(三)
「でもさ。アオハル、青春ったって、具体的に何するのさ」
逢生が問う。
アオハルオーバードーズ計画。強引、無理やりカップルを作ったところで、具体的に何をしたらいいのかわからない。
カップルなんだから? カップルなんだし?
そもそも、ここにいる全員がカップルなんて未経験、初心者ばかり。
「ん~、そうやなあ」
それは、言い出しっぺの健太もわからないらしく、顎に手を当て天井を眺めつつ思案し始めたけど。
「榊とか、そういう青春! ってネタ、持ってへんか? 小説とかでの青春あるあるってやつ」
考えて思いつかなかったのか、答えを丸投げした。
「私? そうねえ……」
急にフラレても、キチンと考える。榊さんは真面目だ。
「テッパンかもしれないけど、毎日の登下校は外せないわね。手を繋ぐのは、すぐには実行できないかもしれないけど。一緒に歩いて、他愛ないことを話すことから始めたらいいんじゃないかしら」
「そうねえ。それ、いいかもね」
夏鈴が同意する。
「でもさ、登下校って、いっつもやってるやん」
「バカね。二人だけでってのがいいのよ。みんなでワイワイ帰るのとは違うのよ」
健太の意見を、榊さんが一蹴する。
「特に帰り、夕方ってのがいいのよ。なにかの記事で読んだのだけど、恋の告白とかも朝より夕方の方が成功しやすい、夕暮れ時の方が恋の気分が高まるらしいから、一緒に下校するってのは、効果高いと思うわよ」
「それって、夕暮れの日差しが、ムードを高めるからとか?」
放課後の日差し。
教室の外、空はまだ水色にかすかに朱をにじませた程度だけど、もう少し時計が進めば、一面濃い赤に染まり、最後は西の赤に東からやってきた藍色が混ざるようになる。
「そういうこともあるかもしれないわね。あと、ほどよく疲れてるってのもポイントらしいわ」
「疲れてる?」
「そう。疲れてると、誰かに頼りたい、寂しいからそばにいて欲しいっていう気持ちが、無意識に湧いてくるらしいの。そんな人恋しい時に、誰かがそばにいてくれると、自然と好意を抱いちゃうものらしいの」
「へえ……」
夕暮れ時に、物悲しく人恋しくなるってのは、日中の疲れも影響しているのか。
このあたりは海が近く、海が空を映す鏡となるからか、夕暮れ時ともなると、辺り一面が燃えるように真っ赤に染まる。
「じゃあさ、今日からカップル同士に分かれて、それぞれで帰ることにしようぜ」
健太が提案するが。
「ええ~、じゃあ、あたし、逢生の部活終わりを待たなきゃいけないわけ?」
夏鈴がぶーたれた。
逢生はこの中で、ただ一人の部活参加者。陸上部で、短距離をやってる。
といっても、この校舎に部活動は存在しない。土日は大榎高校の本校に通って部活をやってるみたいだけど、普段の平日は、こっちで練習している。一応、顧問というか指導者として、体育科の立花先生がついてくれてるけど、校庭のトラックを走るのはたった一人、逢生だけ。(まれに、立花先生も並走してるときもある)
その逢生の練習が終わるまで、カノジョ(仮)だからって待つのは大変だと思――
「いいわ。あたしも走り込むことにする。それなら退屈しなさそうだし」
――大変じゃなかった。
座ったまま、腕を伸ばし、ストレッチを始めた夏鈴。
「ちょうど、夏までに筋力アップさせたいと思ってたのよねえ」
ヨッヨッヨッヨッ。
夏鈴の動きが大きくなっていく。
「筋肉オバケ……」
「ん? なんか言った?」
「いいえ! なんでもありませんです、サー!」
夏鈴に睨まれ、直立の姿勢になった健太。
怖いのなら、ヘンなこと呟かなきゃいいのに。
「じゃあ、これで話し合いは終わりね」
ガタンと音を立てて、榊さんが立ち上がる。
「お前、榊はどうすんだよ」
机から教科書などの荷物を取り出し、カバンに片付けだした榊さんに健太が問いかける。
「私? 私は図書室に寄ってから帰るわ。今の時間なら、日下先生、図書室におられるはずだもの」
「お前、まさか、先生の行動を把握してるんやないやろな」
ちょっと引き気味の健太。行動を把握してたら、ちょっとストーカーっぽくて僕も引く。
「把握なんかしてないわよ。放課後に図書室に行けば、たいてい先生がいらっしゃることを知ってるだけ。先生はいつも放課後に図書室で静かに本を読んでいらっしゃるから。夕暮れ手前、金色の日差しのなかで佇む日下先生。その少し手前、付かず離れずの距離で、私も先生が勧めてくださった本を静かに読むの。紙とインクの匂いに満ちたあの図書室で、先生と同じ空気を吸う。ああ、なんて至福の時間」
それを、ストーカーと言うのでは?
なんて疑問は飲み込んでおく。
「文華ちゃん、ホント、日下先生のこと、大好きだよね」
「そうね。時折、あの先生の読んでる本になれたらって本気で思うわ」
山野の言葉に頷く榊さん。
僕にしたら榊さんは「ストーカー」っぽいのに。そうか、山野にとったら「大好きだよね」レベルで済まされるのか。
認識の差がスゴい。
軽く、「じゃあ」と残して、サッサと教室から出ていった榊さん。
逢生も夏鈴も、それぞれ部活に参加する準備を始めてる。夏鈴なんて、うれしそうに、体操服を出し始めてるし。きっとこの後、誰もいなくなったら着替えるんだろうな。
「あ、そうだ。夏鈴」
そんな夏鈴に、健太が声をかける。
「お前、明日までに誕生日プレゼント、用意しておけな」
「は? 誕プレ? なんで?」
「明日は、逢生の誕生日やろが」
「そうだっけ?」
「そうだよ。でも誕プレって……、別に」
健太の代わりに答えた逢生。
そうだ。明日、5月28日は逢生の誕生日だった。
言われるまで忘れてた。逆に、ちゃんと覚えてた健太を感心する。
「カップルなんやから、誕生日は外せへんイベントやろ? だから恋人、カノジョのお前から逢生にプレゼントを用意すること! いいな!」
「うええっ!? だったら、急いでプレゼント選びしなきゃいけないじゃん!」
部活、筋トレどころじゃない。
「そうやで。筋力よりも女子力上げて、逢生のために、ステキなプレゼントを選べ」
ビシッと、得意げに夏鈴を指差しした健太。この後、夏鈴が頭を悩ますことを想像しているのか、口の端がニシッと笑っている。
「じゃあ、オレたち二組はそれぞれ下校デートを始めるとするか」
「――は? 下校デート? イヤなんだけど」
うれしそうな健太とは反対に、明音ちゃんが、思いっきり顔をしかめた。