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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
7.7月のキミに伝えたいこと
31/37

(一)

 「ゴメンね。今日はいっしょに登校できなくって」


 二限目が終わったあと、山野が謝ってきた。


 「昨日、興奮してなかなか寝つけなくってさ。寝坊しちゃた」


 テヘヘ。

 すごく明るく謝罪する。

 珍しく学校に遅刻してきた山野。さっき、お父さんの車で送られてきたばかり。


 「別に。それより身体、大丈夫か?」


 「え?」


 「寝坊するぐらい、身体が疲れてたってことだろ?」


 「あー、うん。そうだね」


 「山野は体弱いんだからさ。大事にしろよ」


 「うん。ありがと」


 ニコリと笑った山野。

 でも。


 (悪いのは僕たちだろ)


 昨日の試合観戦。

 もともと身体の弱い山野。体育の授業を免除されるぐらい、身体が弱い。この間の清掃活動でも倒れてた。それなのに、暑い屋外に長時間連れ出してしまった。

 今だって、笑ってるけど、きっと身体が辛いはず……って。


 「あれ? もしかしてメイクしてる?」


 その顔を見て思った。

 ギラギラバチバチにしてるわけじゃない。でも、ほんのりうっすら頬が透き通って見えるし、唇も赤く潤んでるように見える。


 「あ。バレちゃった? これ、先生に叱られる案件かな」


 メイクした頬に一瞬触れて、慌てて手を離した山野。メイク=塗りたてキケンかどうかは知らないけど、でも触ったら崩れるんじゃないかな。山野もそれを思い出してか、ピクっと指を震わせた。

 

 「そこまでは、大丈夫じゃないかな。あの立花先生がメイクに気づけるほど、細かい性格だと思えないし」


 「そっか。なら大丈夫か」


 ホッと息を吐いた山野。


 「でも、どうしてメイクを?」


 明音(あかね)ちゃんにされた時は、とっても困った様子だったのに。


 「お姉ちゃんがね。未瑛(みえい)もそろそろオシャレを覚えなさいって。健太くんのところじゃないけど、ウチのお姉ちゃんもなにかとうるさいのよ。恋はいいわよ~、恋はって」


 「へえ。あの寧音(ねね)さんがねえ」


 健太の兄、航太さんとつき合ってる寧音(ねね)さん。航太さんと違って、シッカリ者に見えるけど、恋をノロケて妹に余波をぶつける人だったんだ。


 「ねえ、似合わない……かな?」


 「え? あー。似合うよ。カワイイ」


 前回と違って、「と思う」はつけない。実際カワイイし。


 「よかった」


 メイクのせいだろうか。花が咲いたような山野の笑顔。


 (うん。カワイイ)


 見てるこっちまで気持ちが明るくなる。

 だから。


          *


 「――え? 大里くん、それはなに?」


 「自転車」


 「いや、それはわかるけど」


 翌朝。

 僕は自分の自転車で、山野を迎えに行った。


 「せっかくだし。カレシらしく、送迎しようかなって」


 違う。これ以上、山野に負担をかけたくなくて。

 

 「まだ仮免カレシだけどさ。よかったら乗ってよ」


 これ以上無理させないために。

 それでなくても、この暑さと湿度は普通に辛い。身体の弱い山野には、ことさら堪えるだろう。

 だから、せめて登下校だけは楽にさせてあげたい。


 「ありがとう、大里くん。じゃあ、お言葉に甘えて」


 自転車の後ろがきしむ。山野が腰掛けた証拠だ。


 「じゃあ、シッカリつかまってて。下りだからスピード出る」


 「うん」

 

 山野の手が、サドルに近い荷台のワイヤーを掴む。


 (ここで本物カップルなら、僕の腰に手を回すんだろうな)


