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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
3.恋せよ乙女、恋して男子
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(五)

 ――逢生(あおい)! (はる)! お前ら、計画を進めるため、この週末に作戦を練ってこい! ええな!


 (って、具体的に何すればいいんだよ)


 そんなことを考えながら、家を出て、坂を下っていく。

 来週の月曜日。

 そこから計画の遅れを取り戻すのだと、息巻いた健太。僕と逢生(あおい)にそのための作戦を考えてこい、それも一人五つと無茶な課題を一方的に押し付けてきた。

 ムシしてもいいんだけど、さすがに一個か二個ぐらい考えておいたほうがいいだろう。

 けど、家に居てもそんな妙案を思いつくはずもなく、意味もなく外へ散歩に出た。歩いていれば、何かしらの案が思いつくかもしれない。――思いつかないかもしれない。でも、気分転換にはなる。

 6月になったとはいえ、梅雨入りはまだのこの期間。

 照りつける日差しは暑いけど、吹く風はサラッとしていて、汗ばむ肌に心地いい。本格的に夏になれば、あちらこちらからセミの鳴き声が溢れ、外なんて歩きたくないぐらい暑くなるんだけど。


 「――山野?」


 「あ、大里くん。おはよう」


 坂の先、歩いていた山野に声をかける。Tシャツにブカっとしたキュロット。スマホと財布程度が入りそうな小ぶりの肩掛けバッグ。サコッシュ? 脇には見慣れたスケッチブック。


 「スケッチにでも行くの?」


 見たらわかるだろ? って格好なのに、間抜けにも問いかけてしまった。


 「うん。ちょっとそこの神社まで」


 「ふぅん。ねえ、ついて行ってもいい?」


 「いいけど。来ても、面白いことなんてないよ?」


 「なくてもいいよ」


 ただの、時間つぶし、暇つぶしだし。


 「それより、ついて行ったらお邪魔?」


 絵を描くのに、僕がいると邪魔? 一人でゆっくり絵を描いていたかった?


 「そんなことない。そんなことないよ!」


 なぜか山野が慌てる。


 「じゃあ、いっしょに行こう」


 言われ、前後に歩くのはおかしいので、二人で並んで坂を下りていく。

 

 (たとえ、ホントに邪魔でも、山野は絶対「イヤ」って言わないよな)


 山野は優しいから、相手の気持ちを慮って、よほどのことじゃない限り「NO」とは言わない。


 (僕とのカップルにも、「イヤ」って言わないもんなあ)


 健太が勝手に決めたことなのに。「イヤ」と言えば、僕が傷つくとか、申し訳ないとか、そういう風に思ってるのかもしれない。

 坂を下りきったところ、曲がり角にある美浜屋の自販機で、それぞれ飲み物を買う。山野が買ったのはサイダー。


 「スカッとするのが好きなんだ」


 なるほど。


 「すごいよな、炭酸とかコーラ飲めるって」


 「大里くん、苦手なの?」


 「うん。あのグフって上がってくる炭酸がどうにも」


 せっかく口のなかでパチパチする炭酸を飲み下したのに、速攻でガフっとゲップといっしょに上がってこられると……。腹に収まっとけよ、お前! って思うし、それで「ゲフ~」なんて音がしたりしたら、恥ずかしすぎる。鼻を通り抜けられれば、気分最悪。

 言いながら、自販機にお金投入。選んだのは、青いパッケージの清涼飲料水。夏はまだまだだけど、熱中症対策は大事。


 山野が訪れたのは、海に面した小さな丘の上に建つ神社。貴志神社。

 茂る木の間、斜面に沿って伸びる階段。石造りの鳥居。神社の名前を刻んだ古い石の柱が建つ、とても静かな、どっちかというと寂れた印象の神社。宮司さんも常駐していない、祭りと正月以外、訪れる人も少ない神社。

 けど、小高いところにあるせいか、とても景色がいい。階段を登りきってふり返れば、緑の木々を額縁にして、青い海と岬と島々が美しく収まる。

 悪くない景色。家の辺りの坂で見る海とはまた違う印象。


 (これは、絵心をくすぐる景色だよな――って、アレ?)


