(五)
「お~しっ! じゃあこれが最後な!」
グラウンドのなるべく乾いてる場所を選んで、健太がいくつもの筒を等間隔に並べていく。
打ち上げ花火だ。
といっても、花火大会なんかで見るような大きいものじゃなくて、あくまで素人が扱えるサイズ。それが、濡れたグラウンドに並べられた。
「さぁて。これでいいかな」
なぜか、両腕の袖をまくる仕草をする健太。半袖なのに、なぜに? よくわからない気合いの入れ方。
「お~う、健太。やってるなあ」
「ウゲ。兄貴」
健太の気合いメーター急落。グラウンドにやって来たのは、陽気な感じの航太さんと寧音さん。
「先生、お久しぶりです。弟がオモロイことやってるっていうんで来ました」
健太を年取らせたらこんな感じ――の航太さんが、立花先生に挨拶する。
「川嶋と山野か。久しぶりだな」
「はい!」
航太さんも寧音さんも、この仁木島分校の卒業生。長く勤めてる立花先生とは恩師と生徒の間柄。
「お前ら、ようやくつき合ったんだって?」
「やっとオッケーもらったんですよ、先生」
ニコニコというか、寧音さんにデレデレの航太さん。こうして来たのは、弟を見に来たというより、自分のカノジョを見せびらかしに来たのかもしれない。
ってか先生にまで、つき合ってるっていうプライベートは筒抜けなんだ。
「未瑛、ゴメンね。せっかくみんなで楽しんでるとこにお邪魔しちゃって」
立花先生と話す航太さんを置いて、寧音さんがこっちに近づいてくる。
「いいよ。それよりお姉ちゃん、航太さんとドライブデートだったんじゃないの?」
「それが航太ったら、『健太たちがオモロイことやっとるから行こまい』って言い出して」
プンスカ。
寧音さんが軽く頬をふくらませる。けど、美人のプンスカは、怖さより可愛らしさが増す。
「まあ、軽トラでドライブ言われても、全然雰囲気ないけど」
軽トラで?
見ると、グラウンドの脇、駐車場には白い軽トラ。あれでドライブしてたんだろうか。だとしたら、ムードもへったくれもない。
健太の兄さんらしいチョイスだけど。
「兄貴、せっかく来たなら、着火手伝えよ。オレ一人で着けるの大変なんだよ」
「しゃーないな。兄ちゃんにまかしとき」
なぜか航太さんも、半袖なのにエアー腕まくり。
(似た者兄弟)
そう思った。
「おっしゃ! いくで!」
似た者兄弟が次々に打ち上げ花火に点火する。
ヒュルルル~、ヒュルルルル~。
いくつもの、花火と空気がこすれる音。そして。
パァン!
真っ暗な空に花火が弾ける。いくつも。いくつも。
「キレイやねえ」
「そうだね」
寧音さんは、点火して戻ってきた航太さんと寄り添うようにして空を見上げてる。
逢生と夏鈴も。榊さんは、コッソリ日下先生の隣に近づいて。いつの間にか、誰もが誰かと並んで花火を見上げてる。
「ねえ、大里くん」
花火を見上げながら山野が言った。
「打ち上げ花火って、もとは亡くなった死者の霊を慰めるために上げられたものだって知ってた?」
「え?」
「だから、これは美浜屋のお婆さんのための花火なんだよ。健太くんが言ってた。まあ、テスト終わりの打ち上げって意味もあるけど」
「そうなんだ」
遊んでばっかり、楽しいことしか考えてないと思ってたのに。健太のヤツ、そんなことも考えてたんだ。
「お婆さん。和子さんも見てるのかな、この花火」
「見てるんじゃないかな」
誠治さんと二人で。「なんや、花火上げてくれてるんか」って、うれしそうに語り合いながら。
「もっと大きいのを上げられたらええんやけどな」
花火が終わって、航太さんが近づいてきた。
「昔、俺が保育園の頃は上げとったんやけどな。何尺玉みたいなのをドーンってさ」
「そうなんですね」
「やけど、最近は資金が集まらんくってなあ。青年団の連中も上げたい言うとるんやけどなあ。なかなか難しい」
そこまで話して、なぜかこちらへニュっと手のひらを見せてきた航太さん。――ナニ?
「っちゅーことで、漁協青年団は、花火大会実行のため、絶賛協賛金募集中や!」
「は? お金とるんですかっ!?」
「当たり前や。花火一つに金がかかる。出してくれたら、『提供は大里診療所』ってちゃあんと読み上げてやるから」
ニカッと笑った航太さん。
「なに高校生相手にアホなこと言うとるの」
そのカリアゲ頭を、寧音さんが後ろから思いっきり叩いた。