表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使ひは時計回りに旅をする  作者: 箱いりこ
第四章 北の深淵が光り輝く
100/104

99話

「アサヒ!」


 “サク”は息を切らしながら、会いたくて会いたくてたまらなかった少女の名を呼んだ。

 呆然とした様子で立ち尽くしていたアサヒは、“サク”を見て驚いた顔をした。


「サク……?」


 アサヒは何度もまばたきをして、左右に首を振り、最後に空を見上げた。


「これは、夢?」


「夢じゃないよ。だって僕は、夢の中で何度も君に会ったけど、そんな風に髪を編んでいるのは初めて見たんだから」


「わたし、またここへ来たくて……。夢の中なら来られるんじゃないかと思って、だから、髪を編んで、サクにもらったこの髪飾りをつけて眠ったの。そうしたら、いつの間にかここにいて……」


 “サク”は喜びを噛みしめながら、早まる鼓動を無理に落ち着かせて言った。


「また会えて、本当に嬉しいよ」


 アサヒはようやく混乱が解けた様子で、いつもと変わらない笑顔をみせた。


「わたしも嬉しい」


 それから二人は星の瞬く空の下で話をした。アサヒが新しい町での出来事について語るのを、“サク”は以前と同じように、驚いたり不思議に思ったりしながら聞いた。

 理解できない事柄について、詳しく説明を求めることはしなかった。“サク”はただ、アサヒの声を聞けるだけで嬉しかった。アサヒの声を聞いていると、心臓がふわふわと浮いているような感覚になった。


「それでね、町の端にある豪華なお屋敷に、すごく大きな女の人がいて――」


「こんばんは」


 突然、頭上から低い声がして、“サク”の浮き上がった心臓は飛び出しそうになった。

 話に夢中になるあまり、近づいてくる足音に気がつかなかった。


「初めまして、アサヒさん。私はこの子の父です」


 アサヒはすぐに立ち上がって、頭を下げた。


「初めまして。こんな遅い時間にお邪魔して、すみません」


 父は月明かりのせいか、いつにも増して青白い顔をしていた。“サク”は恐怖で体が固まり、手も足も口も動かすことができなかった。

 父はアサヒに向かって、親しげに微笑んで言った。


「そろそろ帰らないと、ご家族が心配するかもしれないよ」


「はい。でも、どうやって帰ったらいいのか分からなくて。前はドアを使っていたんですけど……」


 アサヒはそう言って、後ろを振り返った。“サク”の頭に「ドア?」と疑問が浮かんだ。


「なるほど。君と妻にしか見えないドアがそこにあったんだね。きっと必要がなくなったから、妻が処分したんだろう。どのみちそのドアでは新しい家には帰れまい」


 アサヒは不安そうな表情を浮かべた。父はアサヒを安心させるように、優しい口調で言った。


「心配しなくていい。私が君を家まで送り届けてあげるから。……さぁ、こっちへおいで」


「はい!」


 アサヒはほっとした様子で返事をすると、“サク”に向かって「またね」と告げた。“サク”は何一つ言葉を返すことができなかった。

 ようやく体が動くようになった時には、月は再び雲に覆われて、あたりは静かな暗闇になっていた。


 “サク”は父とアサヒの足跡を辿るように、家に向かって歩き出した。

 母は絶対に、アサヒを家に入れなかった。時々外へ茶や菓子を持ってきてくれることはあったが、雨が降っても決して中へは入れなかった。

 母は絶対に、アサヒのことは父には秘密だと言っていた。アサヒを家に入れなかったのも、万が一父がやってきた時のことを考えてのことだったのだろう。

 それなのに、なぜ父はアサヒのことを知っていたのだろうか……。


 胸騒ぎがする。何か、よくない予感がする。“サク”は急いで家に戻ると、勢いよくドアを開けた。


「お母さん!」


 とにかく母に、どういうことなのか尋ねたかった。なぜ父がアサヒのことを知っているのか。この家の中に、アサヒの家と繋がる“ドア”があるのか?

 しかし、返事はなかった。家じゅう隈なく捜したが、母はどこにもいなかった。もう随分前から、この家にはいなかったような気さえした。


 残るは、あの“開けられないドア”だけだった。狭くて薄暗い廊下の先にあるドア。父がやってくる、あの恐ろしいドア。

 父は母を連れ去った。そして、アサヒも.......。“サク”はそう確信した。


 汗の滲んだ手で取っ手を掴み、力を込めて引く。が、びくともしない。

 自分には開けられないと知っている。それでも――。


 ――この先に君がいるのなら、僕は必ずそこへ行く。


 呼吸を止め、もう一度右手に力を込める。

 瞬間、パリンッと何かが割れたような音がして、ドアは勢いよく開いた。


 そこは見たことのない部屋だった。窓はなく、壁一面が灰色の石で覆われている。空気は重く、淀んでいる。

 薄ぼんやりとした明かりの下で、“サク”は床の上に横たわっているアサヒを見つけた。


「寝ているの?」


 呼びかけながら、そばへ寄る。


「起きて、アサヒ」


 “サク”は名前を呼びながら、体を揺さぶった。しかし、何度呼んでも返事はなかった。

 アサヒは壊れてしまった。家にあるわずかな“モノ”たちと同じように、壊れたままここに存在している。

 壊れた“モノ”たちは、使えなければどこかへ消えてしまう。目を覚まさないアサヒはどうだろうか。消えてしまうのだろうか……。


 ――嫌だ嫌だ嫌だ。そんなのは嫌だ!