 「山野?」


 僕が景色に見とれてる間に、そばを離れていた山野。境内の脇を覗き込むようにしていた。てっきり、海の見える景色を描きに来たのかと思ってたのに。


 「ああ、ゴメンナサイ。描きたいのは、そっちじゃなくて、こっちなの」


 こっち?

 境内に覆いかぶさりそうなぐらい勢いづいてる木々になにが――。


 「――ユリ?」


 境内の周り、少し開けた……といっても雑草が生い茂る中に、スッと伸びた茎、ラッパ状の花、ユリが咲いていた。

 

 「うん。ササユリっていうんだ。ほら、葉っぱが笹っぽいでしょ?」


 言われ見れば、――うん。笹っぽいってことにしておく。雑草に紛れて、手に取らない限りその葉の形状はわかりにくい。

 

 「日本にむかしから自生してるらしいんだけど、最近は減少してるらしくて。この時期にだけ咲く、希少な種なんだよ」


 「ふうん」


 淡いピンクのササユリ。カサブランカとかみたいなデッカイ花じゃない代わりに、一つの茎に、二つ、三つと花がついている。群生するのではなく、雑草に埋もれてポツンポツンと咲いている。そのうち埋もれて消えちゃうんじゃないかってぐらい。香りだってかなりおとなしめ。


 「わたし、ここでササユリ描いてるつもりだけど。時間かかるし、大里くん、飽きたら遠慮なく帰っていいからね?」


 「わかった。飽きたら帰る」


 そう答えると、境内の端に腰掛け、さっそく鉛筆を取り出した山野。ジッとササユリを見つける目は、もう僕を振り向いたりしない。それだけ集中して、大好きな絵に取り組んでるってことなんだけど。


 (もしかして、本気で邪魔なのかな)


 「ついてきても面白くない」ってのは、「なんだよ、地味だな」とか言われて傷つくのを回避するため。「飽きたら帰っていい」ってのは「たまたま会ったからって、義理でついてこなくてもいいよ」っていう優しさなんだと思うけど。でも、本気で「邪魔!」って思われてるようにも聞こえて、ちょっと傷つく。


 (別に、飽きたりしないし、地味とも思ってないのに)


 いっしょに絵を描けばいいのかもしれないけど、あいにく道具は持ってないし、その前に画力なんてものを持ち合わせてない。

 だから、絵を描かない代わりに、絵を描く山野を見続ける。

 いつもはそのまま下ろしてる髪を、今日は絵を描くためか、キュッと一つにくくってる。でも、キレイに撫でつけるように結んでるんじゃなくて、まとまりきれなかった後れ毛が、白く細いうなじにクルンとかかる。

 うなじだけじゃない。ササユリを観察するため顔を上げ、またスケッチブックに視線を戻す、そのたびに風が髪をゆるくほどいて、彼女の顔を縁取らせる。

 落ちた髪に気づいて、耳にかけたりするけど、それもまたこぼれ落ちて。風と山野の動きに揺れる。


 (悪くないな)


 こんな休日も。

 木漏れ日程度の日差ししかない、神社の境内。木の匂いがするヒンヤリした板間。

 サヤサヤとササユリと草が鳴らす音。時折、ザアっと風が鳴らす木の揺れる音。

 シュッシュッと山野の鉛筆が鳴らす音。

 遠く海の波音。チチッと鳥の鳴き声も聞こえる。神社の前を走り去ってく車の音。

 頬杖ついて、描く山野を眺めながら横になる。

 真剣に絵に取り組む横顔。

 その顔を、こうして見続けるのも悪くない。

 そう思った。

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