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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
6.キミと恋するディスタンス
26/37

(一)

 「あ゛っぢぃぃ~~」


 健太、何度目かの「あ゛っぢぃぃ~~」。

 言ったところで、暑さはかわらないのに。滲む汗に顔を歪ませ、何度でも愚痴を漏らす。


 今日は、校外清掃。

 学校の前に広がる砂浜のゴミ拾い。

 「仁木島のキレイな海を守るための清掃活動」なんだそうで。

 テスト明けの、授業の必要のないこの期間に、必ず行われる。まあ、先生方がテストの採点→答案返却までの猶予期間だから、その間の時間つぶしに行われてるのかもしれないけど。

 一年生から三年生までの全生徒参加のイベント。

 一人一枚ゴミ袋を渡され、その袋いっぱいになるまでゴミを集めるってのがノルマ。

 一応、休憩時間は設けられてるし、帽子、タオル持参可なので、そこまでキツイわけじゃないけど。


 「これさあ、掃除する意味ってあるんかな」


 「あるんじゃない?」


 「こんなん、どんだけでも流れてくるちゅーの」


 健太が口を尖らせる。

 砂浜に到着しているゴミ。

 ペットボトルやレジ袋らしき残骸もあるけど、圧倒的に多いのは流木というかなんかの枝とかそういうのと、貝殻。

 拾っても拾っても終わらないだけの量が、「ここまで波は到達するんですよ~」みたいなラインになって、積もり上がってる。

 今、ここでキレイに片付けても、次に海が荒れれば、簡単に次の便が漂着する。エンドレス。


 「山野、大丈夫?」


 グダグダの健太は放っといて。

 すぐそばでゴミを拾ってた山野に声をかける。

 梅雨の合間の晴れ。

 山野は、麦わら帽子を被ってたけど、それでも暑いのは変わらないだろう。それでなくても、山野は、体育の授業を免除されるぐらい、身体が弱い。


 「うん。これぐらい、大丈夫だよ」


 言って、火バサミで笹? みたいな流木を拾い上げる。


 「これ全部片付けて、キレイになったら気持ちいいよね」


 「うん。それはそうなんだけど……」


 次に海が荒れたら、元の木阿弥。


 「あ、ほら!」


 「え?」


 「見て! シーグラス!」


 火ばさみではなく、指でそれをつまみ上げた山野。うれしそうに、僕に見せてくれる。

 淡い不透明な青色シーグラス。長く海を漂って、欠けてまあるくなったビンのかけら。


 「こういうのってさ、ビンを海に捨てるんじゃなーい! って怒りたくなるけど、こんなキレイなものになるのなら、まあいっかって気持ちになっちゃうんだよね」


 「そんなもんかな」


 「うん。清掃活動のご褒美みたいだね」


 ニコッと山野が笑う。


 「あ、でもだからってゴミを捨てるのはダメだよ? ゴミ、許さんぜよ! みたいな」


 「なんだそれ」


 誰のモノマネ?


 「おい、そこ、いちゃついとらんと、ちゃんと掃除せいよ!」


 僕らが笑ってるのを、立花先生が咎める。

 別にいちゃついてたわけじゃないんだけど。

 でも、二人で少し困って笑いあい、それを合図にまた黙々と、それぞれ別方向にむかってゴミを拾い出す。


 「――未瑛(みえい)っ!? アンタ、大丈夫っ!?」


 どれぐらい時間が経ったのか。

 ゴミ拾いに夢中になりかけてたら、後ろで夏鈴(かりん)の驚く声がした。


 「うん。大丈夫……だよ?」


 さっきの僕への「大丈夫」とは違う。弱々しい大丈夫。

 ふり返ってみれば、キレイになった砂浜で、山野が崩れるように座り込んでいた。


 「山野!」


 立花先生も駆け寄ってくる。

 僕も、ゴミ袋を放りだして駆け寄る。

 

 「先生、大里くん……」


 麦わら帽子の影になった山野の顔。暗くてもハッキリわかるぐらい、顔が青い。胸を押さえ、暑さ由来じゃない汗をビッシリかいている。


 「保健室、連れてきます!」


 「えっ、ちょっ!? 大里くんっ!?」


 抱き上げた山野が、僕の腕の中で驚き、声を上げる。けど、そんなこと聞いてられない。


 「しっかりつかまってろよ!」


 山野を抱え、学校目指して走り出す。


          *


 「もう大丈夫よ。あとはゆっくり休んでたら良くなるわ」


 山野をカーテンの向こう、保健室のベッドに寝かせて先生が言った。


 「あの、先生。山野はどっか悪い病気とか、そういうのじゃ……」


 「ああ、違うちがう」


 保健の先生が、軽く笑って、手をヒラヒラ払うように動かした。


 「ちょっとづつないだけだって。横になって楽になったって言ってたし」


 づつない?

