ルゥさんには会えたの?」


「いいや。ルゥさんには会えなかったけど、偶然ルゥさんの言ってた北部出身の画家に会えて、少しだけ話を聞いた」


「へぇ〜、よかったね」


 アサヒは一言そう言うと、またパフェをぱくぱく食べた。話の内容に興味はないらしい。

 サクの方も、老人から聞いた話以上のことを知りたいとは思わなかった。「アリエス」とは北部の伝承上の人物で、そのことを物知りな父は知っていた。それだけのことだ。

 アイスコーヒーを飲み終える寸前、店のドアがカランコロンと鳴った。


「ただいま」

「ただいまー!」


「おかえ……」


 ドアの方を向いた店主が絶句した。アサヒが驚いた表情で言った。


「モモちゃん、髪」


「かわいいでしょー」


 右腕に薄ピンク色のクマのぬいぐるみを抱えたモモが、朝と同じようにくるりと回った。

 しかし、朝とは大きく違う点が一つ。

 両耳の下にあったはずの、三つ編みのお団子が――ない。


「モモがお母さんと同じ髪型にしたいって言うから、美容室で切ってもらったんだよ。ついでに僕も切ってもらっちゃった」


 ヒロはそう言いながら、サクの隣に座った。モモは先にクマを座らせ、ヒロとクマのあいだの椅子によじ登った。

 店主がひきつった笑みでモモに言った。


「か、かわいいねー。似合ってるよ」


「でしょー」


 モモは得意げに顎をくいっと上げた。


「うん。暑くなってきたし、明日からアサヒさんはいないし、お父さんはあまり髪結ぶの上手じゃないし……うん」


 なんとか納得しようとしている店主に、娘がショートカットになったのがそんなにショックなのか? と、サクは首をひねった。

 アサヒがヒロとモモの前に、不格好なコースターとオレンジジュースの入ったコップを置いた。

 ヒロとモモは声を揃えて「ありがとう」と言うと、ジュースをぐびぐび飲んだ。

 店主が小声で呟く。


「でも……せっかく今朝、かわいい髪型にしてもらったのに。もったいないなぁ」


「髪型なんて、一日だって持ちませんよ? それに」


 アサヒはカウンターを出て、モモの隣に立った。ポシェットからピンク色の小さな花の髪飾りを出すと、モモの左耳の上につけた。


「こうすれば、朝よりもっとかわいい」


 モモはパチパチとまばたきをした。自分の頭に手をやり、指先で髪飾りの存在を確かめている。


「本当は明日渡そうと思ってたんだけど、今の方がいいと思って。――モモちゃん、前にわたしの髪飾りを見て『いいな~』って言ってたでしょ? モモちゃんはピンクが好きだから、ピンクのお花にしたよ」


「マーちゃんといっしょ?」


「うん。いっしょ」


 アサヒはそう言って、微笑んだ。

 店主が鏡を持ってきて、モモの前に置いた。鏡に映った自分の姿を見たモモは、「かわいー!」とはしゃいだ。


「よかったね、モモ」


「うん!」


 それからずっと、夕食中も、モモは嬉しそうにニコニコしていた。




 翌朝。起床したサクは、シンプルなモスグリーンの半袖Tシャツと黒のズボンに着替えた。

 床に広げていた新聞紙と、その上に載っていたコースターを持って、一階へ下りる。


「あまりに不格好だったので、テープを外して、側面をやすりがけしておきました」


 サクは八枚のコースターを店主に渡した。

 店主は驚いた表情でコースターを一枚一枚めくった。


「これ全部? やすり、わざわざ買ったの?」


「いえ、たまたま持っていたんです」


 やすりは工具箱の中に入っていた。


「たまたま? やすりを? あー、なるほど。冒険に使うんだね! サク君たちは、冒険家だから」


 店主の想像の世界で、やすりがどんな使われ方をしているのか、全く分からなかった。


「本当にありがとう」


 そう言って、店主は穏やかに微笑んだ。


 アサヒ、モモ、ヒロの三人が二階から下りてきた。

 アサヒはいつもの袖の短い水色ワンピースを着て、これまたいつもと変わらず、金髪のポニーテールに青い花の髪飾りをつけていた。

 すでに荷造りを終えたのか、肩にポシェットをかけ、手には布製の手提げ袋を持っていた。

 