 そんなことを思いながら、ペダルを踏み込む。

 梅雨明けが近いのか。

 朝から晴れた空は、ぬけるように青い。

 坂を下る僕たち。位置エネルギーが運動エネルギーに変換され、ほぼ無風だった僕たちの周りに、うしろへ流れる風が生まれる。


 「駐在さんに見つかるとやっかいだから。遠回りするよ。いい?」


 「うん」


 ハンドルを持つ手に力を込める。

 駐在さんに~は、言い訳。ただこうして、山野を乗っけていっしょに走っていたかった。

 この朝がずっと続けばいい。この道がどこまでも続けばいい。

 そんなことを思う。

 理由は、わかるようなわからないような。まだこねてる最中の粘土のように、フワフワ掴みどころのない雲のように、ハッキリとした形として僕の胸に収まっていなかった。


*     *     *     *


 「あのね、大里くん。今日はこれ、作ってきたの。よかったら食べて」


 「え?」


 「ほら、最近、自転車で送ってくれるでしょ? だから、その御礼」


 自転車登下校二日目。

 お昼に、山野がクローバー柄のホイルに包まれたものを出してくる。

 コロンコロンコロン。――もしかしてこれって。


 「――おにぎり?」


 「うん。この間のリベンジも兼ねて」


 差し出すその顔が、メイクを通してもわかるぐらいに赤い。

 たしかにこれはリベンジ。以前のお弁当に入ってたゴロンゴロンおにぎりからみれば、かなり小ぶりになった。

 

 「じゃあ、遠慮なくいただく。ありがとう」


 自分の弁当もあるからちょっとお腹は厳しいけど、それでもおにぎりをありがたくいただく。


 「あ、これ梅だ」


 一口二口。食べて少し崩れたおコメの先に赤みの濃い梅を見つける。大ぶりだけどややぺチョっと潰れた梅。


 「大里くん、ウチのおばあちゃんが漬けたの、好きだって言ってたから」


 「うん。僕、この味好き」


 言って三口目を頬張る。

 途端に広がる梅干しの酸味。ホロホロ崩れる塩味のおコメ。

 山野のおばあさんが作る梅干しは、お店のものと比べて、無骨で赤みが濃いんだけど、酸っぱすぎるとかそういうのがなくて、とても美味しい。ハチミツを使ってまろやかにとか、そういうわけじゃなくて。なんて言うのか、ちょうどいい「塩梅」。

 お腹はきついけど、いくらでも食べられる。


 「おっ、(はる)、ええもん食ってるやん」


 僕が食べてるものに、健太が興味を示す。


 「あげないよ」


 これは、僕のもの。山野が僕にお礼として作ってくれたもの。


 「もらわねえよ。その代わり――」


 健太が、いっしょにお弁当を食べに来てた明音(あかね)ちゃんに、ニカッと視線を向ける。


 「なあ明音(あかね)。オレにも作ってきて欲しいな~、なんて。アオハル計画の一環として、さ」


 「え~、なんでアタシが」


 「お前、仮にもカノジョだろ? だから」


 「(仮)でしかないんだけど?」


 カリはカリでもカリ違い。

 厳しい指摘に、ガックリうなだれた健太。


 「――じゃあ、仕方ないから作ってあげるけど。アンタはなにが嫌い(・・)なの?」


 少しだけ明音(あかね)ちゃんが温情をかけた。けど。


 「なっ、なんで嫌いなものを訊くんだよっ!? まっ、まさか、嫌いなもん食べさせて、試すつもりかっ!?」


 「――は?」


 明音(あかね)ちゃんが片眉をしかめる。


 「だってそうだろっ!? でなきゃ、わざわざ嫌いなもの、訊くか? フツーは好きなもの訊いて、好きなものづくしするんじゃないのか?」


 確かに。健太の言葉にも一理ある。


 「それを『嫌いなもの』って。オレにわざと嫌いなものを作って、『アタシのこと、好きなら食べられるよね?』の試練を与えるつもりだな?」


 だからって、どうしてそう飛躍するんだ?


 「よぉっっし! その試練、受けてやんよ! どんなマズい料理でもなんでも来やがれってんだ! カレシとして全部食ってやるぜ!」


 エアー袖まくりする健太。受けて立つ気満々。


 「――ゲテモノ作ってやろうかしら」


 明音(あかね)ちゃんが呟いた。

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