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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
6.キミと恋するディスタンス
29/37

(四)

 「惜しかったな、逢生(あおい)


 「そうだね」


 「もうちょっとだったんだけどな」


 「うん」


 競技場を出て、バス停まで歩き出す。

 日の長い夏の夕方。空の青に黄色と朱が混じり始め、長く伸びた日陰のおかげで、少しずつ冷めてきたアスファルトの道。

 準決勝に進み、その後、決勝にまで勝ち進んだ逢生(あおい)

 ――これは、もしかしてもしかするか?

 ――ワンチャンイケる?

 応援していた僕たちは、その走りに期待した。

 仁木島分校から、期待の星現る?


 「10秒65かあ……」


 空を見上げて、健太が呟く。

 逢生(あおい)の結果は5位。1位は10秒44。コンマ21。ホントに僅差での争いだった。


 「でも、来年はきっと1位だよ。長谷部くんなら絶対」


 泣きそうなぐらい肩を落としてる明音(あかね)ちゃん。寄り添うようにして山野が慰め続ける。


 「あんなに、スゴい走りができるんだもん。来年にはもっと速く走るよ。そしたら1位間違いなし!」


 励ましの声は、ここに似つかわしくないぐらいに明るい。


 「それにしても、カッコよかったねえ、長谷部くん。そう思わない? 夏鈴(かりん)


 「え? あたし?」


 「そうだよ。長谷部くんがあそこまで速くなったのって、夏鈴(かりん)がずっと練習につき合ってたからでしょ?」


 キョトンとした夏鈴(かりん)に、山野が笑いかける。


 「だから、そう落ち込まないで。長谷部くんはスゴい。そして夏鈴(かりん)もスゴい。今度さ、長谷部くんのお疲れ様会? 感動をありがとう会をやろうよ。壮行会できなかったから、それも合わせて」


 「そだね。やろっか、感動をありがとう会。ちょっとしまらない名前だけど」

 

 グズっと夏鈴(かりん)が鼻を啜り上げた。涙こそ流してないけど、それなりにウルッときてたらしい。


 「おっ、感動をありがとう会、いいな! やろうぜ、それ!」


 「アンタは単に遊びたいだけでしょうが。補講からの現実逃避」


 「うっせ。いいんだよ。なんでも」


 会話に飛びついた健太が、夏鈴(かりん)に指摘され頬を膨らます。


 「それよりさ。オレ、今、なんかスッゲー走り出したい気分なんだけど」


 は?


