(五)
「うわ。なんや、コレ。日焼け止め?」
翌日。逢生の誕生日当日。
机の上に広げられた包装紙の真ん中。ポツンと現れた日焼け止め。
夏鈴がカノジョとして、逢生のために用意したプレゼントを前に、健太が驚き、少し引いた。
誕生日プレゼントに日焼け止めって。
健太と僕と未瑛。
包装紙から出てきたそれに、いっしょに見てた僕も引く。
「そうよ。SPF50+、PA++++。使い心地はサラサラ、汗にも水にも強くて、最強に紫外線から肌を守ってくれるのに、ちゃんと石鹸で洗い流せるの。あたしが、今年の自分用に買っておいたヤツだけど。逢生にあげるわ」
「いや、そういうことを訊いてるんやなくてやな」
健太が訊きたいのは、「どうして日焼け止めが誕プレなのか」ってこと。
「この先、つき合うって言ったらさあ、逢生にも海に来てほしいんだよねえ」
「――は?」
「最初はシュノーケルとかも考えたんだけど、それぐらい逢生だって持ってそうだしさ。で、こっちにしたの。日焼けって、一気に焼いちゃったりすると、後々大変なことになるからさ」
「あの、ボクも結構日焼けしてるけど? これでも陸上やってるし」
プレゼントを受け取った逢生が、戸惑いつつ自分の肌を指差す。僕と健太と逢生と。男子三人の中では、一番逢生の肌がよく焼けてて、日焼けでどうのってことはなさそうだけど。
「潮焼けをなめるな! 海と陸じゃ全然違うんだよ!」
夏鈴が吠えた。
「海の上は潮風も吹いてるから、陸にいるより日焼けの度合いが強烈なのよ。健太のお父さんを見たらわかるでしょ。長いこと海にいたら真っ黒くろくろ、コゲのスケになっちゃうんだから。せっかく逢生は、こんなツルツルのキレイなお肌をしてるんだからさ。日焼けには気をつけたほうがいいよ」
逢生の肌のツルツルさ加減を、撫でて確かめる夏鈴。
「おい、ヒトのオヤジをコゲパンみたいに言うなや」
その夏鈴に、健太がツッコむ。
「わかった。ボクも、コゲパンになりたくないもんね。ありがとう」
「だから、コゲパンじゃねえっての」
逢生にもムシされ、健太が一人ごちる。
「っていうか、夏鈴。お前、逢生に自分の趣味につき合わせるのかよ」
立ち直りの早い健太が問いかけた。
「そうよ? あたしの恋人になるってんなら、泳ぐのはもちろん、マリンスポーツ、レジャーにもつき合って欲しいのよねえ」
「つき合うって、そういう意味じゃねえんじゃね?」
「あら。恋人ってのはそういうもんじゃない? 好きなことをいっしょにやるってのも、恋人の形だと思うけど? 共通の趣味があるってのはいいことじゃない?」
「そ、それは……」
確かに。
アウトドアなカレシと、インドアなカノジョ――とかいう正反対より、二人で共通の趣味を持ってる方が、カップルとして長続きしそうな気がする。
ただ、この夏鈴と逢生のペアの場合、やや逢生が夏鈴の方に、引っ張られ?(引きずられ?)てる感がしないでもないけど。
「それに。アンタ、さっきからずっと文句ばっかり言ってるけどさ。昨日の今日で誕プレ用意するのって大変だったんだからね?」
腰に手を当て、夏鈴が健太に向き直る。
プンスカ。
その態度から「怒ってる」のがよくわかるし、さもありなんとも思う。
仁木島町には、およそ物品を購入できる「お店」は、一軒しかない。あの、昨日僕らがパキコを食べた、雑貨屋兼食料品店兼駄菓子屋の美浜屋だけ。洗剤とか、カップ麺とか、生活に必要なものは取り扱ってるけど、カレシに贈る誕プレとなると、あの店で選ぶのはかなり厳しい。
だから、もし誕プレを用意しようと思ったら、バスと電車を乗り継いで隣の市に行くか、ネット通販で取り寄せるしかない。昨日、それもあんな夕方に言い出されたのでは、とてもじゃないがどちらの方法も使えない。
だから、自分用に買っておいたヤツだけど、新品を逢生にプレゼントした。
夏鈴が、健太に怒るのも無理はないというわけ。
「それよりさ。昨日から思ってたんだけど、〝アオハルオーバードーズ計画〟ってなんなの?」
夏鈴が話題を変えた。
「その〝アオハル〟イコール〝青春〟ってのはわかるんだけど。〝オーバードーズ〟ってナニ?」
「ああ、それ? なんかホラ、テレビのニュースとかでやってるじゃん。トーヨコ? とかのアレ」
よくぞ訊いてくれました!
