30 それでも、私は。
辺境伯の妻となる者として学び、働きながら、悪魔を祓う日々。
ミュールが見える人の数もどんどん増えてゆき、自分の力が強まっているのもわかります。
ですが、フォルビア様についた悪魔には、未だに何もできていません。
そのまま時が過ぎ、私は18歳に。
悪魔に憑かれてから、約3年。フォルビア様は、今も明るく振る舞っています。
ですが、精神的な苦痛な相当なもののはずです。
これ以上、親友を苦しませたくない。
私自身も、じわじわと追い詰められていました。
このころには、ミュールもすっかり人々に馴染んでいました。
私から離れて空を飛んでいても驚かれることはなく、ミュール様だ、と手を振られているぐらいです。
ちなみに、猫型の方が人気です。
猫の姿の方が可愛がられやすいので、ミュール自身も猫スタイルを好んでいるように見えます。
「リリィベル様、ミュール様。どうかこの子を……」
町を歩く私たちに助けを求めてきたのは、子供を抱いた女性。
まだ幼い娘さんが急に発熱し、なかなかよくならないのだそうです。
医療は、私の分野ではありません。
けれど、こういった体調不良にも、悪魔が絡んでいることがあるのです。
心と身体は繋がっています。
少し体調を崩したところに入り込み、身体とともに弱った精神を更に蝕む。
そうすれば、通常以上の負荷を受け、心身ともに倒れる人の出来上がりです。
お子さんには、悪魔が憑いていました。
『おお、これは我らの領分じゃな。祓ってやるからそこに立っておれ』
ミュールが、私よりも先に動き出します。
黒猫スタイルから、人の女性に近い姿へ。
親子の足元に光の陣が出現し、炎が立ち昇ります。
炎が消えるころには、悪魔は焼き尽くされていました。
ミュールが言うには、私の力を通して顕現しているときであれば、下等悪魔ぐらいは祓えるとのことです。
私……人間を通していることが重要だとかで、通常、悪魔同士は干渉し合えないとも。
「ありがとうございます、ミュール様!」
『なあに、これくらい気にせんでいい。それより、その娘。体調が悪いのは事実じゃから、しっかり休ませてやるんじゃぞ』
「はい……!」
私の出番はありませんでした。
猫に戻り、『まったく世話が焼けるのう』と言うミュールは、どこか嬉しそうで。
彼女が私に本音を話してくれることはないでしょうが……。
守護精霊として感謝されること、人々の力になることに、喜びを感じているように見えます。
今の彼女になら――必要とあれば、もう一度、身体を貸し出すかもしれません。
ミュールは人間の世界に溶け込み、私はミュールを信頼するようになりました。
そんな、良好な関係を築いたからでしょうか。
ある日、人の姿をとったミュールが私に問いました。
『リリィベルよ。どうしても、フォルビアに憑いた悪魔を祓いたいのか?』
「はい。どうしても、です」
『そうか……。なら、教えてやってもいいかもしれないのう』
「なにをです? なにか知っているのですか?」
『強大な悪魔の祓い方、じゃよ』
「……!」
私が頷いたことを確認すると、ミュールはわざとらしくため息をつきます。
『人間に協力してやるなんて、我も阿呆になったものじゃ。……じゃが、我もフォルビアには世話になっておるからな。力を貸してやろう』
「ミュール……!」
『ただし、あれだけの悪魔を祓うとなると、タダでとはいかん。祓うためには……命を消費する』
「いのち、を?」
『ああ。命を消費する魔術じゃ。どれくらい持っていかれるかは、お前次第じゃがな』
「やります。……と言いたいところですが、先に説明をしてもらえますか? 命とか、魔術とか、一体……」
ミュールは、色々なことを教えてくれました。
彼女は、私が悪魔を祓って得た魔力を使ってこの世界に顕現しています。
そうとしか聞いていませんでしたから、素の状態の人間には魔力がないものだと思い込んでいました。
でも、そうではなかったようで。
人間も、最初から微量な魔力を持っているそうです。
『お前はその量が普通より少し多くて、コントロールも上手かった。無意識じゃろうが、お前は普段から魔術を使っておった。自分の肉体から悪魔に魔力を流し込んで退治してたんじゃぞ、あれ』
「そうだったのですか……」
『おお。拳にのせて魔力を流し込む、恐ろしいパンチじゃった……』
最近は落ち着いていますが、彼女に憑かれた頃は、肉体の主導権争いで殴りまくっていました。
あのときの拳や蹴りで、私は自分の魔力をミュールに注入していたようです。
悪魔にとっては恐ろしいことのようで、過去を思い出したミュールが怯えて震えていました。
『で、じゃ。フォルビアに憑いた悪魔を祓う方法じゃが。魔術で我とお前の力を増幅させたうえで、奴を引きずりだせばいい。干渉するとき、壁があるように感じるじゃろ? あそこから引きずりだして殴る。それで終わりじゃ。代償に奪われる命が、10年か20年か……それは、やってみないとわからんがの。……やるか?』
ミュールの問いに、私は――
「はい」
もう一度。はっきりと、頷きました。




