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変貌のバトルクライ  作者: 海洋ヒツジ
兆しの章
31/72

影の部隊5 王都カディアラ

 黒い封筒の中に入っていたのは、黒い石の指輪のようなものと、一枚の便箋。それにはこう書かれている。


『四辻で待て。迎えが来る。誰にも知られるな』


 アラタは首を捻った。


「よつじって……どこのことだ?」


 四辻、つまり道と道が交差する場所。そんなものは町のどこにでもある。


 仕方なく大通りを歩きながら散策する。正門を抜けてしばらくは、中心へと向かう真っすぐの道だ。その所々に、枝が生えるように小道が伸びる。

 途中に行き当たった交通の要衝となる広場では、アクセサリーや食べ物などの露店が並び、休暇を過ごす客を喜ばせていた。


 とても戦争中とは思えない。泥に塗れ、血が流れる戦場を見てきた後では、少し信じられないような光景だ。


 町の中心部へ近づくにつれて賑わいは増していくようだった。住居となる建物より商店が目立つ繁華街。交差する道も増え、猥雑(わいざつ)になっていく。


「本当にどこに向かえばいいのか……いっそここで時間を潰してみようか」


 目的もないまま歩くのに飽きて足を止めた。

 そこは四方向に道が伸びる広場。中央では年老いた男が熱心に演説を行っている。隣には彼の飼い犬が、わけの分からないような顔で立たされていた。


「……私たちアルトラン国民は、百年以上前から肉体が変化する恐ろしい病気に悩まされています。肉体が獣に成ると、心の方も獣に寄っていく。人間性を保とうと我慢しても無駄で、むしろ我慢した分だけ肉体と心との矛盾は大きくなり、より深く狂ってしまうのです。ではそんな変成の病は、どこから来たのでしょうか……そうです! あの北の国カドラムが、人体に変成を引き起こす瘴気を、壁の外から送り込んでいたのです!」


 力の入った演説だ。大きな声に反応して、犬が男に吠えたてる。


「もしかしてあれが狂獣のつもり……?」


 アラタは困惑するように呟く。

 老いた男が話す内容は一貫して、変成の病はカドラムのせい、とするものだった。


 演説にはちょっとした人だかりができているが、真面目に傍聴している人は数えるほど。ほとんどの人は通り過ぎる際に聞き流すか、笑いの種にするか。

 アラタもその演説はほんの退屈しのぎ程度にしか聞いてはいなかった。


 変成の病、その原因。カドラム。二つの事柄に確固たる因果関係はない。変成の病が百年以上も前から発生している現象であるのに対し、カドラムの侵攻が始まったのは一年半前。戦争以前のことを考えるのであれば、アルトランの周囲を覆っていた〈揺籃(ようらん)〉のことは無視できない。