 サクたちは、いつものように店の奥のテーブルで朝食を食べた。ヒロがいつものように、凄まじい形相でコーヒーを飲み干した。


 朝食を終えると、サクは再び屋根裏部屋へ上がった。

 荷物をまとめる。来た時と変わらず、どこにでもある帆布のカバンに、財布と工具箱。

 そこに最低限の着替えやらが加わっている。暇つぶしに読んだ本は、昨日ヒロにあげた。

 カバンを肩にかける。元通り、ベッドが二つあるだけの簡素な部屋を見回して、階段を下りた。


 サクが一階へ下りたのと同時に、アサヒが手提げ袋を持ってソファから立ち上がった。

 店主がカウンターの内側から出てきて、


「二人とも、これを持って行って。暑さで喉が渇くだろうから」


 そう言って、冷たい円筒形のボトルを手渡してくれた。

 波模様の描かれた透明なボトルの中に、水が満たされていた。

 店主が横を向いて言った。


「ヒロ、モモ。お見送りするよ」


 カランコロン。ガラスのドアを開けて、サクたちは店の外へ出た。

 雲一つない青空。生ぬるい風が吹いている。その風に乗って、ほのかに潮の香りがした。

 サクとアサヒは振り返って、頭を下げた。


「お世話になりました」


「いっちゃやだ!」


 モモが勢いよく、アサヒに抱きついた。

 アサヒはにこりと微笑んで、何も言わずにモモを抱きしめた。


「モモ、困らせたらダメだよ」


 そう店主に言われたモモは、大人しくアサヒから離れた。店主の手を握り、目をうるませている。

 ヒロが面倒くさそうな顔をして言った。


「早く行かないと、モモが泣き出しちゃうよ」


「うん。もう行くよ」


 とサクは答えた。店主がいつもと変わらない、のんびりとした口調で言った。


「またいつでも来てくれていいからね」


「はい。またいつか」


 サクはそう言って、歩き出した。隣を歩くアサヒが振り返って、


「さようなら」


 と小さく呟き、大きく手を振った。

 モモのすすり泣く声が、かすかに聞こえた。



 サクは通りを歩きながら、腕につけた時計を見た。

 針は父が魔法をかけた物を示しているはず。とすると、そこは父の行った場所である可能性が高い。

 三年前。父はルゥに「すぐに列車に乗るつもりだった」と言っていた。店主に絵を渡して店を出た父は、どうにか財布を取り戻すと、すぐに列車に乗ったはずだ。――大陸南部へ向かう列車に。


