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アオハルオーバードーズ!  作者: 若松だんご
3.恋せよ乙女、恋して男子
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(二)

 「ねえねえ、見て見て、先輩!」


 お昼休み。

 いつものように昼食に混じってきた明音(あかね)ちゃんが、うれしそうに机の上にポーチの中身を広げて、女子たちにみせた。――化粧品?


 「これ、どうしたの?」


 夏鈴(かりん)が問う。

 いつも使ってるリップ……というよりは、なんか新しそうだけど。


 「昨日の休み、お母さんに買ってもらったんですぅ」


 ニッコニコの明音(あかね)ちゃん。代わってふり返れば、ちょっとお疲れ顔の兄、逢生(あおい)


 「昨日、母さんと婆ちゃんがさ、明音(あかね)公佳(きみか)を連れて行ったんだよ。それも伊勢まで」


 「伊勢まで?」


 「そ。服を買いに行ったはずなんだけどさ。ついでにポイント5倍デーとかなんとかで、日用品買いにドラッグストアに立ち寄って、化粧品は10倍だって聞いて、ああなった」


 なるほど。


 普通に買い物するだけなら、伊勢まで行かなくても、こっちにも車で30分ほど走ればショッピングセンターぐらいある。それをわざわざ山を越えて伊勢まで行くんだから、よっぽどいろんなものを買いたかったんだろう。

 

 「おかげで、ボクは民宿の手伝いでヘトヘト。父さんと二人でお客さんのお世話したんだから」


 「それは……、ご苦労さま」


 今朝からずっとグッタリしてる逢生(あおい)。土日の本校での部活で疲れてるのかと思ったけど、どうやらそうではなかったらしい。

 逢生(あおい)の家、長谷部家は逢生(あおい)の両親とお祖母さん、妹の明音(あかね)ちゃんと、もう一人、中学一年の公佳(きみか)ちゃんがいる。

 男女比、2対4。勢い、お父さんと逢生(あおい)の立場は女子の下になりやすい。


 「なんかいろいろねぇ、カワイイ新色があったから。電話でお父さんに相談したら、欲しいのは全色買っていいって言われたの!」


 男女比、2対4じゃない。逢生(あおい)のお父さんは、明音(あかね)ちゃんと公佳(きみか)ちゃん、二人の娘にベタ甘パパだった。逢生(あおい)はともかく、お父さんはニッコニコで娘たちを買い物に送り出したんだろな。


 「でもさ。化粧って、校則違反じゃねえの?」


 ハムっとコロッケパンの最後の一切れを食べて、健太が言った。

 確かに、お化粧は校則で禁止されてたはず。


 「これは、お化粧じゃなくてすっぴんメイクだからいいの!」


 は?

 お化粧とメイクの区別がつかない。ってか、すっぴんメイクってナニ? すっぴんってのは、化粧してないってことだろ? それなのにメイク?


 「お化粧ってのは、化粧水つけて化粧下地塗って、ファンデーションつけて、チークはたいて、アイカラー、アイライナー、アイブロウ、マスカラって塗りぬり、盛りもりしていくもんでしょ? それと違ってすっぴんメイクは、塗ってるんだけど、そうとわからないぐらい、発色もかすかでナチュラル、お化粧してる感ゼロの、理想のすっぴんを作り上げるものなの」


 多分、僕たち男どもが、頭に「?」を浮かべてたんだろう。明音(あかね)ちゃんが細かく説明してくれた。


 「だから、使うのはこのBBクリームと、プレストパウダーと……って、ええい、説明しにくい! 未瑛(みえい)先輩、顔、貸してください!」


 「え? ちょっ、あ、明音(あかね)ちゃんっ!? きゃあっ!」


 説明の難しさ、伝わらないことの苛立ち、面倒くささの犠牲に、山野が選ばれた。明音(あかね)ちゃんの隣に座ってたことがアダになって、その驚く顔を押さえつけられ、容赦なくすっぴんメイクを施される。