 だが、そもそも〈揺籃〉はカドラムのものだ。その〈揺籃〉を越えてカドラムからやってきた人物を、自分は知っている。

 そしてタリエ村はアルトラン領の中で、最もカドラムに近い村だった。

 故郷の村の顛末。あの男が訪れた時に起こった変化は、よく憶えている。


 自分の知っていることを伝えれば、あの演説に耳を傾ける人も増えるだろうか。老人のために演説の材料となって注目を浴びる気はないので、考えるだけ。

 建物に寄り掛かって胡乱な考えを巡らせていると、同じように退屈を持て余していたと見える女性が声を発した。


「笑えるよね。犬に芸まで仕込んで。本物の狂獣を見たことがあるのかも怪しいわ。あんな妄言でもカドラムへの敵意に繋がるなら、国にとっては都合がいいんだろうけれど」


 見たところ女に連れはおらず、近くには人もいない。自分以外には。

 よってその声は、自分に向けられたものだと、遅れて理解した。


「ごきげんよう。調子はどう?」


 こちらが無視したと見て、女が今度ははっきりと笑みを向けてくる。


「え? あ、ど、どうも」


 知らない人間に声をかけられることには慣れていない。故郷の村ではほとんど全員が顔見知りだったから。都会ではこれが当たり前なのか。


「カディアラは初めて?」

「ええと、はい。どうしてですか?」

「さっきから落ち着きなさすぎ。目がうろうろしてた。お上りさん(・・・・・)の証拠ね」

「そんなに分かりやすいですか」

「初めて来る人はみんなそんなものよ。ねえ、兵隊さんはこんなところで何しているの?」


 黒髪の女は興味をむき出しに遠慮なく問いかけてくる。軍服を着たお上りさんをからかってやろうという魂胆かもしれない。


「別に、今日は非番なだけです」

「ふうん。じゃあ今は暇なんだ」

「そういうわけでは――」


 反論しようとするアラタの口を制すように女は距離を詰めてくる。


「なんだか退屈なのよね。戦争が始まっても、この町で過ごす日々は変わり映えしないというか」

「はあ……」

「かといって、あの変なおじいさんみたいに好戦デモで盛り上がるのも嫌になるし。暇だから、お酒の相手でもしてくれる人を探してるんだけど……」


 そう言って女はアラタの顔をまじまじと見つめた。品定めをするような目つきだった。


「兵隊さん、よく見ると可愛い顔してるのね」

「へ?」

「私に付き合ってくれない? お話しましょ」

「いや、僕はその、用事が……」

「だいじょうぶ! ちょっと一杯ひっかけるだけよ」


 そんなことを言って、女はアラタの腕に自分を絡ませて、強引に腕を引く。

 やたらと胸を押し付けては、手を体に絡ませてくるような格好なので、アラタも下手に抵抗できないでいた。


 通り過ぎる人の視線が、こころなしか痛い。


「ちょっと、やめてください!」


 それでも思い切って振り払うと、女はアラタから離れた。ほっと息をついたのも束の間。得意げな彼女の手には、黒い封筒が握られていた。


「なになに? よつじでまて。むかえがくる。だれにもしられるな……だってぇ? 軍隊にも変な指示を出す人がいるものね」


 女はアラタの懐からくすねた手紙を高らかに朗読する。


 誰にも知られるな、という手紙の指定が頭をぐるぐると回る。これはまずいのではないか。内心で汗水を滝のように流しながら、アラタはなるべく平静を装って手を差し出した。


「それを、返してください」


 せめて手紙は回収しなければ。


 しかし女は封筒を後ろ手に隠すような仕草をして、笑顔で言った。


「これを返してほしかったら、大人しく私に付き合うこと、っていうのはどう、兵隊さん? ダメって言われたら、この手紙の内容、誰かにしゃべっちゃうかも」


 アラタは返す言葉を持たず、固まってしまう。その隙に女はアラタの腕にしがみつき直す。弱みを握られたアラタに、抵抗する術はなかった。


 昔、元兵士だった父親に、カディアラで勤務していた頃の話を聞いたことがある。父親はその時にあったエピソードを語る前に必ず、ある言葉を口にしていた。


『都会はな、アラタ……都会は怖いぞ…………』


 その父の声がいま、やたらはっきりとこだましている。


「さあさ、レッツゴー!」

「ま、待ってください!? 待機命令が!」


 陽気な女は拳を突き上げ、繁華街の奥へと若き兵士を引きずり込むのだった。


 都会、恐るべし、と後にアラタは思い返す。

 まさか立っているだけで見知らぬ女性に連れて行かれるとは思いもよらないし、その裏に企みがあろうとは想像だにしない。

 カディアラでの最初の経験は、恐らく忘れがたいものとなっただろう。

 俗に言う、黒歴史として。


       ◐


 知らない天井と、知らない顔がある。


「あ、お目覚め~」


 高く幼い声が頭に響く。

 頭痛がひどい。頭を内側から叩かれているかのようだ。加えて胃の底では嫌な感覚が渦巻いている。


 いつの間にか眠っていたようだ。だが記憶が混濁して、いつから、そしてどこで自分が眠りについたのか思い出せずにいる。


 鉄球のように重い頭をのそりと引き起こすと、自分が寝ていたのが長椅子の上であると分かった。

 体中を襲う倦怠感としばし戦い、ぼやけた思考が徐々に晴れると、そこで、自分を取り囲む数人の存在に気づく。


「ようやく起きたかい? 新入りくん」


 正面に座る、アルトラン軍の制服に黒いマントを羽織った青年は、眩しいほどに真っすぐな眼差しをアラタに向けていた。

いろいろ新キャラが出てきます。


次回の更新は1/8の17時ごろとなります。

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