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変貌のバトルクライ  作者: 海洋ヒツジ
兆しの章
23/72

幕は静かに上がる6 崩壊を告げる音


       ◐


 戦闘機を葬り帰還した竜騎兵(ドラグーン)四騎が、カドラム兵の背後を目がけて急降下する。

 当初いた六騎より二騎減ってはいるが、それでもなおカドラムの歩兵の脅威となることに違いはない。


 竜騎兵の存在に気付いたカドラム兵が、各々銃口を空へ向けて発砲する。だが的との距離はかけ離れ、さらに的自体も自在に空を泳ぐ高機動力を有する。思いつきの乱射が当たるはずもない。


 竜騎兵には魔想障壁を張る必要すらない。敵に尻を振りながら存分に空を駆け巡る。

 そして示し合わせたかのようなタイミングで、四騎は敵軍から離れた場所で直線状に陣取った。


『司令部より作戦命令。サンダー・(ホロビ)式準備。サンダーストームを実行せよ』

「了解。これより魔想を展開する」


 指揮所から受信した指示によって、竜騎兵は黄色に着色した魔想弾を射出する。そうして次に魔力を手の中で練り上げた。


 魔力の塊から形を成したのは、雷だ。

 雷雲を模した手のひらから疑似の雷が発生し、地上まで降りる。光の筋は一発のみならず、魔力の限り鳴り乱れ、揺れ動きながら地上のランダムな箇所を穿っていく。


『雷撃、投下』


 四騎の竜騎兵は雷を落としながら、カドラムの軍勢の上空を駆けぬける。


 地上の兵士は頭上を飛び去る赤褐色の飛竜を見送って、そして次々と光に包まれていった。直接打たれた者は即死、衝撃の余波を受けただけでも手足に痺れが回って行軍もままならない。


 竜騎兵は攻撃のために低空を保って飛んだ。ある程度まで攻撃をし終えれば、一旦上空へ逃げ、また低空へ降りて雷を落とす。


 そうして雷撃は、四度にわたって展開された。


「作戦終了。これより帰投する」


 魔力が尽きた竜騎兵四騎がシャルコルの町へと戻ってゆく。魔想の使えない彼らにできることはもうない。

 だが成果は十分といえるものだろう。


 広域魔想戦術『サンダーストーム』は、カドラム軍に多大な被害と混乱を与えた。


 生き残った兵士も疲弊し、もはや虚ろな目で竜の飛び去った空を眺めるほかなかった。


       ◐


「あれは何だ?」


 竜騎兵による空襲の後、カドラム軍は完全に勢いを失った。息も絶え絶えの彼らが気力の隅々までそぎ落とされたことは、遠目に見ても分かる。

 双眼鏡を覗いたアラタの視界では、怪我をした敵兵が背中を見せ撤退を始めていた。


 だがその中で、奇異に映るものが一つ。

 群れなす兵士を横切りこちらへ向かってくる車両があった。


「車両が一台、近づいてくる」

「わざわざ自前の棺桶を持ってくるとは用意がいいじゃねえか」

「待て、レオナール。休戦の申し出かもしれない。隊長の指示を待とう」


 魔想を撃とうと気が逸るレオナールをアラタが諫める。


 確かに魔導兵が大勢いるこの場では、並大抵の装甲車など鉄の棺桶も同然だ。

 カドラム兵が撤退を始めたこのタイミングで、今さら車一つで特攻とは考えにくい。


 別の塹壕からニコラスが体を出し、車両を出迎える。

 バンの助手席のドアから、敵軍の指揮官とおぼしき男が出てきた。


「いつ来ても、戦場に横たわる死体の空気はひどいものだな」

「ああ。特に今日は、おたくらには風向きが悪いようだ。出直した方がいい」

「言ってくれる。……ラオス少佐だ。そっちは?」

「ニコラス中尉」


 ラオスと名乗った男は、話をしながらさりげなく辺りを観察していた。その大柄で筋骨隆々な体は、歴戦の猛者といった風格だ。


「ニコラス中尉、君の部隊には質の良い兵士が揃っているようだな」

「自慢の兵士だ。そちらの兵士はかなり疲弊しているように見える。悪いが、見晴らしのいいこの平野では、そちらの兵はいい的だ。シャルコルからは手を引くことをおすすめする」