 「アタシ、一度やってみたかったんですよね~。未瑛(みえい)先輩って、とってもお肌キレイだし。――って、先輩! 動いちゃダメです!」


 「ふぁい……」


 はからずも、メイクモデルになってしまった山野。明音(あかね)ちゃんに言われるままに静かにメイクされる。


 「先輩の場合は、肌が白いからこっちの血色よく見えそうなリップのがいいかな。あんまりやりすぎると先生に見つかっちゃうから、アイブロウはちょっとだけ」


 ルンルンと鼻歌交じりに、山野の顔をキャンバスに描いていく明音(あかね)ちゃん。


 「――これでヨシ!」


 最終的に、チョイチョイ微調整して、満足がいったのか、フンッと鼻を鳴らした。


 「どうです、大里先輩! カノジョの出来栄えは!」


 クルッと山野の肩を掴んで、僕に向き合わせるけど。


 「なんで、僕?」


 「未瑛(みえい)先輩のカレシだからですよ!」


 叱られた。

 カレシって。まだカレシ(仮)というか、お試しカレシなんだけど。

 でも。


 「カワイイ――と思う」


 メイクする様を見ていたせいか、「すっぴん」「いつもと変わらない」という感想は持ってない。「なんか塗ってるな」ぐらいはわかる。

 いつもより血色よく感じる肌。ピンク色の少し潤ってる唇。

 そこまで変わった印象はないけど、でもカワイイと思う。心臓がトキンと跳ねた。

 

 「ちょっ! 大里先輩! 『と思う』ってなんですか!」


 え?


 「カワイイならカワイイ! 素直に褒めたらどうですか!」


 またまた叱られた。


 「ちょっと待って、明音(あかね)ちゃん。鏡、鏡を見せてくれる? どんな顔になってるか見てみたいの」


 山野が、吠える明音(あかね)ちゃんに声をかけた。


 「え? 鏡?」


 えーっと。

 明音(あかね)ちゃんが止まる。


 「持ってきてないのかよ」


 健太がツッコむ。


 「うるさいわね! コスメでポーチがいっぱいになっちゃったの!」


 焦った明音(あかね)ちゃんが開き直る。


 「あるわよ、鏡なら」


 それまで成り行きを黙って見てた(正確には、一人本を読んでいた)榊さんが、自分のカバンから折りたたみ式の小さな鏡を取り出した。


 「ありがとう、文華(ふみか)ちゃん」


 受け取った山野が、うれしそうに、でも不安いっぱいって感じで鏡をのぞく。


 「なんで、榊は鏡なんて持ち歩いてんだよ」


 健太が訊いた。

 今も化粧っ気ナシで、そういうのから縁遠い印象なんだけど。


 「図書室に入る前に必要なのよ。身だしなみを確認するために」


 は?

 図書室に入るのに、身だしなみって必要だったっけ?

 そりゃあ、ボサボサよりはピシッとしてたほうがいいに決まってるけど。

 逢生(あおい)と二人、顔を見合わせ首を傾げる。


 「先生に、下手な私を見せたくないの」


 あー、なるほど。

 振り向いてもらう予定のない「推し」相手であっても、どう見られるかは気になるってことか。

 いつも本ばかり読んでとっつきにくい印象の榊さんだけど、カワイイところもあるんだなって思った。


 「にしても。未瑛(みえい)、そんなに必死に見てなくても、アンタ、充分カワイイって」


 鏡で見るだけじゃない。前髪までツンツン触り始めた山野に、夏鈴(かりん)が声をかけた。


 「でも……」


 「大丈夫だって。今の未瑛(みえい)のかわいさは、あたしが保証してあげる。アンタを見て、カワイイって言わないヤツは、あたしがぶっ飛ばしてあげるから」


 言って、グッと力こぶを作ってみせた夏鈴(かりん)。なあ、それってもしかして、僕、ぶっ飛ばされる案件?


 「カワイイ!」


 「カワイイであります、サー!」


 逢生(あおい)と健太が、けたたましく椅子を鳴らして立ち上がる。鬼軍曹の前のへっぽこ一等兵みたい。


 「それよりさ、あたしにもコレ、似合ったりするかなあ」


 健太たちの反応にニッと笑って、夏鈴(かりん)が話題を変えた。彼女が手にした、山野の使ったリップ。

 

 「あ、それ。夏鈴(かりん)なら、こっちを使ったほうがいいよ」


 直立解除された逢生(あおい)が言い出した。


 「夏鈴(かりん)って、山野さんと違って日焼けしてるだろ? その肌色を活かすためには、赤みの強いピンクじゃなくて、こっちのオレンジの混じったピンクのがいいんだよ」


 ホラと、机の上に散らばったコスメから、一本を選びだした。


 「オレンジとかブラウンって、リップとして選ぶのは難しい色なんだけど。夏鈴(かりん)なら使いこなせると思うよ」


 「お前、くわしいな」


 健太が感嘆する。


 「まあね。こういうコスメとかの雑誌、家のあちこちに読み散らかされてるから。嫌でも目に入るし、なんとなく覚えた」


 「なるほど」


 家にじいちゃんしかいない僕と、家に女性はお母さんだけの健太では、逢生(あおい)のようなスキルを得ることは難しい。


 「オレン家には、兄貴のエロ本ぐらいしかねえからなあ」


 「僕ン家には、それすらもないよ」


 あってたまるか。

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