 駅までは歩いて五十分もあった。バスがないわけではなかったが、「最後だから、ゆっくり歩いて行かない?」というアサヒの言葉に、サクは渋々同意した。


 腕にジリジリと日差しが突き刺さる。歩けば歩くほど、体温が上昇していくような感じがした。

 この暑さの中、ノンストップで歩くのはせいぜい三十分が限度だろう。

 広場を通り抜ける途中、木陰で一休みすることにした。

 サクはカバンの中から、店主に貰ったボトルを取り出した。蓋を開け、ゴクゴクと音を立てて水を飲む。


「列車の運賃っていくらだろう? お金、大丈夫かな?」


 アサヒはそう言うと、財布の中身を確認し始めた。


「全然使ってないんだから、余裕だよ」


 サクは呆れ顔で正面を向いた。

 鮮やかなピンク色の花々が、向かいに並んだ建物を縁取っている。

 その建物の前に、ゴミ収集車が停まった。やせ細った男が下りてきて、重そうに黄色いコンテナを持ち上げた。


 ――あっ。


 その男は間違いなくルゥだった。首にかけたタオルで汗を拭いながら、黙々とコンテナを運んでいる。こちらに気づく様子はない。

 アサヒが財布をポシェットにおさめて言った。


「何見てるの?」


 その瞬間、ゴミ収集車はルゥを乗せて動き出した。


「なんでもない。そろそろ行こう」


 サクはボトルをカバンにしまうと、再び歩き出した。




 バイバイ、と胸びれを振る黄金の魚の横を通り抜けて、カント駅へ入る。

 このガラス天井のターミナル駅からは、大陸南部へ向かう列車が二種類出ていた。

 特急と、各駅停車の鈍行。迷わず鈍行に乗る。五両編成の列車に、乗客はあまりいなかった。


 サクとアサヒはボックス席に向かい合って座った。

 頭上にベッドがあるため、天井は低い。頭をぶつけないように気をつけなければ。と、サクは思った。


 数分後、列車が動き始めた。


 窓から見える景色がグラデーションのように変化していく。建物の密集したカラフルな街並みから、木立が混じった郊外へ。

 だんだん建物らしき影は少なくなり、大きな川を越えると完全に緑一色になった。


 カントから大陸南部の大都市・トーハまで、“都市”と呼べるようなところはない。ゆえに、この鈍行列車は終点トーハまで、人口の少ない田舎町にしか止まらない。

 しかも、トーハまでは三日もかかる。夜のあいだはどこかの駅で停車し、朝になると再び発車するらしい。

 切符には「五日間有効 途中下車可」と書かれていた。


 アサヒが窓を開けた。車内に生ぬるい風が流れ込んだ。

 サクはボトルの蓋を開けた。水を喉に流し込んだ。


「聞きたいことがあるんだけど」


 サクの声に、窓の外を見ていたアサヒが振り向いた。


「父さんと、どこで出会った?」


 アサヒは少しの時間、どこか一点を見つめてから答えた。


「……森の中、だったかな?」


「は?」


「ある日突然、手紙をもらったの。『僕に会いに来てくれませんか?』って書いてあったんだけど、どこへ行けばいいのか書いてなくて。

 その手紙を持って見知らぬ場所を彷徨い歩いてたら、目の前に先生が現れて、わたしの名前を呼んで……たぶんそこは、森の中だったような気がする」


「いやいや。なんで見知らぬ場所を彷徨い歩いてたら出会うんだよ。しかも森の中って、熊じゃないんだから。……あっ」


 手紙に魔法がかけてあったのだ。ということに、サクは気がついた。手紙を読んだ彼女が自分に会いにくるようにと。

 父がそうまでして彼女に会いたがった理由は何か。魔法のことを教えるためだというのならば、なぜ自分には何も教えてくれなかったのか。


 それに――。

 頭に、父が熱心に見ていたあの絵が浮かんだ。アリエス。青き花飾りの乙女。

 父が北部の伝承を知っていたことには何の疑問もないが、あそこまで熱心に見ていた理由が分からない。考えられるとすれば、やはり彼女に似ているからか。

 あの時見た幻影に、彼女の姿はなかった。これから会いに行くところだったのだろうか……。自分の息子と同じくらいの年齢の少女に。


 サクは顔をしかめて、また水を一口飲んだ。


「どうしたの? 乗り物酔い?」


 アサヒが心配そうにサクの顔を覗き込んだ。

 列車が止まった。


「違う。むしろ空腹で――」


「そんなあなたにオススメなのは、こちらの駅弁!」


 突然、窓の外から聞こえた声に、サクは驚いてむせかえった。

 背の低い中年男性が窓枠からちょこんと顔を出して、早口で言った。


「一つ六百エルンですヨ!」


「い、いただきます」


 サクとアサヒは弁当を一つずつ購入した。


「はいおつり! と、おまけネ! よい旅を!!」


 そう言うと、駅弁売りのおじさんは足早に去っていった。


「冷てっ」


 サクは手のひらにのった小銭と冷凍みかんを、座席の上に転がした。

 弁当を開けてみる。俵型のむすびが四つ、唐揚げにポテトサラダ、ミニトマト等が彩り豊かに並んでいた。


 列車がまた動き始める。

 弁当を食べ終えると、眠くなってきたのか、正面の金髪少女がこくりこくりとし始めた。


「上で寝れば?」


「……うん」


 アサヒは眠たそうな声でそう答えると、ポニーテールをほどいて三つ編みを編み始めた。青い花の髪飾りを結び目につけて、そのまま座席の上で横になる。


 ――ここで寝るのかよ。


 サクはぬるくなった冷凍みかんを頬張りながら、呆れた目をアサヒに向けた。


 この無防備さに腹立たしくなる。父のことだってそうだ。普通、どこの誰かも分からない男に会いに行ったりなどしないだろう。

 そう心のなかでぼやきながら、左腕につけた時計を見た。


 針はまだ先と告げていた。


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