はじまりの雪3 白の森
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アラタは真新しい雪の地面に足を沈みこませながら歩みを進めている。
坂を転がり出した丸い石ころがなかなか止まることがないように、一度歩き出して勢いがつけば足を止めることは難しい。つまるところ今の自分は、どこまでも転がり落ちている状態なのだ。
道のりが徐々に厳しくなっていくことはあまり関係がなかった。
疲れも忘れて歩き続けていることに自分でも驚く。本能に駆られたけだものになったような気分だ。どこまでも歩き続けていられそう。
この場所が、状況が、自分をそうさせている。
雪に染められた銀色の森。普段から見ている森の姿はすっかり着飾って、気品を漂わせている。
無表情な白色に覆われた森は、本来の景観も匂いも失って、そこに足を踏み入れた人間をも白の中に埋没させていくようだ。
ふとすると、自分が何者かもわからなくなるような。
「僕はアラタ・マクギリだ。そんなこと、忘れるわけないだろ」
そう口に出して妄想の中止を宣言。
雪道を一人で歩くのはどうしようもなく孤独な作業で、心が参ってしまうようだ。
――父さんはどこまで行ったんだろ。もう帰っちゃったかな?
随分と歩いてきた。先に来ているはずのテツロウだが、その足跡すら見つけられていない。雪は絶えず降っているので、足跡などはすぐに消えてしまうのだが。
そこでアラタは気づく。遠く向こう、ろくに見えない降雪のカーテンの奥に、何かの影が見えるような。
確証はないままに、ほとんどそれを目がけて歩いていた。
数メートル歩くごとに影が形を成していく。やはり何かある。
雪の中にそびえ立つ雪像のような、何か。
「何なんだ、これは……」
どこまでも滑らかな表面には模様の一つもなくシンプル。近寄れば近寄るほどに、それは巨大な雪の塊でしかなかった。
「雪の……家?」
雪の塊。だけれど、家だった。
反対側まで回りこむことで、そこに辛うじて入り口があるのに気づく。
よく観察しなければ、見過ごしていてもおかしくない。それほどに他の景色と同化して、ひっそり隠れているような佇まいだ。入り口自体も子供が屈んでやっと入れる程度の直径。
「中には何があるんだ?」
考え悩むこともしないで、アラタは手と膝を雪の上に着けて這っていった。
好奇心に突き動かされるまま。勢いだけが今の彼の味方だった。
薄暗い部屋。外との明度差に目を潰され、待つこと数秒。暗闇に順応した目が見た。
一人膝を抱える女の子。そのひどく怯えた、藍色の眼を。
「あ……………………」
短く鳴らした鈴のような声。澄んだ音色と一緒に、虹彩がゆらゆらと揺れていた。