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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
4.あまくはじけてほろ苦く
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(五)

 ――おはよ、大里くん。今日も蒸し暑いね~。


 言ってパタパタと下敷きで仰ぐ山野。柔らかな髪が、風に乗ってフワリと揺れる。


 ――今日の数学、予習してきた? もしよければ、答え合わせさせてほしいんだけど。


 よくある会話。いつもの表情。

 普段の山野。


 (あんなに泣いてたのに)


 あの日。美浜屋のお婆さんのことを思って、涙を流した山野。

 なかなか泣き止まなくて。家に送る道でもずっと落ち込み、うつむいてばかりだったのに。


 (元気になったのなら、それでいいか?)


 いつも通り、夏鈴(かりん)や榊さん、明音(あかね)ちゃんと、他愛もなさそうな話をして、楽しそうに笑ってる。時折、僕の視線に気づいて、「ん?」みたいなクリっとした目でこっちを見てくる。

 特に悩んでる様子もないし、落ち込んでるようでもない。

 いつもの山野だ。

 強いて言うなら、夏鈴(かりん)たちと喋ってない時、一人でいる時にスケッチしてることが多くなった。気づくと鉛筆とスケッチブックを持って、なにかを描いている。まあそれは、新島大橋みたいに、「燃える!」スケッチ対象が見つかったからかもしれない。雨にけぶる仁木島も好きって言ってたし。


 梅雨に入って。

 雨は「降ったり止んだり」ではなく、「降ったり降ったり」になった。時折、「これぐらいにしておいてやらあ」って感じで雨が止む。いつだって傘必須。折りたたみでは間に合わない。


 「雨って、景色は悪くないけど、雨自体は好きじゃないんだよねえ」


 帰り道、山野が言った。


 「なんで?」


 「ほら、髪の毛にクセが出ちゃう。どんだけドライヤーあてても、クルってなっちゃうのよ」


 髪を一筋持って、寄り目で毛先を眺める。

 つままれた毛先がクルンと弧を描く。


 「ホントだ」


 クルンとなった髪もかわいい。――なんてことは黙っておく。


*     *     *     *


 「(はる)! 助けてくれ! この通り!」


 パンパンっと頭の上で柏手うって、こっちを拝み倒す健太。僕はいつから、神様になったんだ?


 「次の期末で赤点減らさねえと! 夏休みに補講が確定しちまう!」


 あー、なるほど。

 来週から始まる期末テスト。

 中間で散々赤点をとった健太は、色んな意味で崖っぷち。


 「別にいいけど……」


 教えるぐらい、なんてことないけど。


 「おっしゃ! サンキュ! ってことで、みんなぁ! (はる)が勉強教えてくれるってよ!」


 ――は? みんな?

 勉強を教えるのは、お前だけじゃないの?


 「ホント? マジ助かるんだけど!」


 「ボクも教えてもらえる? 健太ほどじゃないけどさ、成績悪いと、次の大会とか難しくなるんだよなあ」


 「って、おい。夏鈴(かりん)逢生(あおい)もか?」


 「そうよ。教えるのに、一人や二人増えたって問題ないでしょ?」


 「いや、そうなんだけど」


 「大会のために万全を期しておきたいんだよ」


 「大会?」


 「逢生(あおい)ってばスゴイのよ! 予選抜きで、本選進出なんだから!」


 逢生(あおい)に訊いたはずなのに、なぜか夏鈴(かりん)が答えた。


 「春の大会でさ、記録出したから、予選が免除されたんだよ」


 エヘヘと、逢生(あおい)が照れた。


 「記録って」


 「10秒88」


 「10秒88!」


 隣で聞いてた健太が、驚いた声を上げる。けど。


 「――って、スゴいのか?」


 すぐにキョトンとした顔になった。


 「スゴいんじゃないのか」


 訊かれても、僕にもイマイチよくわからない。けど、予選抜きで本選参加なら、スゴいんだと思う。たしか、自分のタイムは、12秒台だった気がするし。


 「大里先輩。あたしたちも教えてもらってもいいですか?」


 「え? 明音(あかね)ちゃん、山野も?」


 「お願いポーズ」の明音(あかね)ちゃんと、遅れて山野が近づいてくる。


 「あら、勉強会なら私も参加させていただくわ」


 「ええっ!? 榊さんもっ!?」


 「どうせ、図書室でやるんでしょ? なら、私も行くわ」


 榊さんの場合は、日下先生のそばにいたいからの参加か。学年二位の彼女に教えることなんてあるのかって思ったから。なんか納得。


 「大里さんとご一緒に勉強すれば、それだけ理解も深まるでしょうし」


 あ、一応、勉強目的ではあるんだ。


 「――わかった。じゃあ、今日の放課後から図書室で。それでいい?」


 「うん」

 「サンキュ!」

 「助かる!」


 みんなが口々に感謝を述べる。


 「じゃあ、オレは数Ⅱに、英語に化学に日本史! あと古典!」と健太。

 「あたしは、数Bと物理! ヨロシク!」と夏鈴(かりん)

 「ボクは、世界史と英語かな。できれば数Bも」と逢生(あおい)

 「アタシは、数Ⅰと英語と生物をお願いします、先輩!」と明音(あかね)ちゃん。

 「数Ⅱを……。お願いしてもいいかな?」と山野。


 「ちょっと待て。それって全教科なんじゃないのか?」


 古典に世界史、日本史、数Ⅱ、数Bに化学に物理。そして英語。

 一年の明音(あかね)ちゃんも合わせて、現国以外の科目を網羅。現国が抜けてるだけ、助かったのか?


 「そうね。私は大里くんと現国の、今回のテスト範囲になった『李陵』について語ってみたいわね」


 それまで顎に手をあて、思案してた榊さんが言った。


 「大里くんとなら、日下先生も交えて、ちゃんとした文学談義ができそうだもの」


 現国も参加。全教科コンプリート。


 勘弁してくれ。これじゃあ、僕の勉強時間が取れないじゃないか。

 心の中で、一人嘆く。

 誰かに教えることで、自分の理解が深まる――なんて言うけど。

 簡単に安請け合いするんじゃなかった。本気で後悔する。

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