「それはそっちも同じだろう。今日だけでもかなりの魔力を消費したように見えるが?」

「心配には及ばないさ。町にはまだ大量の魔導兵が待機している」

「……中尉、嘘を吐くのが下手だな。信じ込ませたいなら、具体的な数を言った方がいい」

「情報を渡す気はない。攻めたければ攻めてこいよ」


 ラオス少佐のこめかみがにわかに動いたように見えた。


 ニコラス中尉の言う通り、町にはまだ待機している魔導兵がいる。だがそれがカドラム兵の全てを受け止めるに十分な数かといえば、怪しいものだった。


 挑発されたラオスは、怒りなど微塵も滲ませない冷静な口調で言う。


「ここへ来たのは提案のためだ。どうだろう。降伏して町を引き渡さないか? 君の部隊だけならば命を助けてやれる。捕虜として丁重に扱うことを約束しよう」

「聞き間違いか? それとも、命乞いでもしているつもりか? 現時点で優勢なのはどちらなのか、知っているだろう?」

「ニコラス、じきにそちらの優勢は崩れる。知っているだろう? これまでと同じだ」


 ラオスが言わんとしているのは、アルトランが味わったこれまでの敗北のことか。

 個人が有する魔力量には限界があるため、自然と魔導兵は長期戦に弱くなる。長引けば不利なのはアルトラン側だ。


 だがこれまでと違うことがある。それはアルトラン軍が今まで以上に徹底的な殲滅作戦を敷いたこと。

 大量に配備された魔導兵、竜騎兵。過剰なまでの火力で敵の継戦能力を削ぐことに主軸を置いたのが、今回のシャルコルでの戦いなのだ。


「私たちの役割は大地を守ること。侵略者に対し、全力で立ちはだかることだ」


 ニコラスは、真正面からぶつかり合うことを宣言した。

 清々しいまでの言葉は後ろで傍観していたアルトラン兵の心にも届いたようだ。

 アラタの隣でレオナールが呟く。


「かっこいいぜ、隊長……」


 正面から徹底抗戦の意地を通されたラオスは、口元を歪め笑っていた。


「そちらの意志は了解した。ああ、元よりこっちも和解など望んじゃいない。……どんな手を使ってでもアルトランを潰せというのが、上からの指示だからな」


 敵の指揮官はそう言って背を向けた。


 その際、アラタの角度からは、彼が車両に向けて合図を送っているのが見えた。


「少佐。休戦でないなら、こちらにこのままあなたを帰す義理はないように思えるのだが」


 ニコラスの背後には、いつの間にか数名の魔導兵が待機している。


「ああ、そうか。だが……生憎(あいにく)と言ったところだな。こちらもタダで帰るつもりはない」


 背を向けたままでラオスが言う。それとほぼ同時。


 ギイィィィン――――。

 どこかから奇怪な金属音が鳴り響く。


 その甲高い異音は塹壕にいたアラタたちにも届いた。


「なんだ、この気持ち悪い音……」


 とにかく不快だった。耳がかき混ぜられ、頭の中がえぐり出されるかのようだ。


 音に兵士が頭を抱える間、車両の後部が開き、中からカドラム兵が姿を現す。

 これが奇襲だと気づいた時、ニコラスはいち早く自分の目の前に魔想障壁(ウォール)を展開した。敵兵が発砲するより前に、それを防ぐ盾が完成する。そのはずだった。


「どういうことだ……魔想が……!?」


 叫びながら必死に突き出した手は、それ以上の現象に結び付くことはない。

 彼が下手な道化に見えるだけで、何も起こることはなかった。

 