 「こう――なんていうのかさ。あの逢生(あおい)観てたらさ、胸の奥が熱くなってきたっていうか。こう、滾るんだよな、血が」


 「あー、わかる!」


 健太の言葉に、夏鈴(かりん)が同意。


 「感動をありがとうじゃなくってさ! こう、叫び出したいような!」


 「走り出したいような?」


 「そう、ソレソレ!」


 健太と夏鈴(かりん)、意気投合。


 「ってことで、バス停まで走る! 明音(あかね)! お前たちはゆっくり来い!」


 「言われなくてもそうするわよ」


 「(はる)! お前は来い! いっしょにアオハルしようぜ!」


 「いや、なんで僕まで――って! わかった! わかったから服、引っ張るな! 伸びる!」


 強引につき合うことが決定される。


 「仕方ない。アイツらの面倒みとくから、山野はゆっくり来いよ!」


 引きずられるように走るのはイヤなので、自分でちゃんと走り出す。

 まあ、僕も「感動をありがとう」なんてのじゃなくて、なんかこうウズウズするものがあったんだけど。


 「オレのこの血が滾って燃える! アオハルしろよととどろき叫ぶ!」


 ――いや。そこまでじゃないけど。


 バス停まで、約1キロ。


 「……バス、来ねえ」


 健太と夏鈴(かりん)と僕。走った中で、唯一健太だけがヨレヨレのヘロヘロ。


 「情けないわねえ。ほんのちょっと走っただけじゃない」


 「だってよぉ……」


 夏鈴(かりん)の指摘に、健太がベソをかく。


 「――バカね。あんな田舎行きのバス、そう簡単に来るわけないじゃない」


 田舎舐めんな。

 走ったところで、一本前のバスに間に合うなんてことはない。時刻表はガッラガラの空欄だらけ。

 遅れて到着した榊さんの辛辣過ぎる指摘に、走った疲れも相まって、ズルズルと健太が崩れていった。


*     *     *     *


 バスを乗り継ぎ到着した仁木島町。

 バスセンターでそれぞれ別れ、海沿いの道を歩いて帰路につく。

 と言っても、健太はいつものように明音(あかね)ちゃんを送っていったし、僕と山野は同じ道を歩いていく。

 競技会場を出た時は、まだ明るかったのに。仁木島町は、西の山の端に赤黒い残照を残すだけで、空は藍色に染まっていた。


 「そういえば、今日って七夕だったね」


 「あ、うん。そうだね」


 歩きながら他のことを考えてた僕は、山野の言葉に、中途半端な返事しかできなかった。


 「ねえ、大里くんって星座、わかったりする?」


 「まあ、それなりに。詳しいわけじゃないけど、有名なものならいくつか」


 「じゃあさ、織姫と彦星もわかる? 今日の主役!」


 「えっと。わかるよ」


 織姫と彦星。こと座のベガとわし座のアルタイル。落ちるワシと飛ぶワシ。夏の大三角を形作る。どれも一等星だから、ちょっと空を眺めただけで簡単に見つけられる。

 立ち止まり、海の上に見える星を指差す。


 「ねえ、もしかしてあのモヤッとした感じの部分が天の川?」


 「正解」


 夏の大三角あたりの、「あれ? 煙? 雲?」みたいなのが天の川。天体写真なんかだと、もっと細かく、これでもかってぐらいの点描みたいな星があるけど、肉眼で眺めた程度だと、「モヤッ」にしか見えない。


 「彦星、溺れてない?」


 「溺れて? プッ。確かに。フライングして溺れてる」


 山野の表現に笑う。

 こと座のベガは天の川のたもとで大人しく待ってるのに、わし座のアルタイルは、すでに天の川に突っ込んでる。「渡ってる最中」じゃなく、「溺れてる」が面白い。


 「それだけ逢いたくて仕方ないってことにしてあげよう」


 「そうだね」


 年に一度しか逢えない恋人。

 その恋人に逢いたくて、ザバザバドブドブ、必死に天の川を渡ってる。流されないように。無事に織姫に逢えるように。彦星の健闘を祈る。

 

 (これで、織姫も感極まって天の川に入ったりすれば、ロマンティックなのかもしれないけど)


 必死に渡ってくる恋人の姿に、思い余って自分も裳裾を濡らして天の川に入る。星がそんなふうに移動したら、驚天動地確実だけど、それぐらいのロマンスは欲しい――って。


 「――あ!」


 「どうしたの? 大きな声出して」


 「……クレープ食べるの、忘れてた」


 ガックリと肩を落とす。競技会の感動だとかで走って、なんやかんやですっかり忘れて、ようやく来たバスに乗り込んで帰ってきてしまった。


 「そんなに食べたかったの?」


 山野が笑う。


 「いや。健太に食べさせてやりたかったんだよ」


 僕が食いしん坊だからじゃない。


 「アイツ、明音(あかね)ちゃんとうまくいきたくて必死だから」


 クシャッと前髪を掻き上げる。

 明音(あかね)ちゃんとクレープの味の比べっこ。うっかりワンチャン間接キスの妄想は引くけど、それだけ好きなんだなって健気な気持ちは応援してやりたい。

 おそらくだけど、あそこで走ったのだって、明音(あかね)ちゃんにカッコいいところ、見せるつもりだったからだろうし。結果として、情けない姿を晒してたけど。


 「そういうことね。でも、そこまで心配しなくても、健太くんと明音(あかね)ちゃんなら大丈夫じゃないかなあ」


 星空を見上げ、両手を後ろに組んだ山野。


 「あの二人は、時間こそかかるかもしれないけど、いつかは本物のカップルになれるよ」


 「そうかな」


 「うん。だって明音(あかね)ちゃん、なんだかんだ言いながらも、ちゃんと健太くんのそばにいるし。今日だって、健太くんに家まで送ってもらってるし」


 「そっか」


 「それとね。夏鈴(かりん)と長谷部くんも。まだ無自覚かもしれないけど、こっちもあの二人らしい、友達みたいなバディ感覚でカップルになると思う。文華ちゃんと日下先生は、文華ちゃんの推しだからどうなるかわかんないけど。でも上手くいったらいいな、進展してほしいなって思ってる」


 「そうなんだ」


 「うん! 健太くんの言うアオハル計画、大成功だよ」


 歩き出した山野。スキップしそうなほど足取りが軽いのか。下ろした髪が、右へ左へフワリフワリと揺れた。

 その髪と、僕より細い背中を眺め、立ち止まる。


 「どうしたの? 早く帰ろう?」


 振り返った山野。


 「そうだな。あ~、クレープのこと考えたら、途端に腹減ってきた」


 「ナニソレ」


 山野が笑う。僕も笑う。


 ――じゃあ、僕たちは?


 アオハル計画の最後の一組、僕と山野はどうなんだ?

 訊きたい言葉、本当に言いたかったことは、喉に絡みつき、つっかえ、出てこなかった。

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