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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
7.7月のキミに伝えたいこと
32/37

(二)

 「ねえ。ちょっと寄り道していかない?」


 下校途中。

 自転車の後ろに座った山野が言った。


 「寄り道?」


 遠回りってこと?


 「ちょっとね。お腹空いた」


 そっちか。


 「わかった」


 言われるままに、目的地へと向かう。

 この町で買い食いするには、美浜屋しかない。

 

 「オジさーん。ごめんくださいーい」


 僕が自転車を止めてる間、先に店に入った山野が奥に声をかける。

 続いて入った僕。少しひんやりした、商品が所狭しと置かれた店内。なにがあるのか、ひっくり返ってすし詰めにされた宝箱のような店内には、あるべきものが欠けてる気がした。


 「おーう。未瑛(みえい)ちゃんか。いらっしゃい。(はる)坊も」


 「おじゃまします」


 ノシノシと奥から現れたこの店のオジさん。欠けたことろを埋めるように立つけど、埋まってない。違和感だけがそこにある。

 角の丸い框。そこに座る人はもういない。


 「オジさん、これください」


 白い筺体に赤字で「アイスクリーム」と書かれた冷凍ケースから、手早く山野が目的のものを取り出す。


 「あいよ」


 レジなんてない。手から手へ、お金を受け渡す。まさしく「金銭授受」。


 「いっしょに食べよ」


 アイスを買うなら僕もと、ガラス戸を開けようとしてた僕を、山野が引っ張って店の外に出る。

 いっしょにって。どういうこと?


 「これさ、この間明音(あかね)ちゃんと食べて美味しかったんだよね~」


 パキっと割って、その片割れを渡してくれた。パキコの――マスカット味?

 

 「期間限定らしいから。売り切れる前に食べちゃわないとね」


 言って軽くパキコをもみ始めた。ムニムニと柔らかくなったのを確認すると、いつもの青いベンチに腰掛け、チュチュっと吸い上げる。


 「うん、やっぱり美味しい。この酸味と甘味、クセになりそう。ほら、大里くんも食べてみて。絶対美味しいから」


 「あ、ああ」


 言われるままに、誘われるままに、並んでベンチに腰掛け、片割れパキコを咥える。


 「――美味い」


 「でしょ?」


 冷たくてシャリッとして。甘くて少しだけ酸っぱい。


 「ここ、気持ちいいね」


 山野が、海から吹く風に髪をなぶらせて言った。

 日陰になったベンチ。そこに吹く風が、自転車を漕いでかいた汗にヒヤリと触れていく。


 「すっごく気持ちいい」


 目を閉じた山野。ほほえみ、五感で心地よさを味わっている。

 美浜屋のお婆さんの死を、嘆き悲しんでいた山野。あれ以来、ここを訪れようなんて一度も言わなかったのに。

 少しは悲しみが癒やされたんだろうか。それならいいんだけど。


 「このまま梅雨、明けちゃうのかなあ」


 最近、ほとんど雨降ってないけど。山野が言った。


 「どうだろな。梅雨明けはまだじゃないかな」


 僕も返事をかえす。


 「そっか。梅雨明けはまだか」


 「うん。よく梅雨明け前には、大雨降るし。降りすぎて災害も困るけど、降らなくて夏の渇水も困る」


 「そうだね。雨って、降らなくても困るし、降りすぎても歓迎されない。困ったものだね」


 なんだこれ。

 天気の話なんて、診療所の待合にいる患者さんの会話か?

 「今日は、ええ天気やねえ」「そうやねえ、雨降らんでよかったわ」みたいな。


 僕も山野も、それ以上は何も言わない。

 ただ、並んでベンチに座って、目の前の景色を見て、聞こえる音に耳をすまし、届く匂いに、そよぐ風に身体を任せていた。

 なにか喋ろうとは思わない。喋らなくていいと思う。

 珍しく晴れた梅雨の合間。

 空は青に黄色を混ぜ始め、海は青に鈍色を溶け込ませる。

 太陽に焼かれたアスファルトは、蒸れた匂いを発するけど、海から訪れた風が霧散させる。シュッとした葉の、「これ草抜きさせられたら面倒なヤツだ」って草は、その間から穂を出して、面倒くささを倍増させながら風に揺れる。

 海風に、「磯の香り、潮の香り」は混じらない。あれは、港で味わうもの。美浜屋の先にあるのは、砂浜に面した海。ザザンと砂浜に打ちつける波の音だけが風に乗る。


 ホーホケキョ。ケキョケキョケキョ。


 「え? なに?」


 驚き、後ろをふり返る。


 「ウグイスだよ。ホーホケキョ」


 「いや、うん。それは知ってるけど」


 僕が言いたいのは、どうしてこんなところにウグイスが?


 「ここは海も近いけど山も近いからねえ。ウグイスだってメジロだって、ハトだってカラスだってスズメだって。なんならトンビだっているよ」


 「トンビ? そんなのまでいるの?」


 せいぜい、海の鳥ぐらいしかいないと思ってたのに。


 「いるよ。ちょっと山の方になるけど。大里くん、知らなかったの?」


 「うん。知らなかった」


 ここがそんな野鳥天国(?)だったなんて。

 仁木島町に来て三年。いろんなものを見たつもりだったけど、まだまだ知らないことも多かったようだ。


 「じゃあ、ここで覚えていきなさーい」


 へへーん。なぜか山野が得意げに胸を反らす。


 「なんだよそれ。誰のマネ?」


 おかしくなって、僕は笑い出す。

 笑いすぎて、パキコが食べにくい。


 「そんなに笑わなくてもいいじゃない」


 山野がプクッと頬を膨らます。


 「ごっ、ゴメンっ、でもっ……」


 笑いが止まらない。どうやらツボに入ったみたいだ。抑えようとすると肩が震える。


 「もうっ! そんなに笑ったら、こっちも……! ぱっ、パキコ、食べられな……っ!」


 言い切る前に山野も笑い出す。僕の笑いにつられたらしい。

 クスクス。アハハ。

 笑い声が重なる。


 (――いいな)


 唐突に思った。


 (こういうのって、いいな)


 内容はとってもくだらない。はたから見れば、「なに笑ってんだ、コイツ」みたいな他愛のない内容。

 でも、楽しくって、愉快で。お腹を抱えて、肩を震わせて。笑い死にしそうなぐらい、頬が痛くなるぐらいに笑って。


 (好きだ)


 まるで一目惚れのような感情が心に落ちてくる。

 山野が笑ってるのが好きだ。

 山野と笑ってるのが好きだ。

 なんでもない日常のなかで。

 どうでもいいような、些細なことで笑う。

 山野が泣いてるなら、笑えるようにしてやりたい。それはもちろん僕の手で。

 この先もずっと、こんな風に笑いあえたらいい。こんな風にそばにいたい。

 

 急激に。唐突に。脈絡もなく。

 

 (山野のことが好きだ)


 感情が、まるでジグソーパズルのピースのように、正解に向けてパチパチと当てはまっていく。

 そうだ。

 僕は、ずっと山野が好きだったんだ。


 ――は~る~くん。お~はぁよ!


 それはきっと、あの中学の時から。不登校だった僕を根気強く迎えに来てたあの日から。

 ちょっとだけくたびれた夏服を着ていた山野。家から出てきた僕を見て、パアッと明るくなった。

 あの時から。あの時、山野を見た時から。山野の声を聴いた時から。

 僕は山野に恋をしてたんだ。


 最後のピースが当てはまる。

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