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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
6.キミと恋するディスタンス
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(三)

 「なあ、お前ら、日曜ヒマか?」


 翌日、教室に到着するなり健太に訊かれた。


 「ヒマだったら、なんかあるの?」


 僕と山野。

 机にカバンを下ろしながら、健太に問い返す。


 「逢生(あおい)のさ、陸上本選があるんだよ」

 

 「本選?」


 「せや。会場も近い。せやもんで、いっちょみんなで応援行かへんかってお誘い」


 「なるほど」


 陸上競技選手権大会。

 先月、逢生(あおい)が10秒88の記録を持ってるから、予選抜きで本選に参加できるって説明してたやつだ。


 「別に。応援なんて来なくってもいいよ」


 ちょっとイヤそうに、逢生(あおい)が顔をしかめた。


 「アホウ! 友達の勇姿、応援せんヤツがおるか! 一瞬にかける青春! それを近くで見守り応援するっちゅーのが友情ってもんやろ!」


 「いや、暑苦しい……」


 「暑苦しい結構! むさ苦しい上等! それがアオハルってもんや!」


 ジリジリ下がる逢生(あおい)。ニジニジ間を詰める健太。


 「なにやってんのよ。健太は、明音(あかね)ちゃんから、美味しいクレープ屋の話聞いたから行きたいだけでしょ」


 ゔ。


 近くにいた夏鈴(かりん)の言葉に、健太の動きが止まる。


 「クレープ屋?」


 「そうよ。この間、明音(あかね)ちゃんが出かけた時に食べたんだって。で、そのお店が競技場に近いって話」


 「ちゃ、ちゃうで! 逢生(あおい)の応援()行きたいんやって!」


 「も? 〝も〟なわけ? ボクの応援は、美味しいクレープのついで?」


 ゔゔ。


 焦った健太が墓穴を掘った。ジト目の逢生(あおい)。攻守逆転。今度は健太がジリジリ下がる。


 「ええやん! オレだって食べたいんや! クレープ!」


 窮鼠猫を噛む――じゃないけど、追い込まれた健太が開き直った。


 「せっかくカップル(仮)になったんやから、いっしょに美味いもん食べたいやん! んでもって、『ちょっとこっち味見してみる?』みたいなことしたいんや!」


 うわ。欲望丸出し。


 「健太、お前、人の妹とナニするつもりなんだよ」


 「ええやん! それぐらいのアオハル、間接キスぐらい夢見させてくれや」


 「これ、美味しいよ」「どれどれ。ん、ホンマや」「そっちはどう?」「こっち? 美味いで。食べてみる?」――みたいな。


 (でも、それって結構ハードル高いんじゃあ)


 まだカップル(仮)なのに、それを求めるのは難易度高いような気がする。せめて、なにかの拍子にウッカリとかじゃないと――。


 「ん? どうした(はる)。顔、真っ赤やで」


 「な、ななっ、なんでもない!」


 慌てて、手で顔を隠す。


 「それより。逢生(あおい)の応援をメインに、ついでにクレープも食べる。それでいい?」


 健太が掘った墓穴に埋められる前に、フォローを出す。

 あの、うっかりサイダーの味を思い出してたとは、口が裂けても言えない。


 「山野もそれでいい? 日曜日、出かけられる?」


 僕はいいけど、山野に外出は辛い?


 「だっ、大丈夫だよ?」


 うつむき加減で答えた山野。昨日と違って、その顔色は少し明るい。それどころか耳まで真っ赤に茹で上がってる。おそらく、僕と同じことを思い出したんだろう。


 「お前ら、なんかあったんか?」


 「なにもない!」

 「なにもないよ!」


 僕と山野の声が重なる。


 「――勘弁してくれよ。恥ずかしい」


 ヘンな疑惑をかけられた僕らの隣で、逢生(あおい)が頭を抱えた。


*     *     *     *


 「えっーと。逢生(あおい)はっと」


 迎えた日曜日。

 僕たち二年生全員と明音(あかね)ちゃんは、競技場を訪れた。

 電車の走ってない仁木島町。車のない僕たちが出てくるには、バス+バスという公共交通機関を使うしかなかった。


 「おっ、いたいた! 逢生(あおい)~」


 聞こえるわけない。これだけ遠いんだから。

 競技場の応援席。適当に探した席から健太が声を上げ、手を振る。


 (あ、気づいた)