 得体の知れない何かが、沸々と心の底から湧き上がるのを感じた。


 壊れた“モノ”は決して「なおせ」ないのだと言われた。ならば、何なら「なおせ」るというのか。「なおす」とはどういうことか。

 開けられないはずのドアは開いた。「なおせ」ないはずの“モノ”だって、きっと「なおせ」る。


「なおせなおせなおせなおせなおせなおせなおせ!!」


 アサヒの右手を強く握ったまま、“サク”は声の限り叫んだ。すると、


「……ここ、どこ?」


 アサヒはゆっくりと体を起こしながら、眠たげな声で呟いた。


「よかった……」


 “サク”は安堵し、声にならない声を出しながら、アサヒの細い肩を抱きしめた。

 こんな不安な思いは二度としたくない。


 ――どうか彼女が傷つかず、壊れず、永遠にこのままでありますように。


 心の中で、強く、強く願った。


 直後、“サク”は背中に冷たい気配を感じて振り返った。

 なぜか意識が遠のいていく。ぼやけた視界の片隅に、揺れ動く銀色の円が映った。


「……この国は……崩壊する……私は……大きな過ちを犯した……」


 父の声が聞こえた。いつもの冷たくて硬い、石のような声ではない。悔やみ、嘆く、感情の波打つ人間の声。

 だが次の瞬間、それは強い意志のこもった声へと変わった。


「私とサクの魂を、この世界に留め、未来へ届けよ」


 ラゴウは右手に握ったプテロ銀製の拳銃でサクの額を撃ち抜くと、すぐに自分の頭に向けて撃った。





 アサヒは誰もいない部屋で、ぽつんと一人立ち尽くした。


「サク……?」


 さっきまで一緒にいたはずの“サク”の姿も、家へ帰すと言って自分をここへ連れてきた“サク”の父親の姿も、どこにもない。

 “サク”の父親が立っていたはずの場所に、見たことのない銀色の金属の塊が落ちていた。それが何であるか、アサヒには全く分からなかった。


「サク? どこにいるの?」


 なぜ二人ともいないのだろう。さっきまでここにいたはずなのに……。

 アサヒはだんだんと、これは夢なのではないかという気がしてきた。本当はもうとっくに家に帰っていて、ベッドの上で眠っているのではないか。ここから出れば、きっと夢から覚めるはず――。

 あたりを見回す。この部屋には、出入口らしきドアが全く見当たらなかった。代わりに別の物――戸棚の扉がその役割を担っているのではないかと疑って、すぐそばにあったクローゼットの扉を開けようとした。が、鍵がかかっているのか、開かなかった。

 扉でないのなら……。アサヒは奥にあった書棚の右端を押した。すると書棚は、重いドアのようにゆっくりと開いた。


 窓もドアもない部屋の先にあったのは、またもや窓もドアもない部屋だった。四辺の壁全てに書棚が設けられ、黒っぽい書物がぎっしりと並んでいる。中央には一人掛けのソファがあり、そのすぐそばにあるテーブルの上でランプが寂しく光っている。

 アサヒはさっきと同じように、奥の書棚を力を込めて押した。すると、再びドアのように書棚が開き、その先に狭くて暗い階段が現れた。アサヒは壁を伝いながら、踏み外さないようにゆっくりゆっくりとその階段を上った。


 上った先に、ようやくドアがあった。重いドアを力を込めて押し開けると、さっきよりも広い部屋へ出た。窓から白い月明かりが差し込み、重厚感のある机と床に敷かれた絨毯を淡く照らしている。

 背後でドアが閉まる音がした。アサヒは後ろを振り返ることなく、まっすぐ前へ足を踏み出した。そうして今度はこの部屋のドアを開けた。


 暗い部屋を出ると、今度は一転して、夜とは思えないほど明るい廊下に出た。そのあまりに広い豪奢な廊下を、アサヒは不思議に思いながら進んだ。

 片っ端からドアを開け、あらゆる部屋を覗いた。だが、どこにも誰もいなかった。誰もいない代わりに、見たことのない奇妙な物があちらこちらに存在していた。

 これは本当に夢なのだろうか……。アサヒはだんだん不安になりながら、足を運んだ。


 大きなガラス扉を開けて、バルコニーへ出た。視線の先には、気が遠くなるほど広大な庭園が広がっていた。だが、ここにも人の気配は全くなかった。

 アサヒは不安な表情で空を見上げた。暗い空に、“サク”と見たのと同じ月と星があった。

 少しだけ不安が和らいだその時、どこからか、大きな獣が毛を逆立てて咆哮しているような低い音が聞こえた。直後、地面が激しく揺れ始めた。

 ゴトン、ガシャンと音がした。何かが床に落ちる音。何かが割れる音。一体何が起きているのだろう。早くこの悪夢から目覚めたい。早くここから抜け出したい。

 アサヒは建物の中へ戻ると、壁を伝いながら、揺れる廊下を懸命に歩いた。上へ下へ。右へ左へ。不思議なことに、どれだけ歩いても足が疲れることはなかった。


 目の前に、繊細な彫刻が施された、一際大きな扉があった。開けると、そこは巨大な部屋だった。天井は恐ろしいほど高く、夜明けの空のような色をしていた。

 一歩足を踏み出す。その先に、白く細長い道がある。左右に張ってある水が波打っている。アサヒは、その橋のような道を一歩一歩進んだ。


 目の前にそびえる大きな銀色の門扉が、きっとこの迷宮の出口であると思った。

 アサヒは迷うことなく、その不思議な光を発する門を開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