健太がしたり顔になった。けど。
「それってさ。過剰に風邪薬とか飲んで、気持ちよくなるって――アレ?」
少し眉をひそめて逢生が尋ねる。
テレビでやってるアレ。
健太の言う「アレ」は、ドラッグストアなんかで購入できる風邪薬なんかを飲んで、フワフワした気分になったりする青少年が増えてるっていう問題。風邪薬や咳止め薬には、麻薬ほどではないけど、そういう成分も入っていて、過剰に摂取することで、気持ちよくなるとかなんとか。もちろん、そんな無茶な服薬をすれば肝臓にダメージを負うし、依存性も発生して止められなくなって、最終的に死に至ることもある。
薬の過剰摂取。OD問題。
「そう、ソレソレ! ソレの青春版!」
「青春版?」
「そうや。薬は過剰に取ったらあかんけど、青春なら過剰に摂取してもええやろ?」
「まあ、それは……」
悪いとは言えない。
投げかけられた視線に、とりあえず頷く。
「オレはな、青春ってやつを浴びるように摂取したいんよ。十七の夏は二度とない! せやもんで、なんとしてもこの夏に青春、アオハルしたいんや!」
「十七の夏……ねえ」
夏鈴が健太の勢いに、少しだけ後ずさる。山野もどういう顔をして受け止めたらいいのか、わからないって感じであやふやに笑う。
夏鈴はこの夏に誕生日を迎えるけど、山野はまだ十六の夏だし。
「で? 健太は具体的にどんな夏にしたいんだよ」
逢生が言った。
「そこまで言うなら、具体的なこと、考えてきたんだろうな」
「おう! 昨日、明音ン家で予習してきたから、バッチリだ!」
「バッチリって。お前、ボクン家でマンガ読んでただけじゃないか。遅くまで居座って、それも、民宿の方に置いてある、古い少女マンガばっかり」
「マンガで予習って。イタイわね」
エッヘンと胸を張る健太に、逢生と夏鈴がツッコむ。
「うるさいな。いいんだよ、マンガで。マンガはトキメキ、アオハルの宝庫だ!」
そう、なんだろうか。息の合う逢生夏鈴ペアと違って、僕と山野は、あいまいに笑うしかできなかった。
「いいか、まずは〝朝、カレシを起こしに、幼なじみカノジョが彼の部屋を訪れる〟んだ!」
「はあ?」
「『もう! 早く起きないと遅刻だよ!』なんて感じで。あと、『お弁当作ってきたの。よかったら食べて♡』ってのもええなあ」
声色作って、語りだした健太。
誰も止めない。
フムフムと聴き入ってるからじゃない。
面白いから喋らせておけ。
うわあ、ドン引き、引きますわあ。
どうしよう、反応の仕方がわからない。
聴いてる側の内心はそんなところだろう。
「あとは、自転車で二人乗りってのもええなあ。手を繋いで歩くってのも悪くない。昨日、榊が言うとった夕方なんかやと、最高やな。映画とかにもありそうな光景や」
あるんだろうか。そんなベタな光景の出てくる映画。
「学校帰りにカフェとか立ち寄って、二人でナントカペチーノってヤツをいっしょに飲んでもええな」
カフェって。
この町にそんなシャレたもの、あったっけ?
美浜屋と、逢生たちの両親が経営してる民宿しか飲食できるとこ、ないけど。
「んで。『それ、美味しいの?』とか訊いて、『飲んでみる?』みたいなやり取りした後、ウッカリ間接キスしてもうたりとか」
「キモ!」
速攻夏鈴が身震いしたけど、健太はお構いなしに妄想を続ける。
「恋のライバルが出てきて、二人の間に障害がってのも悪くない展開やけど、それするには役者が足りんからなあ。そこはカット。それよりは、夕暮れ時に浜辺を歩くってのをオレは推したい」
「夕暮れ時?」
「そうや。赤く染まった波打ち際を並んで歩く、カレシとカノジョ。カノジョは麦わら帽子と白いワンピース。波に合わせて、ワンピースの裾が風に揺れて、カノジョの白く細い脚にまとわりつくんや。そんでもって、麦わら帽子がフワッと風にさらわれて、海に向かって飛んでく。それをパシッと捕まえるカレシっていう、そういうの。なんかロマンチックで、カッコよくね?」
陶酔から戻ってきた健太が問うけど。
「薬と違って、中毒にはなってなくても、ヤバいヤツにはなってるわね。どんなマンガを読んできたのよ」
「激しく同意」
夏鈴の意見に、全員が頷いた。