 驚くべきは逢生(あおい)の視力か。

 浮かれトンチキになってる健太を見つけると、ハッキリわかるぐらい苦虫潰したような顔になった。遠すぎて、ゼッケンもほとんど読めないのに、「マジで来たのか」という、逢生(あおい)の感情は読み取れた。


 予選抜きの本選。県内の高校生でも上位でないと参加できない。

 そういう大会だけど、それでも参加する生徒の数は多い。

 100m、200m、400m、800m。4✕100mリレー。ハードル。棒高跳、走幅跳、砲丸投、円盤投。他にも色々。

 全部の競技を同じ会場でするわけじゃないけど、それでもあっちこっちで試合が繰り広げられてて、何かとせわしない。

 逢生(あおい)の出場する100mは、参加する選手の数も多い。そのせいか、次から次へ、流れるように試合が始まる。その予選、第7組第四レーン。真っ青なランニングシャツとスパッツ姿、長谷部逢生(あおい)の名が呼ばれる。


 「いよいよね」


 「うん」


 手を挙げ、ペコリと頭を下げた逢生(あおい)

 山野の隣、夏鈴(かりん)が、知らず手を組んだ。


 ――オン・ユア・マークス。


 放送が流れる。


 ――セッ。


 両手を地につけ頭を垂れた逢生(あおい)。その腰がグッと持ち上がる。

 一瞬が永遠にも感じられる。


 パァンッ!


 鳴り響く号砲。弾かれるように飛び出した選手。うつむき、前傾姿勢で一気にトップスピードまで駆け上がる。


 (スゴい)


 それ以外の感想が出てこない。

 いつもは、教室で健太にからかわれたりしてる逢生(あおい)なのに。二人の妹に押され気味な優しいお兄ちゃんなのに。

 一瞬の風になる。

 ゴールに向かって走る逢生(あおい)は、僕が知ってる逢生(あおい)じゃなかった。


 「スゲえ! 一着!」


 白いラインを走り抜けた青のランニングシャツ。

 隣のレーンと競り合いながら、僅差でゴールラインを駆け抜けた。


 「ってことは、次、準決勝進出ってかっ!? おい、スゲえな、おい!」


 「わかった。わかったから、揺するな」


 僕のとなり、健太が興奮して、グラグラと僕を揺さぶる。感動してるのはわかるけど、ちょっと邪魔くさい。


 「スゴいね、長谷部くん。カッコいい」


 反対となり、山野が言った。健太ほどではないけど、山野も声が上ずるぐらいには興奮してる。


 「夏鈴(かりん)もそう思わない? って、夏鈴(かりん)?」


 「え? ああ、なんでもない。なんでもないよ!」


 山野にユサユサ揺すられ、夏鈴(かりん)が我に返る。自分がお祈りポーズになってたことに驚き、その手を慌てて崩す。


 「お兄ちゃん、スゴいわ」

 

 夏鈴(かりん)の向こうに座ってる、明音(あかね)ちゃんも感動してる。


 「そうね。これはなかなか……」

 

 感想を述べたのは榊さん。こういう騒がしいのは苦手かと思ったんだけど、意外にも彼女は、応援に参加した。けど。


 「ねえ、なにしてるの?」


 スマホを取り出し、なにやら打ち込んでる榊さん。さっきの感想が中途半端な印象なのは、スマホ入力に注力しているからだろう。さすがに逢生(あおい)の走りは観てただろうけど、その次には一切目もくれない。


 「小説の練習よ」


 「練習?」


 「そ。私、将来は小説家になりたいのだけど。その時に使えそうな表現とか、こうして書き留めておくの」


 書き留めるっていうか、入力し留めるっていうか。

 もしかして、小説の練習>逢生(あおい)の応援じゃないだろうな。


 「長谷部くんの走りを言葉で表すならどう書くか。比喩か倒置か反復か。比喩だとしたら、直喩か暗喩か擬人か。そういう語彙と文章力を養いたいのよ」

 

 「ひゆ? とーち? あんゆぅ?」


 健太が頭が一回転しそうなぐらい、首をひねった。そして「助けて」って顔で僕を見る。


 「ま、まあ。次の準決勝も逢生(あおい)のこと応援しよう。な!」


 あいまい笑顔で、その場を収める。

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