(五)
山野は、僕のことをどう思ってるんだろう。
そればかりが気になる。
アオハルオーバードーズ計画。
健太の言い出したこの計画に参加して。僕とカップル(仮)ってことになって。
――健太くんの言うアオハル計画、大成功だよ。
健太と明音ちゃん、逢生と夏鈴。
この二組が上手くいく。そのことに関しては異論はない。それどころか、同じように上手くいってほしいと願ってる。榊さんの場合は、ああして小説の練習をすることで、いつか小説家として大成して、日下先生と繋がりが持てたらいいなぐらいは思ってる。
けど。
(僕たちはどうなんだろう)
他の二組の成功を願ってる山野は。僕たちがどうなることを望んでるんだろう。
バカだけど、底抜けに楽しい健太。おとなしいけど、やる時はやる逢生。カラッと明るい夏鈴。健太に対してだけツンデレっぽい明音ちゃん。時折暴走するオタク気質で、ズバッと物言う榊さん。そして、誰より気遣いできて優しい山野。
そんななかで、僕は山野からどう思われてるんだろう。
――大里くんって優しいね。
いつだったか。帰り道で、みかんの木にいたハチから彼女を守ろうとして、そう言われた。山野をハチから遠ざけようと動いたから。
でも、そんなぐらいの優しいヤツなら、きっとそのへん、どこにでもいる。
勉強だってそうだ。
みんなは僕のことを「スゴい」って思ってるかもしれないけど、それだって、僕より優秀なヤツなら、世間には星の数ほど存在する。それこそ、東京にいる兄さんのように――。
(ハア……)
家に帰っても、夜遅くになっても。疲れているのに寝付けなかった僕は、じいちゃんの書斎で、いつものように窓枠に腰掛けて医学書を読む。
難しすぎて理解の追いつかない本でも読めば眠くなるか。そう思ったんだけど。
(山野……)
眼下に広がる町。遅くに昇ってきた月が明るく、家々の屋根瓦を光らせる。まるで白い波のよう。その波の向こうに山野の家がある。
(今、何してるんだろう)
今日の出来事を、家族に話してるんだろうか。逢生の走りが素晴らしかったと、アイツなら来年一位は確実と。興奮気味に話してるんだろうか。
それとも、山野らしく、キチンと明日の支度をしてるんだろうか。教科書を揃え、ノートを揃え。案外、疲れてサッサと寝てるかもしれない。僕と違って。
部屋から持ち出してきたシーグラスを、そっと月の明かりに透かしてみる。
山野からもらった淡い青色のシーグラス。夏の海を閉じ込めたような色――は、さすがにポエミーすぎて自分でも引く。
「陽。ここにおったんか」
「じいちゃん!」
不意打ちで引き戸を開けられ、身体に電気が走る。
「ちょっと往診行ってくるわ」
「こんな時間に?」
驚き古い柱時計を見る。今は、11時53分。もうすぐ日付が変わる。
「急患なんや。帰りは遅うなるから、戸締まりして寝とけ」
「うん。気をつけて」
それだけ言い残すと、足早にじいちゃんが家を出ていく。
暗い町の中。じいちゃんがどこの家に向かったのかはわからないけど。
(大変だな)
じいちゃんの診療所。
かつては入院できるようベッドも用意してたけど、じいちゃんが高齢になったこともあって無床となった。代わりに、この町の住民の健康を一手に担ってる。初期医療というのだろうか。あらゆる病気を診察し、場合によっては適切な治療が行われるよう、大病院と連携を取る。高齢者の多いこの町では、患者の家に駆けつける往診も珍しくない。
(明日は、胃に優しい、あっさり目のゴハンにしよう)
じいちゃんだって若くない。こんな遅くの診療はしんどいに違いない。
高校生の僕には、そうやってじいちゃんを支えることしかできないから。
(寝よう)
パタンと医学書を閉じて、元の場所に戻す。
明日は早い。
寝れなくっても横になっていれば、身体が休まる。
そんな都市伝説めいたものを信じて、布団に潜る。
身体は正直だ。
どれだけ心がモヤモヤしていても、夏用シーツのヒンヤリ心地よさと日中の疲れで、知らないうちに眠りに落ちていた。