(三)
――山野が好きだ。
それで自分はどうしたい?
家に帰ってからも、ずっと自分に問いかける。
想いを告白するか? それともずっと秘めておくか?
告白したらどうなる? 山野はそれを受け入れてくれるのか? それとも僕は粉々に砕け散ってしまうのか?
冷静に。なるべく客観的に今の状況を鑑みる。
今、僕は健太の計画で、山野のカレシ(仮)にされている。計画が始まった時、山野はそれを嫌がったり、反対したりしなかった。それどころか、「自分でよかったのか?」と、すごく不安そうにしてた。そして、僕が「このままでいい」と答えると、うれしそうに「うん!」って言ってくれた。
あれは、僕を嫌ってない証拠にならないだろうか。
少しだけ自惚れる。
他にも、作ってきた弁当のおにぎりの大きさを恥ずかしがったり――って、これは女子として恥ずかしい! なのかもしれない。僕を好いてるポイントにはならない。
あ、でも僕があげたアメちゃんは大事にするって言ってくれた。これってポイント高くないか?
それに、ネギのおすそ分けしたら、ネギ入り卵焼きを作ってきてくれた。これは、ただのおすそ分け。もらったからには、お返し必須の田舎ルールだ。ポイントにならず。
他にも、いっしょに帰ってくれるとか、いっしょに神社に行ったとか(強引に僕がついていっただけ)、競技会まで出かけたとか(みんなで)。好いてるポイントは上がってるのかどうなのか微妙なところで止まる。「山野が僕を好き」のボーダーラインもあやふやだから、結局好かれてるのかどうなのかは、わからないまま。
じゃあ、告白しないでこのままにするか?
このまま仁木島のいい友達として、高校を卒業するか。
おそらくだけど、どこの大学を選ぶにしろ、僕はきっとここを離れる。二度とここには戻らないだろう。
――たぶん、ずっと。ずっとわたしはここにいる。
大きな夢があるという山野。どんな夢かは教えてくれなかったけど、仁木島に残るとは言っていた。
なら、僕と山野の関係は、高校を卒業したら終わる。そりゃあ同窓会とかあったら絶対戻ってくるけど、その先の人生が交わることはないだろう。
(それに、山野カワイイし)
今の二年で、誰か山野を狙うってヤツはいないけど、上の三年、下の一年が山野に惚れるって可能性はゼロじゃない。航太さんみたいなモーレツアタックをするヤツが現れたら、それこそ優しい山野のことだ。相手をかわいそうに思って、寧音さんよりも安く、オッケーを出してしまうかもしれない。
それは困る。僕が嫌だ。
告白して前に進みたいのか。それとも砕けるのを恐れて友達のまま終えるのか。
ゴロ。ゴロゴロ、ゴロ。
枕を抱えて、布団の上で右へ左へ身体を転がす。
(なんだ、この乙女チック思考は)
好きな人のことを考えて、寝返り打つなんて、少女マンガのヒロインだろ、そんなの。
思うけど、煩悶しながら転がることをやめない。
けど。でもな。だけど。
逆接の接続詞が延々と続く。
ここでヒロインなら、花占いでもするのかもしれない。
「スキ、キライ、スキ、キライ……」と。
当たり前だけど、この部屋に花なんてない。勉強道具と机、布団しかない僕の部屋。どっちを向いても答えは転がってるはずもなく、悩む自分だけがそこにある。
(よし、こうなったら!)
枕を抱きしめたまま、意を決して身を起こす。
(ここは一つ、健太を見習おう!)
やや強引に。明音ちゃんにアタックを続けている健太。アオハルオーバードーズ計画なんて回りくどいやり方で、明音ちゃんの様子を確かめながら、その距離を縮めようと必死だ。
僕も健太に倣って、山野が嫌がってないか、僕を好きなのかどうか。じっくりゆっくり観察して見極めよう。そして、ジワジワと距離を詰めていくんだ。
偽物でも今はカレシ。山野に惚れる男を牽制することはできる。
(ありがとな、健太)
僕をお前の恋路に巻き込んでくれて。
僕もお前を見習って――って。
(具体的に何をしたらいいんだ?)
問題に行き詰まる。
健太と違って、少女マンガを読んだ経験がない。調べようにも、じいちゃんの部屋にそんなものは置いてない。
(どうしたらいいんだ?)
ボフッと、そのまま仰向けに倒れる。
結局、妙案が思いつかない以上、思考はずっと堂々巡り。
(とりあえず、明日から様子を見よう!)
作戦を立てるのはそれからだ。
* * * *
(あれ? 留守?)
翌朝、山野を迎えに行ったら、彼女の家には誰もいなかった。
いつもなら鍵なんてかけない玄関も、きっちり戸締まりされてて、中からは誰も反応がない。
(寧音さんも出勤してないのか)
彼女が通勤に使ってるスクーターも庭に置いてある。代わりに山野のお父さんが乗ってる車が無くなってる。
(家族で出かけた? でもどこへ)
電話やメールをしてみても、反応がない。既読もなにもつかない。
(親戚の法事とかそういうのか?)
それなら、昨日のうちに休むこととか話しないか?
不審に思いながら、学校に向かう。
クラスの誰か、山野から聞いていないか。女子なら、夏鈴ならなにか。
僕の願いに反して、友達どころか先生もなにも知らなかった。
(どうしたんだ、山野)
この間みたいにあとから遅れてやってくる?
その予想も虚しく、山野が登校することはなかった。
そして、その次の日、土曜日も。
何度足を運んでも、山野の家は鍵のかかったまま。
スマホも、ずっと沈黙を続けていた。