 

 「しばらく休ませて、それでも良くならないようなら、ご両親に連絡するから」


 だから、心配しない。


 「――大里くん、ゴメンね。心配かけちゃったね」


 少し開いたままのカーテンの向こうから、山野が声をかけてきた。


 「いいよ。それより、しっかり休んで。づつないんだろ?」


 「うん」


 「しんどい」と違って、その方言の意味はわからないけど、身体が辛いってことはわかる。


 「じいちゃんも言ってたろ? づつない時は、誰でもいいから頼れって。無理したらあかんって」


 山野がおすそ分けを持ってきた時、じいちゃんが言ってた。づつない時は誰かを頼れって。


 「うん。でも……」


 でも?


 「悔しいなあ。最後までちゃんと参加したかった。体育と違って、ちゃんとやれると思ったのに……」


 上掛けを引っ張り上げ、山野が悔しそうに呟く。少し涙ぐんだような声。

 いつもは見てるだけだから。掃除ぐらいなら出来るんじゃないか。そう思って頑張ってたんだろう。


 「なあ、山野」


 保健室から出ていくのではなく、そのベッドの脇にあった椅子に腰掛ける。


 「個性って言葉、知ってるか? 人にどうして個性があるのかどうか」


 「個性?」


 「そう。クローンとかと違って、人にはそれぞれ個性、出来ること、出来ないことが存在する、人がみんなおんなじ、画一的じゃない理由」


 話す僕の後ろで、ドアが閉まる音がした。先生が出ていったんだろう。


 「山野はさ、身体が弱い代わりに、誰よりも絵が上手い。健太はバカだけど、そのぶん誰よりも楽しくて面白い。逢生(あおい)は足が速いし、夏鈴(かりん)は泳ぐのが得意。榊さんは文章力に優れてるし、明音(あかね)ちゃんはお化粧品に明るい。みんなそれぞれの個性、みんな同じじゃない。僕が虫苦手なのに、山野は平気。得手不得手はみんな違うんだ」


 明るいという点では、健太と夏鈴(かりん)明音(あかね)ちゃんは似てるけど、でも得意不得意となると違ってる。逢生(あおい)と榊さんと山野も、大人しいことは同じだけど、だからって性格までいっしょじゃない。


 「人ってさ。そういう得手不得手、得意不得意分野が違うことで、助け合っていく。そういう進化をとげた生き物なんじゃないのかな」


 うまく説明できないけど。

 僕に足りないところは、別の誰かが補う。その代わり、誰かの出来ないことは、僕が扶ける。

 「人」という字は誰かと誰かが支え合って――なんてことは言わないけど、それに近いことはあるんじゃないかな。足りないところを補い合う。


 「だから、誰かと同じようにやろうとしなくてもいいんだよ。辛い時は無理をしないで、誰かを頼りなよ。僕でよければ、なんでもするからさ」


 「大里くん……」


 「その代わり、山野は、僕に描けないような、すっごい上手い絵を描いてよ」


 「絵、苦手なの?」


 「あー、うん。少なくとも山野ほどは上手くない。トラを描いたら『ネコでしょ』って言われるレベル」


 「ネコ?」ならいい。もしかしたらもっと別の生き物、いや、生き物にすら思ってもらえないかもしれない。


 「わかった。じゃあ、大里くんの代わりに、わたしがいっぱい絵を描くね」


 「うん。頼む」


 笑った山野。

 さっきと違って、わずかに頬に赤味が戻ってきてる。


 「じゃあ、僕は戻るけど。ちゃんと休んでなよ」


 「うん。ありがと、大里くん」


 僕の拙い説明でも、彼女の心が少しでも軽くなったのなら。

 僕が立ち上がったタイミングで先生が戻ってきたので、入れ替わりに山野を任せて教室に戻る。


 「未瑛(みえい)、大丈夫なのか?」

 

 教室には、浜から戻ってきた健太たちがいた。

 着替えもせず、山野のことを案じてる。


 「大丈夫だよ。しばらく休めばいいって、先生がおっしゃってた」


 「そっか……。よかったあ」


 教室中に、安堵の息が立ち込める。


 「なあ、健太。頼みがあるんだけど」


 今の僕。

 あんな話をしたせいか。

 山野のために、なにかしたくてたまらない。

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