 ラオスは緩慢な動作でニコラスへ振り返り、拳銃を突き出し、発砲した。


「隊長ぉ!?」


 視界の遠くでニコラスが倒れる。まるで人形のように。


 塹壕から身を乗り出したレオナールは叫び、手を前に出し、そして困惑の表情でその手を眺めていた。


 金属音は鳴り続ける。


 そうした中、銃を持った敵兵は、ニコラスの背後にいた魔導兵を撃ち殺していった。


 誰も魔想を使おうとしなかった。いや、使えなかった。


「魔想が、発動しねえ!?」


 焦燥を顔に浮かべて呟くレオナール。


 塹壕の外にいた魔導兵は残らず倒れた。次にカドラム兵が狙うのは塹壕に隠れた者たち。


 銃口の一つが、全身を地上へ晒していたレオナールへ向いた。


「レオナール、隠れろ!」


 アラタが手を伸ばす。


 手は、届かなかった。


 レオナールの体が塹壕へと崩れ落ちる。額から血の糸を引いて。


「……レオ、ナール」


 処置のしようがなかった。即死だ。


 金属音は、鳴り終わらない。


 レオナールと同じ、訳が分からない顔をした魔導兵が、為す術なく殺されていった。魔導兵は魔想を発動する妨げになるため、鎧の類を身に付けていない。そうした特徴の者から狙われているようだ。

 衛生兵であるアラタは簡易な鎧を身に付けていた。だから積極的には狙われず、その周りで魔導兵ばかりが死んでいく。


 魔想が使えないと知るや、意気揚々と前線に立っていた魔導兵は動揺し、情けのない声を上げ、塹壕で身を丸めた。それまでとは全くの別人のようだった。


「弓だ……弓を持て!」

「やつらを近づけさせるな!」


 魔想は当てにできないと、兵士は弓矢と槍を取って敵に向かっていく。

 弓兵の放った矢のうち、一本がカドラム兵に命中した。その兵士は倒れて動かなくなった。


 ラオス少佐を含んで残りはたった六人。彼らに矢は当たらず、槍を持った近接兵も近づく前に撃たれる。銃という兵器の威力が、圧倒的な戦力差を生み出していた。


 武器を持たないアラタはこの混乱した状況の中、動くことができなかった。


「あ……あぁ……」


 いや、そんなのは言い訳だ。本当は足が震えていただけ。

 終わりかけているのに、失っていくのに、足は少しだって向かおうとしなかった。


 それは自分があまりに弱くて、何をしたところでどうにもならないことを、既に知っていたから。

 大事な存在を失ったあの日、自分には何も守れないと、言われた。


 けれど、自分はそれを受け入れるのか?


 どこか近くの塹壕から爆発音が聞こえた。手榴弾を投げ込まれたらしい。

 頭を金属の棒で打つかのような音の連続に意識が呆然とした。ひどい頭痛がして、思わず四つん這いになって頭を地面にこすりつける。


 ぼやけた脳があるものを思い浮かべた。それは暗闇に浮かぶ白色だ。

 そういえば、今朝も夢に見た。不吉な運命を示す、白い蛇。


 大事なものばかりを奪っていく運命が嫌いだ。

 自分が兵士となったのは、だからそんな運命を否定するため。何もかもを救えずとも、かけがえのない誰かを救える自分になる。次は必ず。


「あ、ぐ……うゥゥ…………!」


 まだ命は途絶えていない。弱い自分を認めていない。敗北で終わるわけにはいかない。


 唸り声を上げていた口を開け、咆哮する。ひどい雑音に埋もれようと、自分だけに響けばいい。弱い自分を変えられれば、それでいい。

次回の更新は12/26の17時ごろになります。


「一行で分かる! かんたん登場人物紹介 雪花の章」という名の人物紹介も投稿しましたので、併せてご覧ください。

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