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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
7.7月のキミに伝えたいこと
34/37

(四)

 ――は~る~くん。


 誰かが呼びかけてる。


 ――は~る~くん。


 少し鼻にかかったような、ちょっぴり甘い声。


 「山野っ!?」


 飛び起きたことで、自分がさっきまで寝ていたことに気づく。

 見れば、あたりは真っ暗。いつのまにか日が落ち、夜になっていたらしい。

 山野のことを考えて、眠れなくって布団に転がって。


 ――は~る~くん。


 そうだ。山野だ。

 あの時と同じように、僕を呼んでる。

 あわてて階段を駆け下りる。

 いつから寝てたんだろう。真っ暗に静まり返った診療所の待合室を抜けて、玄関を飛び出す。


 「やっと出てきた」


 「山野……」


 驚く僕の前で、山野がニッコリ笑う。


 「ねえ、ちょっと海まで歩かない?」


 海? なんで海?


 思ったけど、口から出たのは「うん」って肯定の言葉だけ。

 歩き出した山野と並んで、坂を下り始める。


 ――なんで急に学校来なくなったんだ?

 ――今までなにしてたんだ?


 訊きたいことはいっぱいあるのに、なぜか頭がポーッとして言い出せない。それよりも……。


 「何見てるの?」


 「あ、いや、なんでもない。ゴメン」


 隣に並ぶ山野。淡いクリーム色のワンピースに、珍しく両サイドの髪を編み込んでる。あの花火大会の時と同じ格好。


 (カワイイ)


 「好き」と自覚したせいだろうか。その歩くたびに揺れるスカートの裾とか、服の上からでもわかる薄い肩とか。編み込んだせいで見えた小さな耳とか。

 目に映る全てを、カワイイと称賛したくなった。

 山野は、ホントにかわいく、そして誰よりも愛おしい。


 「うわあ。さすがにここに来ると、迫力が違うねえ」


 堤防を越え、海に面した砂浜を歩く。

 見上げれば、満天の星。海も空と同じく黒く沈んだ色をしてるけど、海と空を見間違えないのは、海には星がきらめいてないから。

 押し寄せる波の音が少し怖くも感じるけど、それを打ち消すだけの感動を空が与えてくれる。


 「夜の海って来たことないから。なんかちょっと新鮮」


 うれしそうに、かすかな光を頼りに、サンダルを脱いで波打ち際を歩く山野。

 波と砂の間。濡れた砂の上、時折訪れる強い波に、きゃあっと声をあげて退く。

 

 「こっちにおいでよ」


 言われ、僕もサンダルを脱ぎ捨てズボンの裾をめくる。


 「うわっ!」


 山野ほど機敏に動けなかった僕。海に近づくなり、さっそく足に波の洗礼を受けてしまった。


 「アハハッ」


 足を濡らした僕を山野が笑う。

 濡れた砂の上、踏み込む時はかかとが深く沈み、踏み出すときにはつま先が砂にのめりこむ。そうしてできたいびつな足跡は、次の波にもろく崩される。

 空には天の川。そのモヤッとした川を今日も渡る彦星。


 ――天の川 浅瀬しら波 たどりつつ 渡りはてねば 明けぞしにける


 (天の川の浅瀬を知らないので、白波をたどりながら渡りきれないでいると、夜があけてしまった)


 不意にそんな歌を思い出した。たしか『古今和歌集』。

 川が渡れなくて、織姫のところに行けなかった。残念、残念。


 (なにやってんだよ、彦星)


 そこまで天の川に入ってるのなら。そんなに濡るほど溺れてるのなら。渡りきって織姫のところに行ってしまえよ。

 いや。


 スー。ハー。


 大きく深呼吸をする。そして。


 「――山野」


 意を決し、波にはしゃぐ山野に声をかけた。


 「僕、キミのことが好きだ」


 言った。言い切った。

 情けない彦星じゃない。僕はちゃんと想いを伝えた。

 

 「……大里くん」


 山野がはしゃぐのをやめて、驚いた顔でこっちを見てくる。

 その視線を踏ん張って受け止めるけど。ダメだ。頭の奥がガンガンしてくる。足は波で何度も濡る。

 心臓がどうにかなってしまいそうなほど、早鐘を打つ。

 山野の返答を待つ。ああ、でも、こんなときでも山野はカワイイ。

 

 「ありがとう」


 驚きからゆっくりと笑顔に変わっていった山野の表情。彼女もまた、波に足を濡らしてそこに立つ。


 「その気持ち、すごくうれしい。――でも」


 目を潤ませ、ギュッと手を握り俯いた。「でも」ってなんだ?


 「お試しカップル、解消しよう?」


 「え?」


 「あのね。気持ちはうれしいの。だけど……」


 続いた言葉。遠く異国の言葉のように、染み込んでこない。


 「ごめんね。わたし、勘違いさせちゃったね。近づきすぎちゃったから、大里くんに、わたしが好きって思わせちゃった」


 「山……っ!」


 「今度学校行ったら、健太くんに計画を見直してもらうように伝えるよ。これ以上勘違いが進行しないように。大里くんが間違えないように。計画リセット! 計画終わり!」


 明るく、とっても明るく拒絶する山野。


 「わたしたちは、ただの家が近所なだけの同級生! これからも、仲の良い友だちでいようね、大里(・・)くん!」


 山野は僕を「(はる)」とは呼ばない。中学の時のように気安く「(はる)」とは。

 大里くん。

 その呼び方が、山野と僕の間に、そそり立つ壁のように立ちはだかる。


 「じゃあね。わたし、先に帰るね」


 山野が、海から離れ歩き出す。


 「またね」


 ふり返った笑顔。

 ずっと見たかった山野の笑顔なのに。

 ザザンと足に打ちつける波。

 その波は鉛のように重く、追いかけたい僕の足を海に縫い留める。


 (ハハッ。玉砕……かあ)


 アオハルオーバードーズ計画。三組のカップルのうち、僕と山野だけが失敗。

 人生初めての告白。そして人生初めての玉砕。


 (……カッコ悪)


 急ぎすぎるから、こうやって失敗するんだ。バカめ。

 彦星のように川を渡らず、想いを伝えに行かなかったら。そうしたら、「お友だち以上」ぐらいの立場で、「ワンチャンあるかも」って夢を見いてられたのに。

 空を見上げ、まばたきをくり返す。けれど涙が流れ落ちる。

 このまま海に沈んでしまいたいぐらい情けない僕の、カッコ悪い涙。

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